護衛任務(2)
日が沈むのとほぼ同時に、冒険者が全員集まっているかを確認する点呼があった。
その後、建物の敷地内でゴタゴタとした準備があり、出発の合図がされたのはそれから数時間が経過した頃の事だった。
太陽は完全に沈みきり、魔術照明の届かない場所は漆黒に包まれている。
だけど自分は精霊力や想力を視ることで、昼間とそう変わらない視界を確保できていた。
リコやコハクも何らかの方法で視力を強化しているらしく、また他に集まった冒険者達にも暗闇に困った様子を見せている人はいなかった。
ある程度経験のある人にとってはこの程度は暗闇ですらないのだろう。
そして心強いことに、ここに集まった護衛の皆様はその『ある程度経験のある』という条件は余裕で満たしているようだ。
……まあ、そんな優秀なメンバーも、今は荷物番として戦力外扱いなのだけれど。
ぶぉぉぉぉん!!
ホラ貝が鳴らされるような低音が響き、建物の門から列の先頭が顔を出す。
自分たち荷物組はその最後尾に続くようにといわれているのだが……長い。
長い長い行列が、ゆっくり歩く速度でじわじわと進行する。
見せびらかすように宝剣を掲げる者や、ダミーと思われる無人の籠が連々と続き……最後の最後にようやく、中に人の入った籠が現れた。
……なるほど。
護衛の数だけで考えると、真ん中辺りに集中しているように見せかけて、護衛の実力は最後尾付近に偏っているようだ。
特に籠のすぐ近くを歩く仮面を被った赤髪の女性は、強者特有の空気でも放っているのか、自分の直感が『近づいてはいけない』という危険信号を発していた。
ニバルさん自身もやや後方を歩いているし、あくまで自然体を装いながら意識の半分は後方に向けられているようだ。
そしてなによりも、そのすぐ後ろには荷台を護衛する大量の冒険者がいる。
どうやら彼は嫌われ者を演じることで、護衛対象の近くに最大の戦力を配置したらしい。
敵を騙すには味方から。ということなのか、あるいは本当に冒険者のことを疑っているのかは分からない。
いずれにせよ全くの無能というわけではなさそうなので、自分は心の中で彼のことを少しだけ見直した。
まあそれを誰かに伝えてしまうと作戦が台無しになってしまうので、今は心の中に秘めておくことにするのだけれど。
ようやく動き始めた長蛇の尻尾を追いかけるように荷車を数人の屈強な運び屋が引いて進み、自分たちはそれを囲むようにゆっくりと歩き出した。
先頭はもう、背中が見えないほど先を進んでいて、長い街道は参勤交代のような行列でぎっしりと埋まっている。
日が沈むのを待ったのは、一般の通行者にできるだけ迷惑をかけないようにしたからなのかもしれない。
リコは歩きながら欠伸混じりで大きく伸びをして、コハクが咎めるように睨みつけた。
「リコ、気を抜かないでください。これは仕事なんですよ……」
「コハクはもう少し気を抜いた方が良いよ。今から緊張し続けると、気力が保たないよ?」
「余計なお世話です。私は鍛えているので平気です」
そんな気の抜けた会話が聞こえたのか、自分たち以外の冒険者達も少しだけ和らいだ空気になった。
少し先を歩くニバルさんはチラッとこちらを見たけれど、わざわざ文句を言いに来たりはしない。
その様子は「そんなことに興味がない」というよりも……「それどころじゃない」という雰囲気に近かった。
それはまるで、これからの行程で何かが起こることをあらかじめ予感しているようにも見える。
じりじりと、蟻の行列が進むような緩慢さで練り進む。
徐々に冒険者たちの無駄口も減り、足音と衣擦音がリズムよく奏でられるようになって、気づけば数時間が経過する。
ようやく出発地の小高い丘を降りて平原の街道にたどり着いた頃になって……
殺気に似た、狩人が獲物に向けるような気配が自分たちに向けられていることに気づく。
「二人とも、気をつけて……何か来る」
小声でささやいて注意を促すと、コハクはきょとんとした表情になり、リコは慌てて周囲を見渡した。
「ミト? 気をつけるって何をですか……?」
「あ、私も見つけた! あっちの方角に魔物の群れ! 数は……30ぐらい。すごい速度で近づいてきてる!」
「「えっ!?」」
自分とコハクの驚きの声が重なった。
リコは「なんで先に気づいていたのに驚いてるの?」みたいな顔をしているけれど、今はそれどころではない。
