こういうのも悪くないかと思ったのは気のせいだった。
これにて完結
(どうしてこうなった!)
それしか言えない。
――いや、不満は色々たんまりとある。だけどあまりにも現状に不満がありすぎて、まずどれから自分の不満を口に出したら良いか分からない。
「セヴラン様、ちゃっちゃと歩いてください。日が暮れるまでに次の目的地にたどり着けなければ、野宿です」
きびきびとした口調と同じように闊歩しているのは、我が国の特色というべき『誕生石の騎士』の一人、『アメティス』のアニエス・ベル。
城から出てからというものの、ずっと僕の背後に付いていて非常に鬱陶しい。
この厳しい口調に合う凄みのある金髪美人だが、女らしさなど皆無だ。
「そうねえ。私も最初から野宿は勘弁してほしいわ、ねえダーリン?」
「そうだな、普通なら徒歩でも何処かの集落なり町なりに到着出来ると見込んできたからなあ」
そして傍らで、ウフフキャハハといちゃつきながら歩く馬鹿夫婦――夫の方はこれまた『誕生石の騎士』の一人『エムロード』のクレモン。そして幼さ妻の治癒師・クララ。
この二人もアニエス同様に名目上、僕のお付きの『部下』だ。
――だけど
「王子のくせに、ちんたら歩かない!」
「日が暮れるまでにこの森抜けないと危ないわよお。セヴラン、しっかり歩いてえ」
「盗賊にでくわしますぞ」
この言いぐさ!
しかもセヴランと呼び捨て!
王子として敬う態度の欠片もなし!
「うるさい! 早く先に進みたいと言うなら何故、馬を用意しないんだ! 僕は歩き馴れていないんだ!」
「出発の際にも申し上げましが、これは『修業』の一環ですから。『なるべく自分の手足を使って、目的地へたどり着け』――それが王であり貴方のお父君のご命令です」
とアニエス。
「何度も申し上げましたが、『修業の間はセヴランを王子として見る必要はない。普通の若者として接して鍛えてほしい』と王であり貴方のお父君のご命令です」
とクレモン。
「そう! 私達は護衛もかねているけど、貴方を指導して教える立場でもあるわけ。この四人の中じゃあ一番ヘタレだしい。てか、『僕は歩き馴れていない』って威張るってありえなーい」
とクララ。
(くっそおううう!)
「何度も何度も先程から同じ台詞を繰り返しても、まだご自分の立場を理解できないのですか?」
アニエスが溜息をつく。呆れたような言い方とその吐息に僕は、ムッとして歩く速度をあげた。
――どうしてこうなった
こうなった理由は、そう、自分の所為のせいだけど……
愛しいカトリーヌ
恵まれた環境で育った僕に、手に入らないものは無かった。
そう、心から愛する女性以外は。
カトリーヌと出会った時、既に彼女は人妻。
その現実が更に僕の恋を燃え上がらせた。
――だけど
幼馴染みを利用しようと画策したのは、悪かったと今でも思っている。
だけど僕だって、この純粋な恋心を弄ばれて傷付いたんだ。
彼女に会う前だったら、僕だってソニアと恋に落ちていたのかも知れないのに。
「……ああ、タイミング悪すぎだ」
思わず溜息をつくが、はっと気付く。
――そうだ、今からだって遅くはない!
オヤジで騎士以外取り柄のないクリスより、若くて先があり、王子という身分の僕のほうが魅力に溢れているじゃないか!
それに人妻になったソニア……清純で可憐だった彼女がきっと、人妻として匂い立つ色気も出ていることだろう。
確か、この方角で良いはず! というか、目的地の通過地点じゃないか!
「わあ、なんかイヤらしいこと考えてる顔~」
クララの囃し立てに我に返った。
「の、覗きこむんじゃない! 歩きづらいだろう!」
「大方、幼なじみのクレア公爵夫人に助けを求めるおつもりなのだろう」
――うっ! アニエスめ
「それで、ついでに寝とっちゃうつもりとかあ?」
――いっ! クララ?
「無理ですな……」
――クレモン? 何だその同情の顔は!
もうムカッと来るね!
腹立つね!
殴っても、倍に返ってきそうだから殴らないけど。
王子として敬わない態度も、その『無理無理、あんたに落ちる女なんていない』ていう態度が、腐臭のように漂ってくるぞ!
そんなはずはない。
王宮で僕は、いつでも女性に囲まれていた。
僕にたった一言、言葉をもらっただけでも一生の宝物だと泣いて喜ぶ者だっていた。
先を争って、僕とダンスを踊ろうと火花を散らしていた。
そんな中、ソニアはずっと修道院で暮らしていた。
世間、特に男性のなんたるかを知らない彼女は身を呈して自分を守ってくれたクリスが、最高の男性に見えたに違いない。
(……確かに、悪魔から身を呈して守り抜いたのは……すごい。百歩譲っても良い)
だが! 百歩譲っても、やはり僕のほうが身分も若さも容姿も勝っている!
――そうだ! もう一度やり直そう! 今度は誠心誠意込めて心から求愛をするんだ!
「今日中にクレア城に着くぞ!」
「――クレア城は今日中には無理です。馬車でも二日はかかります」
「徒歩だと、四日以上はかかりますね」
アニエスとクレモンの言葉に、僕のやる気が萎んだ。
「今の調子で歩いていけば、中継地点の宿街にはたどり着けるわよ。頑張ってえ、セヴラン!」
クララに背中をはたかれた。
「いっ……! 痛いな! お前、もっと女らしく嗜み持って接しろ! 王宮にいる女達はもっとなあ、楚々として上品で可愛らしい人ばかりだったぞ! 」
「私も王宮仕えよ。 ってか、王宮にいる女がみんな嗜み深くて、楚々として可愛らしい? 外面ばかり見てたのねえ」
ははは、とクララが乾いた笑いを見せた隣で、アニエスが鼻で笑う。
――こ、こいつらの今の顔!
