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第48話 スサノオは走らない

スサノオが、一歩踏み込みました。


土の上の小石が一斉に跳ね、ハニチュウの土壁が端から沈みます。

「重いんじゃない。地面ごと押されてる!」

ハニチュウが両手をつき、崩れた土をもう一度持ち上げました。


「退け」

スサノオの声は、大きくありませんでした。

それでも、新人たちの列が一歩下がります。


サクヤが、その前へ出ました。

「ここを通したら、後ろの人たちが逃げられない」


「なら、一緒に退け」

スサノオが腕を振り下ろしました。


土壁に亀裂が走り、衝撃が列の奥まで届きます。

ククリが伝令をかばい、お嬢の翡翠が地面へ落ちました。


ウズメ先輩が鈴を鳴らします。


一度。

二度。


散りかけた戦士たちの足が、同じ拍へ戻りました。

舞ではありません。

それでも、その二拍が、崩れかけた列をつなぎます。


千歳は少し後ろから、色の薄い場所を探しました。


ひび割れた左側の土壁が崩れれば、人の流れは右へ押し出されます。

けれど、その右側には、すでに矢の色が重なっていました。


敵は逃げ道を塞いでいるのではありません。

一つだけ残し、そこへ追い込もうとしていました。


「右へ行かないで! 後ろへ二歩、そこから水場側へ!」

ククリが、言葉を短くします。

「二歩下がる。水場へ曲がる!」

新人たちが動きました。

直後、誰もいなくなった右側へ矢が降りました。


スサノオの視線が、戦士たちから千歳へ移ります。

「先に、あれを止める」

スサノオが地面を蹴りました。


ウズメ先輩が千歳の前へ出ます。

鈴を振るより早く、スサノオの腕が届きました。


その間へ、桃紫の光が横から突き刺さりました。


地面が裂け、スサノオの腕が弾かれます。


「新人相手に、ずいぶん丁寧な戦をするじゃないか」


バキ教官が、千歳たちの前に立っていました。


「ここからが本命だ」という命令が届いた時には、主幕舎から伸びる桃紫の線は、すでに前線へ向かって走っていたのです。


* * *


スサノオは、弾かれた腕をゆっくり下ろしました。


「ようやく出てきたな、アラハバキ」

「新人の線を最弱にすれば、俺が主幕舎を離れる。そう読んだか」

「出てきたなら、同じだ」


バキ教官は笑いませんでした。

「違う。俺は今から、司令じゃなくなる」


千歳は、聞き間違えたと思いました。


「イワナガ、聞け」

「はい」

「今から、全線の指揮をお前に渡す」


一瞬、戦場の音が遠くなりました。


「私が?」


「見えるものを全部送れって言っただろ」

バキ教官は、スサノオから目を離しません。

「今度は、送った先で俺の答えを待つな。お前が決めろ」


「でも、私はまだ新入生です」

「だからいい」


バキ教官の桃紫が、スサノオの圧を押し返しました。


「俺たちの答えは、もう向こうに読まれてる。お前の答えは、まだ向こうにない」


主幕舎で交わされた言葉が、今度は千歳へ直接返ってきました。


「カミムスヒが主幕舎を支える。お前は、残せる道を全部見ろ」


バキ教官は、ククリへ言いました。

「全線の報告をイワナガへ集めろ。イワナガの言葉を、全線へ返せ」

「分かりました」


スサノオが、再び地面を踏み込みます。

バキ教官の桃紫と、スサノオの圧が正面からぶつかりました。


千歳は振り返ります。


背後では、崩れた土壁をハニチュウが支えていました。


前線へ目を戻すと、ウズメ先輩が、乱れた拍を拾い直しています。

サクヤは、泣きそうな新入生の手を離しません。


誰か一人を正解にするのではなく、全員が残る道を探す。


それが、千歳へ渡された最初の命令でした。


* * *


全線から届く報告を、ククリが短い言葉へ結び直していきました。


左の土壁。

水場の裏。

西の退路。

補給線。

小牧野から伸びる黒い線。


報告の順番を追うと、敵が動く直前には、どの線にも同じ冷たい色が走っていました。


千歳は、さきほどウズメ先輩が鳴らした二拍を思い出します。

舞ではありませんでした。

けれど、その並びは、以前に見た舞の入りと同じです。


その型には、三拍目があります。

冷たい痕跡が残っていたのも、三拍目でした。


「ウズメ先輩。舞の入りから、三拍目までお願いします」


「今ここで踊れって?」


「全部じゃなくていいです。三拍目まで、同じ型で」


ウズメ先輩は一度だけ千歳を見て、鈴を構えました。


一拍目。

二拍目。


三拍目で、足が地面を打ちます。


その瞬間、舞の型の奥から、冷たい細い線が現れました。


ウズメ先輩の色ではありません。

以前、三拍目に残っていた、誰かが通り抜けた痕跡です。


全線の報告に残っていた冷たい色が、三拍目の線へ順番に重なりました。


敵の命令が届いた順番を逆向きに結ぶと、途中で消えていた線の先が、戦場の外へ一本につながります。


「これ、前にも見た線です」


千歳は、ククリへ言いました。


「三拍目の線と、この色が現れた順番を、主幕舎へ送ってください」


* * *


私の画面で、以前の照合記録が開きました。


── SYSTEM LOG ──

uzume_third_beat_trace(ウズメ三拍目痕跡): detected(検出)

trace_origin(痕跡由来): external(外部)

trace_type(痕跡種別): PASSAGE_ROUTE(通過経路)


enemy_command_route_signature(敵命令経路署名): detected(検出)

route_signature_match(経路署名照合): confirmed(一致)

reverse_access_route(逆方向接続路): constructible(構築可能)

authentication(認証): ADMIN_PIN_REQUIRED(管理者PIN必須)

────────────


── AIツクヨミ 応答 ──

アマノウズメの舞の三拍目に残っていた通過痕跡と、

現在の敵命令に残る経路署名が一致しました。


五色石盤への侵入を試みた処理と、

現在の敵命令は、同じ経路署名を持っています。


その経路を、逆方向へたどることができます。

────────────


処理方式が違っても、情報を交換できるなら、不正な命令も渡せます。

二値の装置から、五値の装置へ。

仕組みだけを見れば、パソコンウイルスの感染と同じでした。


では、方式の違う二つを何がつないだのか。


音。

振動。

決まった拍の順序。

複数の石盤へ同じ型を渡す、アマノウズメの舞。


「舞が、通信の決まりだったのか」


── AIツクヨミ 応答 ──

仮説を支持します。

アマノウズメの舞を、音波プロトコルとして再分類します。

異なる処理方式を持つ石盤間の接続は、理論上可能です。

────────────


アマノウズメが感染源なのではありません。

舞が壊れていたのでもない。

正常な接続形式を、外部の命令が利用した。

三拍目に残ったのは、感染の始まりではなく、通過した処理の痕跡でした。


「そこから、相手の指揮へ入れるのか」


── AIツクヨミ 応答 ──

経路の追跡は可能です。

命令層へ逆接続するには、管理者PINが必要です。

────────────


「俺は、そんなPINを設定してない」


返答まで、少し時間がかかりました。


── AIツクヨミ 応答 ──

PIN候補を特定する条件は、あなたの過去の入力履歴にあります。

────────────


入力欄の下に、試行可能回数が表示されました。


残り、三回。



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