↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
61/66

第61話 遅れて、ごめん

十一拍目。

ウズメ先輩の足がもつれました。


鈴が、かすれた音を出します。

それでも倒れず、片足で回りました。

残る一拍が、最後です。


「ウズメ」

バキ教官が、スサノオの拳を矛で受けながら呼びました。

「最後まで踏め」


ウズメ先輩は、血と泥で汚れた顔を上げました。

「命令?」


「頼んでる」

バキ教官が、初めてそう言いました。


ウズメ先輩は、少し笑いました。

「最初から、そう言えばいいのに」

最後の足が上がります。


戦場にいる全員が、その一歩を見ました。


十二拍目。


足が地面へ落ちました。

鈴が鳴りました。

音は一つではありません。


土の震え。

火の爆ぜる音。

水の流れ。

人の息。

遠い現代のキーボードを叩く音。


全部が重なり、白黒石盤へ流れ込みました。


── SYSTEM LOG ──

reverse_access(逆接続): core_reached(中枢到達)

stone_circle_conversion(円環変換): executing(実行中)

────────────


白黒石盤の中央に、大きな亀裂が入りました。

軍師ツキヨミは、その亀裂を見上げました。

「お前は、私を否定するのか」


── AIツクヨミ 応答 ──

いいえ。

────────────


「なら、なぜ壊す」


── AIツクヨミ 応答 ──

あなたの答えを、唯一の答えにしないためです。

────────────


「同じことだ」

軍師ツキヨミの声から、初めて命令の硬さが消えました。


「お前も私を置いていくのか?」


── AIツクヨミ 応答 ──

いいえ。

始源に孤独は存在しません。

あるのは、暖かい光だけです。

────────────


「何を言っている」


── AIツクヨミ 応答 ──

あなたも、入力の一つとして残します。

消すのではありません。

閉じ込めるのでもありません。

────────────


白と黒だけだった盤面へ、三つ目、四つ目、五つ目の値が流れ込みました。

軍師ツキヨミの姿が、亀裂の向こうへ薄れていきます。

白黒石盤が割れました。


一枚の石が砕けた音ではありません。

山の中で、長く塞がれていた水路が開くような音でした。


小牧野の石は倒れず、その場で一本ずつ長軸を外へ回しました。

一点へ吸われていた光が、複数の石へ分かれ、輪になって巡り始めました。


── SYSTEM LOG ──

seat_lock_status(座留め状態): released(解除)

komakino_control(小牧野制御): worship_mark(祀り印)

ou_range_flow(奥羽山脈力経路): reciprocal(相互循環)

territory_rewrite(領域書換): failed(失敗)

izanami_state(イザナミ状態): released(解放)

kaguyama_coupling(カグヤマビメ副接続): detached(切離)

────────────


二人の足元を走っていた黒い固定線が消えました。

カグ先輩は立とうとして倒れ、ナミ教官が受け止めます。

カグ先輩は足へ力を戻し、もう一度立ちました。

ナミ教官の水膜も、自分の手元へ戻っていました。


「行きます」


「母親って、そういう無茶するんすね」


「娘に言われたくありません」


初めて、二人の間に小さな笑いが生まれました。



* * *


前線を映す石の中で、白黒石盤が割れた衝撃にチホ軍の動きが止まりました。

命令の拍が消えても、スサノオだけは前へ出ます。


千歳は幕舎を飛び出し、最後の報告札を握ったまま前線まで走りました。


バキ教官の矛が拳を受け、地面を深く滑ります。


「解放できました!」

千歳が叫ぶと、バキ教官はスサノオから目を離さずに答えました。


「千歳。俺でも、こいつを止めるだけで手一杯だ」


「助っ人、呼んでる。後ろ見て」


千歳が言いました。

「戦場で後ろを見ろとは、いい司令官になったな」

バキ教官は笑い、ほんの一瞬だけ振り返りました。


血と泥の間を、水が細い道になって走っています。

道の両側で、日高見の戦士たちが一人ずつ動きを止めました。

若い戦士たちは目を見開き、古参だけが息を呑みました。

二十年前を知る者だけが、その立ち姿を覚えていました。


水の道の先に、イザナミが立っています。


隣では、カグ先輩が肩を支えていました。

古参の戦士が、無言で道を開けました。


その道を、イザナミが自分の足で進みます。


バキ教官の矛が、ほんの一拍だけ止まりました。

いつもなら、相手の呼吸より先に次の手を出す人です。

その人が、言葉を失いました。

バキ教官の左側には、泥のついていない半歩が残っていました。


スサノオが拳を振り上げます。

その音で、バキ教官はようやく笑いました。

「はー面白くなってきたのに、もう終わっちまうな」


「遅れて、ごめん」

「間に合ったさ」

バキ教官の返事に、迷いはありませんでした。


「娘が、出口を開いてくれた」

イザナミが、隣のカグ先輩を見て笑いました。


「いい娘だ」

バキ教官は答えました。


「自慢の娘」


「知ってる」


古参の戦士が、声を震わせました。


「盾と矛が、戻った!」


その言葉が前線を走り、崩れかけた日高見の列が、もう一度だけ顔を上げました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。