惑星ムート 2
この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。
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翌朝。
エウスを家に残し、サーナとルモアは出発する。
しばらくは何も起こらず順調に進んでいたが、突如としてそれは始まった。
旧式新式取り混ぜての攻撃が襲ってくる。
ルモアを庇いながらサーナは次々にそれらをかわしていった。
そして、サーナ自身も襲ってくる者たちを消していった。
何より相手に対しての反応が早い。
気配を感じるのと同時に動き、相手の動きを止める。
逃した後で攻撃されるのは困るから、と。
必要な限り確実に相手の命を奪う。
それだけの事ならルモアの手持ちの部下でも居る。
サーナという人物が只人と違うのだという事はそれ以外の部分にあった。
手にしている武器類を使いこなしているという技術もあるが、それだけではなかった。
行動している場所に応じて、あちこちから現れる小さな機械獣が相手を襲い、自爆していくのだ。
機械獣をコントロールしているのは、もちろんサーナである。
夜のうちに必要となる各所に仕掛けたと言ってはいたが、誤差の少ない物凄いタイミングの合わせ方である。
『この腕……欲しい』
逃げながら、ルモアはそう思っていた。
何時間も追っ手から逃げ回り、ようやく[外]に近付いてきた。
時間合わせという事で、廃坑に隠れたサーナとルモアは中でゆっくりと腰を下ろし、持っていた水を口にする。
「ここまでくれば、まずは安心だ。……あと一息だからな。まだ、走れるか?」
ルモアの身体を気遣うサーナ。
「……大丈夫だ。お前こそ大丈夫か?」
「何が?……ああ、この腕か。心配無い、こんなのかすり傷だ」
「そうじゃない。……儂を守ったという事だ。儂の仲間と思われても仕方ないぞ? ただでさえ、あれだけ殺せば報復を買う。今度はお前が狙われるようになるだろう……それを心配しているんだ」
「だからエウスの事を頼むと言ったろ? 私一人なら何とかなるんだ」
「あれだけの者たちに、今度はフィノスも加わるだろう。下手すると生命に係わるぞ」
「…………今のままじゃ、大して差はない」
ぼそっと呟くサーナに問い返すルモア。
「……何の話だ?」
「何でもない……時間だ。行くぞ」
サーナの説明だと、何時どう連絡をとったのか[外]にはルモアの部下が迎えに来ているという。
二人は[外]へ向かうために廃坑を出た。
途端に銃声と爆発音が鳴り響く。
「追いついてきたか!」
下層街と上層街の境界線が見える。
陽光のさす[外]までは、あとほんの少しだ。
「食い止める。さっさと行け!」
サーナが指し示す方向を見れば、確かに[外]が見える。
騒ぎに気付いたのか、見知った部下たちもこちらに向かってきていた。
走りながら、ルモアは叫ぶ。
「必ず助けに行く! 待っていろサーナ」
その言葉と共に、ルモアの姿は陽光の中へと消えてゆく。
「エウスを頼むぞ!」
ルモアが[外]へ無事に出ていったのを確認して、サーナは再び意識を目の前に戻した。
これから守るのは身一つだけだ。
「さて……」
まとまった部分さえ抜けてしまえば、逃げる事は難しくはない。
家に戻るために突破しないとならない爆撃に身をさらすサーナ。
間にある障害物や人間を次々に消しながら進んでいく。
『抜けた』
そう、思った時。
冷たいものがサーナの身体を貫いていった。
扉の開かれる音がする。
「サーナ?」
出迎えたエウスが見たものは、ぼろぼろになっているサーナの姿だった。
腕や肩や足と、あちこちから血が流れ出ている。
「……詰めで……ミスっちまった」
その場に膝をつき、真っ青な顔で言う。
エウスが近寄り手を貸すと、サーナは再び立ち上がり奥へと向かう。
寝台の横にある地下扉を開け、中に何枚かの記憶チップを放り投げ、最後にエウスも中へと押し込んだ。
