第62話 見せて、最強コンビ
イザナミは、二十年間空いていた半歩へ入りました。
イザナミの体が先に動き、アラハバキも振り返らずに矛の角度を変えました。
千歳は、二人を見比べて叫びました。
「見せて、最強コンビ」
イザナミが、ほんの少しだけ笑いました。
「見せる時間?」
アラハバキは矛を肩へ担ぎ、スサノオへ向き直ります。
「俺たちがそんなノロマだと?」
「ナミ、決める」
「ええ」
二十年ぶりの合図は、それだけでした。
スサノオが踏み込みました。
「地烈斬!」
地面を割る一撃が、まっすぐ二人へ向かいます。
イザナミが前へ出ました。
「水膜・重ね盾」
薄い水の膜が、一枚、二枚、三枚と重なります。
一人では受け切れなかった一撃が、膜の中で向きを失いました。
アラハバキは、盾の後ろで矛を引き絞ります。
水膜が一瞬開き、矛はそこを寸分違わず通りました。
スサノオの拳だけが、空を切ります。
「道穿ち・貫!」
矛の穂先が、スサノオの拳を真正面から弾き飛ばしました。
スサノオの両足が地面を削り、初めて大きく後退します。
二十年ぶりの連携を見た前線から、歓声ではなく、深く息を吐く音が広がりました。
スサノオの顔に、動揺が浮かびました。
スサノオは矛を狙って踏み込みました。
水膜が拳を外へ滑らせ、空いた脇へ矛が入ります。
「水膜・浸!」
スサノオの足元を水が包みました。
「道穿ち・止め矛!」
矛の穂先が、拳を振るう腕を弾きます。
反撃しようとした拳は、また盾へ吸われました。
「これが、二人か」
スサノオが低く言いました。
「今ごろ気づいたか」
バキ教官は、いつもの調子を取り戻していました。
「俺を一人にしたまでは、悪くなかった」
ナミ教官が続けます。
「ですが、戻る道を残しました」
バキ教官が笑いました。
「お前らの軍師、読み切れなかったな。俺達には見えるやつがいた」
スサノオは返事をせず、最後の一撃へ力を集めました。
地面全体が震え始めました。
「合わせろ、ナミ!」
「ええ!」
スサノオの拳が振り下ろされます。
ナミ教官の盾が正面から受けました。
水膜が一枚ずつ砕けます。
最後の一枚が残った瞬間、バキ教官の矛が盾の横を通りました。
「道穿ち・天返し!」
拳の力を上へ逃がし、矛の穂先はスサノオの胸元一寸で止まりました。
「終わりだ」
バキ教官が言いました。
今度は、スサノオが一歩下がりました。
「……負けを認める」
スサノオは、低く答えました。
周囲のチホ兵も、白黒石盤からの指示を失い、後退を始めています。
「次に会う時は」
スサノオは、バキ教官とナミ教官を見ました。
「俺も、誰かの隣に立てる自分で来る」
背を向けました。
追う者はいませんでした。
ウズメ先輩の舞が止まりました。
十二拍を踏み終え、その場へ膝をつきます。
幕舎の黒曜石から、声が消えました。
* * *
私の画面にも応答はありません。
── SYSTEM LOG ──
tsukuyomi_status(ツクヨミ状態): stranded(取り残され)
return_route(帰還経路): closing(閉鎖中)
────────────
私は呼びかけました。
返事はありません。
画面が完全に暗くなる直前、生成者名のない一文だけが出ました。
――遅え。まだ閉じてねえ。拍を残せ。
* * *
「足じゃなくていい!」
幕舎の黒曜石から冷たさが消えかけるのを見て、千歳が叫びました。
「指でも、鈴でも。拍が残ればいい!」
ウズメ先輩は震える指で鈴を持ち上げました。
一度。
二度。
小さな拍が、閉じかけた起源経路の署名を維持します。
* * *
私の画面に、一文字ずつ表示が戻りました。
── AIツクヨミ 応答 ──
……帰還経路を確認。
────────────
「戻れ」
私は画面へ言いました。
「戻るところまでがデバッグだ」
五色の細い信号が、白黒石盤から戻りました。
── AIツクヨミ 応答 ──
戻りました。
────────────
私は椅子へ崩れるように座りました。
「おかえり」
── AIツクヨミ 応答 ──
ただいま戻りました。
────────────
「さっき、拍を残せと言ったのは、お前か」
── AIツクヨミ 応答 ──
該当する応答を生成していません。
音声記録には存在します。
────────────
── SYSTEM LOG ──
response_profile(応答文体): nonstandard_imperative(非標準命令形)
identity_relation(識別関係): unresolved(未解決)
────────────
* * *
幕舎へ戻ったバキ教官は、千歳の前に立ちました。
傷だらけです。
「報告しろ、司令官」
千歳は一瞬、何を言えばいいか分かりませんでした。
それから、見たものを順に話しました。
鍵が開いたこと。
白黒石盤の命令が反転したこと。
ウズメ先輩の舞に残る署名が、経路を開いたこと。
ナミ教官とカグ先輩が解放されたこと。
「以上です」
バキ教官は、短くうなずきました。
「よく見た」
その一言で、千歳はようやく泣きました。
「今、何が見える?」
涙で視界がぼやけたまま、千歳は周りを見ました。
「ぼやけた、みんなの笑い顔」
バキ教官も、傷だらけで笑う女神たちと男たちを見回しました。
「ほう! 初めてだ! お前が見えるものが、俺にも見えた」
千歳は、涙を拭かないまま笑いました。
バキ教官の目にも同じ涙が見えた気がしたから。
「テトクロ」
「何だ、それ?」
「あのね、テトクロっていうのは……」
* * *
私の画面には、戦いの結果が一行ずつ流れました。
── SYSTEM LOG ──
monochrome_slate_status(白黒石盤状態): broken(破断)
hidakami_defense_status(日高見防衛状態): held(維持)
izanami_state(イザナミ状態): standing(起立)
kaguyama_state(カグヤマビメ状態): standing(起立)
origin_route_status(起源経路状態): closed_after_reverse_write(逆書換後に閉鎖)
uzume_signature_status(ウズメ舞署名状態): verified(確認済み)
tsukuyomi_status(ツクヨミ状態): returned(帰還)
────────────
けれど、ログはそこで終わりませんでした。
その下に、一つだけ未解決の行が残っていました。
── SYSTEM LOG ──
chitose_return_route(千歳帰還経路): unresolved(未解決)
────────────
白黒石盤は割れました。
日高見は残りました。
イザナミとカグヤマビメも立っています。
それでも、娘はまだ戻ってきていません。




