第一話 開戦
ある日、警視庁に一本のビデオテープが届いた。
『私はあなた方を一切恨んでいないし、憎んでいないという事を理解してもらった上で聞いてください。これから、私の気まぐれで東京の人間を殺していきます。あなた方がどの程度の情を持っているのか教えてください。』
緊迫した事務所の中で、一人の刑事が声を上げた。
『こんなビデオテープ悪戯に決まってる!我々がこんなあからさまなメッセージに時間を割くだけ無駄だっ!』
他の刑事も声を上げた。
『ですが、本当だったらまずいのでは?数名の刑事だけでも差し出し人のもとに向かわせるべきだと思います。』
警視庁内で意見が二極化する中、一人の男が事務所に入ってきた。
『皆さん、なんだか揉めてます?』
そう言ったのは東大を首席で卒業し、庁内でも一目置かれている江川だ。安っぽいスーツと泥まみれの白いスニーカーを履いている姿からはとても元東大生とは思えない。
『おぉ〜!江川じゃないか!!せっかくだから君の意見を聞こうじゃないか!?』
『どうぞご自由に聞いてください。』
刑事は江川にビデオテープの件について話した。
『行きましょう。差し出し人の所へ。』
『えっ?』
『聞こえませんでしたか?私は差し出し人の所へ行きます。』
『わ、わかった!だが、こちらからも条件を出す。優秀な取調べ人、根岸と共に向かってもらう。』
『ねぎし?あー、あの若い女性の方ですか。ちょっと気まずいですが、良いでしょう。』
江川は少し不服そうだった。
静岡県某市
江川と根岸は差し出し人の家のすぐ近くまで来ていた。根岸は足を止めて言った。
『江川さん、私段々怖くなってきました。』
『仕事だから仕方がないです。私だって正直怖いです。』
江川はインターホンを押した。2階から激しく降りてくる音がし、静かにドアが開いた。扉から出てきた男はパーカーを着用しており、顔には中央に黒い正円が描かれた仮面をつけていた。
『お忙しい中すいません。私は警視庁から来ました。江川です。』
仮面をつけた男はフッと笑った。
『先日、警視庁に悪質なメッセージが届きました。我々はあなたがそれを送ったのではないかと考えています。』
根岸は不安そうな目で仮面の男の方を見ていた。仮面の男はその視線に気付いたのか、手で銃の形をつくり、根岸の額に銃口を向けた。
『ばんっ!』仮面の男は悪戯っぽくケラケラ笑いながら言った。
江川は仮面の男の手を掴み静かに言った。
『早急に警視庁まで来てもらう。』
仮面の男は急に手を掴まれて一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにおとなしく江川について行った。
東京都千代田区:警視庁
『課長!既に例の男はおさえてあります。殺人は起きないはずです。』
"プルルル!"根岸から番号で電話がかかってきた。江川とはLINEも交換しているが、江川が使用しているスマホがあまりにも古く、電話がかかってきても一切音が出ないため、番号でかけてきたのだろう。
『もしもし、江川です。』
『江川さん!!』
いつにも増して緊迫した声だった。
『どうしましたか根岸さん!?』
『起きました!殺人!しかも殺された人数は予想を遥かに超える26人!殺された人の住所を上空から直線で結んだ時綺麗に円を描いていました。』
26人が一斉に殺られている時点でこれらの殺人が意図的に行われている事は確実。最も可能性が高いのは先程の男か。
『根岸さん、仮面の男の様子は?』
『特に変わった様子は、、、』
『わかりました。私もそちらに向かいます。』
そう言って電話を切ると、江川は急いで支度を済ませて根岸のいる取り調べ室に向かった。
取り調べ室
扉がギシギシと音を立てて、江川が中に入ってきた。
『すいません、お待たせしました。』
『いえ、いくらでも待ちますよ。』
そう言ったのは例の男だった。
『ありがとうございます。では早速ですが、名前を聞いても良いかな?』
『え〜、なんでしたっけ、、、、そうだ!私、椎名僥謳學というんです。』
『御家族は?』
『いると思います?とっくに皆んな出て行きましたよ。』
『何故出ていった?』
『私にもわかりません。』
『なるほど』
この男は明らかにおかしい。会話がギリギリのラインで成り立っているレベルだ。
椎名が口を開いた。
『ところで江川さん、あなたはどんな人間が嫌いですか?』
『どういう意味だ?俺は刑事として平等に人を助けるし、価値を勝手に決めたりしない。』
椎名は仮面越しでもわかるくらいに呆れた態度だった。
『江川さん、そんなテンプレートな台詞小学生でも思いつきますよ。では、私がお手本を見せましょうか。私は母親か妊婦が嫌いです。なぜかって?こういう人間は"愛"とかいう薄っぺらい嘘を纏ったクズだからですよ。子供を産むだけ産んで後は虐待し放題。そうやって育った子供もまたクズになる。連鎖の起点なんですよ。』
江川は椎名の発言を聞き、犯人がコイツだと確信した。