「サーナ!」
扉を閉め、その上に防音防火用のシートをひく。
「……声を……たてるなよ?…………後で必ず、ルモアが、来るから……奥に、行ってろ」
細い声がエウスに届く。
今までにないサーナの声に、エウスの心が危機を感じる。
「サーナも!」
「……もう……腕に、力が……入らないんだ……」
呟きながら、サーナはそれでもコンピューターへと向かった。
モニターを見ながら、血にまみれた指でキーを叩いてゆく。
扉が、無理やり開けられる音がする。
人の足音が聞こえるのと同時に、玄関が吹き飛んだ。
サーナがモニターを見ながら合わせて起爆させているのだ。
それでも、その後で数人が寝室へと入ってくる。
サーナが再度キーを叩くのと銃声が、同時に聞こえた。
しかし、爆発音はしなかった。
銃の方が、一瞬早かったようだ。
モニターはコンピューター本体と共に粉々になり、くすぶっていた。
サーナの身体は衝撃で奥の壁まで叩き付けられている。
動く気配すら無い。
一人が再度狙いをつけた瞬間、彼等を銃声が襲った。
静かになった。
そして再び、外から沢山の人が中へと入ってくる音がする。
「サーナ! エウス!」
ルモアの声だ。
ルモアはサーナに聞いていた通りに地下扉の鍵を開け、エウスを救い出した。
床へと出た瞬間、エウスは回りの惨劇を目の当たりにする。
これまで生活していた場所は廃墟のような惨状になっていた。
「……サーナ?」
いつも、見ていた場所。
サーナがコンピュータを操作する、いつもの指定位置。
そこから少しだけ壁寄りに、身体中穴だらけで血みどろのサーナが倒れている。
近寄ろうとするが、ルモアに止められた。
「わずかだが、まだ生体反応がある……必ず助けてみせるから、今は触るな」
ルモアの部下達に運ばれ、サーナはエウスの目の前から消えていった。
サーナの手配は完璧だった。
ルモアが少数の部下と共に[外]へ出た時には、その場には部下たちが包囲網をつくり完全待機していた。
後で聞いた話によるとその日の朝、情報回路にルモアの現在の状況と移動経路、脱出してくるその場所と時刻まで記されていたのだという。
その情報回路は内部専用の端子を使っており、外部から侵入できるようにはなっていないのに……である。
そして脱出の際、ルモアが無事に部下たちと接触できるように、防犯の為あちこちに設けられている下層街出入り口の警報器まで殺していた。
一つ場所にその筋の者が集まれば警察の目に留まるからである。
もしサーナが協力を承知していなければ、ルモアは下層街のどこかで屍と化していただろうことは明白。
ルモアは運の良さに感謝した。
そして、サーナに恩を返したかった。
今回の事は、条件と報酬のつけられたビジネスでの関係ではあったが、ルモアはそれ以上に重く感じていた。
サーナを気に入ってしまったということもある。
ヤクザ者の自分を信頼してくれたということもある。
比喩ではなく、本当に生命を賭けてくれる者など身内でもそうはいない事を、ルモアはよく知っていた。
サーナは、それを命がけでやってのけたのである。
途中で逃げるなり裏切るなり、いつでも出来る機会はあった筈なのに。
『必ず助けてやる、死ぬんじゃないぞ?』
屋敷の中で手術を受けるサーナを見守りながら、ルモアはそう思っていた。
結果。
サーナはとりあえず生命を取りとめていた。
身体に受けた被弾が激しく生体反応は弱かったのだが、そこは暗黒街の帝王、金をふんだんに使い優秀な医師を雇っていた。
長い手術だったが手術そのものは順調に終わった。
予断が許せない状態が続いたが、十日の昏睡の後、サーナはようやく意識を取り戻す。
一月後。
まだ呼吸や心拍が安定せず生命維持装置が完全には外せない状態だが、水分や流動食なら口からでも受けつけられる様になっていた。
話も、ゆっくりではあるが出来る。