「お前らが今、どんな顔をしているのか鏡で見せてやりたいね。可愛い娘達に嫉妬して、酷い顔しているよ。年増の嫉妬は醜い! 実にね!」
ぐうの音も出ないようにしてやりたい。
先程からずっと人を扱き下ろして、王子だということを忘れて。
王宮仕えで僕に従わなくてはならない立場を思い出させてやる。
――だが
「――何が年増ですか」
アニエスが、やれやれというように溜息をついた。
「私達のことを年増呼ばわりするなら、シャリエ夫人は大年増ですが?」
「……えっ?」
「セヴラン、カトリーヌの歳を知らないの?」
クララに問われ、
「いや……女性に年齢聞くのは失礼だと。し、しかしだな! 見てて大体の年齢は、把握出来るだろう?」
と返す。
アニエスが、片手を腰に当て自分を指差す。
「私は二十七、クララは二十三、シャリエ夫人は三十三です」
「…………」
しばらく言葉が出なかった。頭が働かなかったからだ。
ようやくアニエスの年齢発言台詞が頭を巡り、意味を理解する。
「ええええええええええええええええ!!!」
あのつるりとしたきめ細かい柔肌。細い腰。皺もシミも見当たらなかった顔。垂れていない胸。白髪の無い艶々した黒髪。
「嘘だ! アニエス、お前! 年増と言われて悔しくてそんな嘘を付いて!」
「嘘も何も、真実以外口にしていません」
さらりと言い返したアニエスの横で、クレモンがまた衝撃の告白をした。
「ちなみに私は二十三。クララと同じ歳です」
「お前こそ嘘だ! どう見ても三十過ぎて――すいません」
ガツンと、恐ろしい形相でクララが手にしていた杖で尻を叩かれて、思わず謝罪する。
「女は、外見で見てはならないということです。――それで引っ掛かったではありませんか」
冷静な態度で坦々と述べるアニエスに、異論を口にする気はもう無い。
「……先を急ごうか……早く休みたい」
「セヴランが一番足手まといなの!」
自分の夫を侮辱された恨みなのか、クララがキツイ一言を投げ掛けてきたが、僕の耳に入ってこなかった。
(もっと若いかと思っていた……。若いのに、白髪の目立つ年老いた旦那に自由を奪われてなんて言って、さめざめと……)
よく思い起こしてみれば、それらしき兆候はあったかのかも。
昼間の明るい時間に会おうとしなかったのは、日の下に出向くと化粧で隠せない皺やシミが分かるからか。
(もう、良い。ソニアに期待しよう……ソニアなら知ってるから、年齢詐称なんかないし)
――この哀しみを彼女に癒してもらうんだ。
◇◇◇◇
日が暮れてからようやく着いた宿街。
宿街に着いたのが遅かったから、一部屋しか取れなかった。とクレモンが言った。
貴族御用達の宿や王室専用の別宅を利用すれば良いのに、
「資金は限られております。最初から贅沢はいけません」
とアニエス。
(頭、固いよ。だから武人は嫌なんだ)
クリスも必要以上に贅沢はしない、と口喧しいくて。
金を使って遊ぶことより、身体を使って鍛練している方が心身の健康に良い――なんて。
(たまに遊んでも良いじゃないか)
――たまに、ではなく毎日ほとんど――ということにセヴランは気付いていない。
「セヴラン、風呂にはまだ?」
アニエスが風呂から戻ってきた。
僕は彼女に見向きもしないで、窓から外を眺めながら答えた。
「大衆の風呂なんて。喧しくて不潔だ。入る気になれないよ」
「やかましくて不潔――ですか。よくご存じで」
微かに侮蔑の含みが入っているのが分かり、僕は勘に障る。
「そう聞いてるんだ!」
とアニエスに向かって怒鳴って、息を飲んだ。
胸当てやブロワニューを脱いで、シャツにスパッツ姿と言う薄着の彼女。
風呂上がりの彼女の身体から、微かに湯気が立ち上がっている。
きっちり編み込んでいたおさげを解いた金髪は、まだ生乾きでしっとりと背中に流れている。
瞳の紫はアメティスの騎士の名に相応しく、潤んで煌めいているように見えた。
――それに
シャツを盛り上げる二つの双丘。
(案外、胸があるんだ……)
思わず見惚れていると、気付いたのか、
「……な、どこを見ているのですか! こんなもの見慣れているでしょう!」
と両腕で胸元を隠し、プイッとそっぽを向いてしまった。
ほんのりと頬を染めているのを僕は見逃さなかった。
「入らないのは勝手ですが、臭くなって好みの女性がいても逃げられても知りませんから」
少々、いつもより柔らかな口調に聞こえるのはきっと気のせいじゃない。
「……たまには庶民の風呂でも経験してみるかな」
僕は自分の荷物から手拭いを出すと、部屋を出た。
アニエスの脇を通り過ぎた際に彼女と視線が合う。
気恥ずかしそうに、ほどいた髪を弄る彼女が幼く見えた。
自分は自分で考えていたより単純なんだと思った。
たったそれだけのことなのに、この修業の旅も悪くない、と思うなんて。
一時のことかも知れないけど。いや――一時のことなんだろうな。
やっぱり次の日も、同じように扱き下ろされるセヴランで
その日も、アニエスの湯上がりの姿を見てそう思うという、学習能力のないセヴランであった。
番外はセヴランでした。
ここまで読んでくださってありがとうございました。