リコの叫び声が聞こえたのか、ニバルさんは部下に号令を送って列全体を中心付近にぎゅっと収縮させていく。
兵達は槍にかぶせていた鞘を外して赤黒い金属光沢の刃を剥き出しにしながら、隊列を組んで半円形の人壁が作られる。
狼に似た姿の獣が矢のような速度で次々と飛びかかり、戦闘が始まった。
ギィィン……
槍兵の突き出した穂先と狼の眉間が正面から衝突し、金属同士が削り合うような鈍い音が鳴る。
柄を撓らせた長槍に弾き飛ばされた魔獣は大したダメージを受けていないのか、軽やかに着地して「ぐるる」と低く唸る。
あの狼は、全身が鎧のように硬い皮膚で覆われているらしい。
遠距離攻撃ができる冒険者は槍兵達の頭上を越えるように曲射を放つが、命中しても厚い毛皮に弾かれ効果が薄い。
自分や、コハクなどの近接タイプの冒険者は下手に動いて陣形を崩すわけにも行かず、固唾を呑んで様子を見守った。
魔物の群れはジリジリと一定の距離を保ちながら、こちらが隙を見せるのを眈々と待っている。
膠着する歯がゆい時間が続く……このままだとじり貧なので、何か打開策を練らないといけない。
何か手はないかと考えていると、自分の肩を後ろからつつかれた。振り返るとコハクが顔を近づけている。
「ミトは、空を飛べるのですよね。飛行魔術で私を上に運べませんか?」
「えっ、それは、出来るけど……危険じゃない?」
心配になって聞くと、彼女は「大丈夫です」と笑った。
自分はコハクの言葉を信じることにして、服からはみ出ない程度に妖精の羽を展開し、彼女の手を握る。
軽く地面を蹴ると、自分たちの身体は浮遊し、一瞬にして雲の上まで到達した。
「すごい……この状況でもこれだけの飛行魔術を使えるなんて」
「え……っと、この状況って?」
「まさか、気づいていなかったのですか。あの魔獣の影響か、地上の魔力が極端に薄い状態だったのですよ……ですが高空域の魔力は影響を受けていないようです。これなら……行けます!」
コハクは地上よりも薄い空気を肺一杯に吸い込んで、自分の手を振りほどいて自由落下した。
運悪く真下にいた魔獣が彼女の拳によって粉砕され、バラバラに崩れて灰になって消滅した。
コハクが素手で大気を掴み投げるような動作をすると、その先にいた兵の持つ槍が鈍く輝きだす。
ついさっきまで傷一つ残せなかった槍撃が、確実に魔獣の毛皮を貫けるだけの威力を帯びる。
均衡が崩れていくのが、上から見ているだけでもわかった。
防御一辺倒の円陣から、追い込み漁をするような鶴翼陣に変化して、逃げ惑う狼の魔獣を一匹ずつ処理していく。
コハクが倒した魔獣は最初の一匹のみだったけど、今回のMVPは彼女で間違いなさそうだ。
そんなことを考えながら、サクサクと残った魔獣が片付けられるのを見ていると……
遙か彼方から、強烈な殺意が高速で近づいてくる。
目を凝らすとそれは、地表すれすれを高速で滑空する、鳥の群れ。
一直線に、兵や冒険者ではなく、積み荷の方へと向かっている……
「まずいっ!」
冒険者なら自力でなんとか出来るかもしれないけど、今は護衛対象の議員がいる。
目を向けると、ほとんどの冒険者は魔獣の後始末で離れていて、本命の籠には仮面の女性しかいない。
「戻るように声を掛け……いや、流石に間に合わない! かと言って……」
かと言って、自分で迎撃をすることは、ステータスのせいで不可能だ。
そう考えながら、とにかく自分は高速飛翔して籠に近づいた。
上から降ってきたような自分に、仮面の女性は「えっ?」と声を上げる。
自分は驚いて硬直した彼女を無視して「失礼します」と言いながら籠の扉を開けた。
「………………んぇ?」
籠の中にいたのは、まだ幼い……小学生か、中学生ぐらいの女の子だった。
「自分は、ミトと言います。議員様、ここは危険です、逃げますので自分に掴まってください!」
「逃げる……? え、なに、どういう……」
「説明は後でします。今はとにかく、早く!」
困惑する彼女の手を掴み、妖精の羽の鱗粉を撒き散らし、再び上空へと跳ねる。
数秒後、自分たちが直前までいた地点を鳥魔物の群れが通過して、メチャクチャに掻き乱す。
遺された仮面の女性は「えぇぇぇ!?」と困惑しながら、無差別に襲いかかる魔獣を迎撃した。
あの場にこの子が残っていたら、無事では済まなかっただろう……
慌てて連れ出した少女は、血の気が引いたような表情で地上を見下ろしていた。