ただ、自分の意思で身体を動かす事はかなわなかった。
頭や腕だけは何とか動くのだが、それ以外の場所はどうも思うようにならない。
医師も検査を重ねていた。
その日、ルモアの立ち会いのもと、医師から報告があった。
脊髄の損傷が激しく、下半身の神経組織も破壊されている為、もう二度とサーナが立ち上がれない事。
脳内にも爆撃の破片が入り込んでいる為、いつ、どんな障害が起こるかわからないという事。
それらを医師が話している間、サーナは何も言わず静かに聞いていた。
ルモアはその報告を聞き終えた後、サーナに言う。
「何も心配しなくていい。エウスもお前も、儂が一生面倒をみてやるからな」
サーナは何も言わず、静かに瞳を閉じた。
その日の夜。
サーナの部屋は大騒ぎになった。
サーナが生命維持装置と自分を繋いでいるチューブを全て外したのである。
夜半の出来事なので、ルモアの部下であるカイナチウスが部屋へ来なければ、翌朝には冷たい骸がころがっていた筈である。
「……余計なことを」
意識の戻ったサーナは、苦笑しながら言う。
「どのみち、ここでは長く生きれないんだ……それに、きっとそのうち邪魔になる……だから、そうなる前に消えておこうと思ったのに」
動けない身体を持ち、この街で生活していくのは確かに苦しいだろう。
が、生活の全てをみてやれれば問題はない筈だ。
そう思ったルモアはサーナに言う。
「何を言ってる。邪魔だなんてそんなことはないぞ。儂が面倒をみると決めたんだ」
「…………心苦しいよ。エウスを頼んでるだけでも、充分すぎる程だ」
目を閉じ、少し物思いにふけていたサーナが呟いた。
「ルモア……私の……頭を買ってくれないか?……代償はここでの生活だ。……なに、そんなに長くはないだろうから……高い、買物じゃないと思うが……」
「気の弱い事を言うな」
この時には、怪我のせいで気が弱くなっているのだろうとしか思っていなかったルモアだったが、それから数ケ月が過ぎ、傷のほとんどが癒えた頃になっても痩せ衰えていくサーナを見て真剣に医師に原因を探させていた。
そして、原因は判明した。
ルモアの部屋で医師が報告をする。
「サーナ様は惑星ナイアードの中でも特殊な生態環境の星の出身になります。調べましたところ、その星の者達の一部族に二つの食を持つものがありました。おそらくは、それが原因になっているのではないかと思われます。二つの食の一つは、通常我々がしているのと同じ口から摂取する食です。そして、もう一つの食は、生体エネルギーの摂取です。彼等は、他者の生命を削って自分のものとするために対となる者が生まれた時から定められているのだそうで。対の者同士は同じ年を過ごし、我々の約半分の年月を経て亡くなるそうです」
「……つまり、生体エネルギーを与えれば、サーナは元気になるのだな?」
説明を聞き、理解したルモアは希望を見つけて顔に笑みを浮かばせた。
しかし、医師は言いよどんだ。
「はい。……ただ、それには色々とありまして……その……」
「何か不都合でもあるのか?」
「はぁ……」
医師は、それをルモアに告げた。
しばらく後。ルモアはサーナの部屋に来ていた。
良くない顔色で、それでも精一杯微笑んでいたサーナの微笑みが、ルモアの暗い表情に少しだけ翳る。
「どうしました……何か、あったんですか?」
最近になって、サーナのものの言い回しが変わっていた。
最初の頃と比べると、随分と丁寧になっている。
おそらく、元々はこういう喋り方だったのを無理に変えていたのだろう。
ルモアは重い口調で答えた。
「……お前の身体の事を色々と調べたんだ。出身とかもな」
サーナは変わらず笑みを浮かべていた。
「そうですか……じゃあ、もう何も、隠す必要はありませんね」
そう言い、サーナは変貌した。
みるみるうちに耳が蝶のように大きく広がり、口元には鋭い牙が見え隠れしていた。
ナイアード星特有の獣相である。
他星人との関わりもあり、自身の姿を変容させる事が可能な人種も多い事を知っているルモアに、それほどの驚愕はない。
ただ、知りたいのは「何故?」という思いだけ。
「どうして、その姿を変えていたんだ?」
不思議そうにサーナに訊く。
自分たちの居るこの地域も開発は盛んで、他星の者の出入りはわりと頻繁だ。
容姿での問題は無い筈である。
「この姿が目立ち過ぎるからですよ……エウスを拾ってからは、ずっと変えていました……考えてみれば、エウスがこの姿の私を見るのは、初めてじゃないかな…………驚くだろうなぁ」
エウスは最近になって邸内で勉強を始めているので、その時間が終わらないとサーナには会えない。 今の時間は学習中である。
今迄はサーナが教えていたらしいが、年齢の割には随分と高等な学問まで学んでいた。
通常、エウスの年齢であれば初等学であるが、中等学をとうに把握しており、現在は高等学を学んでいる。
呑み込みが早いので、近いうちにそれも終わってしまうだろう。
「どうして、ナイアードを出たんだ?」
「……わかってるくせに訊くんですね…………私の、対の者が死んだからですよ。…………知っていますか? 対を事故で亡くした時は、その部族からは追放されるんですよ……生体エネルギーという、特殊な食が摂れずに、飢餓状態で狂う前にね…………大抵の者は、どこかの街で身体を売って……飢餓を紛らわすために……薬を買って、朽ちるんです」
サーナは、ゆっくりと息をついだ。
「私もね……この星に来て身体売ってたんですよ。それなら多少は、エネルギーが喰えますからね……薬買って、それ使い乍ら客をとっていたんだけど……客の一人が、本気で私にいれ込んでしまって……私も、つい本気になって喰ってしまって……気が付いたら、その客は死んでいた。……忘れていたんだよなあ……普通の人と私達とで、生体エネルギーの移動過程に差があること…………店、追い出されて……ああ、そろそろ終わりにしようかと思って、薬飲んで、そのまま生ゴミの中にいたんですよ。朝には回収車が来て、拾われて、粉々になりますからね……そしたら、夜が明ける前に目の前に一つ、生ゴミが増えていたんです。……誰が捨てていったのかは知りませんけど…………それが、エウスです。ゴミの中から外してやって、それでも近寄ってくるから……遠くへ置いて、いって帰ると、もう回収車は出ていった後でした……呆けたまま、しばらくして気が付くと、側にエウスが戻ってきていたんです……この生命育てる為に、まだ、生きてていいのかなぁ、って…………それからは、ずっと……働いてエウスを……育てて………………たのしかった、なぁ」
サーナは目を細めてルモアに微笑んだ。
「……必要なモノ……喰わなけりゃ……余力は、十年位しか残っていないから……エウスの為に、金を残せるだけ残そうと……貴方に……エウスのこと、頼めて、よかったと、思ってる……」
ルモアはサーナの目の焦点が合っていないことに気付いた。
顔色も悪くなっている。
「おい。あまり喋るな」
「あれから……もう……じゅ……いじょ…すぎ…………はゃぃ……な……」
「サーナ! おい、しっかりしろ!」
急いで医師を呼ぶルモア。
すぐに医師は部屋へ来たが、その時にはもうサーナの意識は無かった。
学習が終わり、サーナの部屋へ来たエウスは、容姿の変貌したサーナの姿を見た。
少し驚きはしたが、それでもエウスの大切なサーナに違いはなかった。
ルモアはエウスにサーナから聞いた事を全て話した。
そして、医師が診断した今の状態も。
サーナは危篤状態だった。
体力は極限まで落ちている。
外部から生体エネルギーを活性化させる方法はない。
すでに一度、呼吸も止まった。
今はかろうじて生きているだけだ。
「サーナは死ぬの?…………助けられないの!?」
エウスはルモアに食ってかかる。
ルモアは声を詰まらせた。
「すまん、エウス。……これ以上、してやれることが……ない」