飛空艇2
シャワーを浴びて黄牛用の共同部屋に向かうと、コハクは腕を組んで自分たちを待ち構えていた。
遅れて出てきたリコのラフな姿を確認すると、コハクは満を持したように口を開く。
「さあ、あんた達がこのクエストを選んだ理由を……」
しかし「話してもらうわよ」という言葉は、船内に放送されたぷぉーんというホラ貝を吹くような音にかき消されてしまう。
直後にガタンと枷が外れるような音と共に安定した動作で巨大な重量が浮かび上がり、外に向けてゆっくりと動き始めた。
黄牛拠点の港から出た飛行船は慣性による加重を感じさせながらぐんぐんと高度を上げ、やがて雲の上まで昇ると上昇を止めて目的地に向けて加速する。
船が安定航行に入り揺れが収まるまで待って、恥ずかしそうに顔を赤らめたコハクは改めて口を開いた。
「さ、さあ、あんた達がこのクエストを選んだ理由を話してもらうわよ!!」
そう言って、彼女は鎖で床に固定された椅子に腰を下ろす。
自分たちも近くにある椅子に腰掛けるが、理由と言われても特に思い当たるものがない。自分が言葉に困っているとリコが呆れたように手を挙げる。
「あのね『選んだ理由』って言っても、単に私は割が良いクエストを選んだだけで……」
「へえ? それじゃあミトもお前も、何も知らないのね?」
「まあ、自分はリコが選んでくれたのに参加してるだけだから……」
「そうよ、あんたが想像してるような意図はないわ。あと私はリコ、お前呼ばわりはやめてくれる?」
「ああそう。あたしはコハク、タイミング的にあなたたちも狙っているのかと思ったけど。何も知らないならもう良いわ」
それだけ言って、コハクは椅子から立ち上がり外へ出てしまった。
部屋に残された自分とリコは「何だったんだろうね」と首を傾げ合い「ハハハ」と苦笑を交わし合った。
その後、リコも暇を持て余すようにそわそわと立ち上がる。
「ねえミト、船内を探検しない?」
どうせ自分もやりたいことがあるわけではないので、大人しく彼女に同行することにする。
自分が立ち上がるとリコはてててっと廊下に出て船内地図も見ずに走り出し、自分はその後を追いかけた。
◇
リコは富裕層が屯しているバーカウンターやカジノ施設なんかには見向きもせずに、扉を開けて船外に出た。
高速で高高度を飛行する船には強く冷たい風が常に吹き付けるので、見張り目的以外で外に出ようとする人は少なく、広い甲板は自分とリコで二人占めしている状態だ。
景色が良いかと思ったがそんなこともなく、どこまでも空平線が伸びているだけで面白みがない。
かなりの速度で雲の上を走っているとは思うのだけど、周りに比較するものがないからどの程度の速度なのかすら分からない。
風を受けながらぴょんぴょんと跳びはねるリコを眺め、そのまま船の向かう先に目を向けると……かなり遠くで黒い『想い』が漂っているのが見えた。
色からすると……『敵意』や『殺意』の想いに似ているような気がする。
「……? なんだ、あれ」
「ミト、どうしたの……? 向こうに何かある?」
リコも同じ方向を見て目を凝らすが、何かに気づくような様子もない。
自分に見える『想い』は分厚い雲の下にあるようなので、『想力』を持たないリコには見えないのだろう。
そうこうしているうちにも飛行船は高速で進み続け、その『想い』との距離が近づいていく。
遠くに感じていた『想い』をこのまま通過する……と思った瞬間に、雲の中に潜伏していたそれは突如雲上に現れた。
『警告! 警告! 空賊が現れました!! 上客の皆様は船内に避難を、冒険者の皆様は迎撃準備をお願いします!!!』
見張りをしていた船員によって船内全域に緊張が走り、同時に空賊船が自分たちの飛行船に衝突した。
高速移動し続ける船と船の間に橋が架けられて、荒くれ者が甲板に上がる。
「リコ、あれは……空賊って?」
「ミト! あれは私がやるから!!」
自分が困惑していると、リコは何も持っていない両手を『前に倣え』するようにまっすぐ前に出し、ぴったりと揃った指先を僅かにずらした。
彼女の左手からバチバチと音がして燃えるような魔力の弓幹が伸び、ピンと張られた弦に光の矢が継がれる。
「そっと……そーっと…………行くよ!」
リコがピンと指を弾く動作をすると、魔力で形成された矢が走り船内に踏み込もうとしていた荒くれ者に的中した。
頭部に魔力矢が刺さった空賊はその場で膝を崩して無力化されたのだが……その余波で見張りをしていた船員がよろけ「うわぁぁぁぁ」と悲鳴を上げながら雲の中に消えてしまう。
リコは「あ……やばいっ!」と魔弓をほどいて手を伸ばすが、船員は空気抵抗に連れ去られ雲に隠され見えなくなってしまった。自分は、さあっと顔を青ざめるリコの肩を叩く。
「大丈夫、リコ。自分が行くから! 任せて!」
「任せるって……ミト? 行くって、どこへ……?」
緊急事態なので最低限のやり取りで、返事もせずに自分は甲板から飛び降りた。
雲の中に入ると、荒れ狂う暴風に掻き回され方向感覚を見失いそうになる。
それでも自分は船員の想力を見失わないように目を凝らしながら、背中に妖精の羽を展開する。
「あっちか……」
風の冷たさを肌に感じながら雲を噴き散らす勢いで飛行し、やがて俺の手はわたわたと藻掻く船員の腕を掴んだ。
「……追いついた。大丈夫ですか?」
「え……? え、え??」
「このまま、船に追いつきますよ……」
困惑する船員に妖精の鱗粉をかけて重さを消して、自分は彼の手を引いて雲の上まで浮上する。
かなり離れてしまった船の上で、リコが雲に向かって何かを叫び散らしている様子が見えた。
リコの射撃によって初動を封じられてしまった空賊達は、たまたま居合わせた黄牛などの冒険者によってすでに制圧されつつあるようだ。今更急いで戻っても、活躍できる場面は残っていないだろう。
のんびり加速して船に近づいていくと、リコの「ミトのばかー! ここは空の上なんだよー!!」という涙声が聞こえてきた。




