八十六話 ハンリン
「…ん…?」
路地裏の段差の上で横になっているハンリンは目を覚まし、ゆっくり起き上がろうとすると体の上に誰かの上着がかけられている事に気づいた。
「これ…誰の…?」
「起きたか」
ハンリンの左隣で座りながら銃を点検しているマーガレットを見てハンリンは驚きガバッと起き上がる。
よく見るとマーガレットの格好は先ほどとは違い胸元が開いたワイシャツ姿だった。そしてハンリンにかけられた上着はほのかにタバコの臭いと左の内ポケットが異様に重い。おそらくタバコとライターが入っているのだろう。ハンリンは疑問に思った事をマーガレットに質問した。
「…あんた…倒れてる敵をすぐ倒さないでこんな事するって馬鹿なの…?」
「そうだろうな、馬鹿だろうな。だが今のお前の状況でそんな事言えるか?普通ならこの段階でお前に殺されてるはずだ。なのにお前は私の上着を肩にかけたまま座っている…」
マーガレットはそう言いながら銃のシリンダーに弾を入れ手首をスナップさせシリンダーを戻すとハンリンに向けハンマーをカチリと動かす。
ハンリンはそれを見てびくっと驚くがマーガレットは撃とうとせず銃を置き、ハンリンが肩にかけている左内ポケットからタバコとジッポライターを取り出し吸い出す。
「お前、前会った時と様子違うな。苦しんでるっていうか…悩んでる感じがする」
マーガレットはそう言い、タバコをハンリンと逆の方へ吐く。ハンリンははぁ…っとため息をつき話し出す。
「…そうなの…最近、今何が楽しいのか分からない日が増えてるの…。あんたと会った時は人を襲ったりとかするのが楽しかったんだけど、今は全然…しかも過去の記憶が日に日に変わっていってて何がなんだか分からないの…」
「記憶?」
「うん…私、小さい時に親に虐待受けてたんだ…今までは虐待されてる瞬間が突然頭の中に出てきて息苦しくなったりしてたんだけど、今は虐待される前…普通の生活をしてる記憶が出てくるの…それとザビーは普通なのに私だけ魔法が使える記憶…しかも今と違う魔法…」
「違う…か…他は?」
「他…あと…あんたを倒そうと魔法を出すんだけど体がいう事聞いてくれないの…嫌がってるみたいに…そのせいで魔法が出せないの…」
マーガレットはハンリンの話を聞きながら考えた。吸っていたタバコを地面にグリグリと押しつけ火を消しながら言った。
「ふーん…まあ、私は魔法とか一切使えないからよくわかんねぇけど…」
「だよね…あはは…私…なんで敵にこんなベラベラ話してんだろ…馬鹿みたい…」
ハンリンは顔を背け俯いた。マーガレットはそれを見て頭の上に手を乗せようかと思ったがハンリンの話を思い出し乗せるのをやめた。マーガレットは立ち上がり、体を伸ばす。
「それ、お前にやるよ。まだ体調良くなってないだろ?」
「いいよ…返す…」
ハンリンはマーガレットに上着を渡す。マーガレットは上着を着る事なく、肩にかけハンリンに小さく手を振ると宿に向かって歩いた。するとハンリンは立ち上がりマーガレットの事を見ながらこう言った。
「マーガレット…!私、変われるかな…?」
「お前次第だな。お前が自分を変えたいんならそうしろ。だけど私みたいに焦ってヘマはするんじゃねぇぞ」
マーガレットはそう言い残しすたすたと歩いて行った。
ハンリンは再びふらついた為、再び段差の上に体育座りした。
(…バカ…でも…あいつと一緒にいるとなんか落ち着く…不思議…)
「……えへへ…」
ハンリンは心の中でそう思うとくすりと嬉しそうに微笑んだ。




