エピローグ
「え!? 言っちゃったの? アンタと和也の関係、その……皇なんとかくんとやらに」
あの事件から数か月。
少しずつだが、姉妹間の交流は復活しつつある。
彼女らは互いの想いを吐き出し合い、すれ違っていた感情を少しずつ埋めようとしていた。
そんな幾度かの交流の中で、ショコラは驚くことを告白してきた。
「うん。やっぱり、黙ってるのは卑怯だと思ったから」
あの日、泣いている姉を見た。
強い人だと思っていた彼女にも、脆い部分があった。当たり前だが、そのことに気づかされた。
そして、自分のしたことの本当の意味を、突きつけられたような気がした。
だから、きちんとケジメをつけなくてはならないと思った。
「……向こうは、なんて?」
「はっきり言われたよ。軽蔑する、ってさ。でも、それになにかを言う資格があるのは俺じゃないし、お前がそうなった原因もいちおう理解はできるって。だから……」
「だから?」
「お前がまた道を踏み外さないか、俺が監視しててやるって。もう一度間違ったことをした時には、俺がとめてやる、って言われた」
「そっか。……いい男だね、彼」
「そうでしょ? とても素敵な人なの」
そう語るショコラの顔は、今までになく穏やかだ。
「あたしね、もっと勉強がしたいと思った。自分がなにも知らないのが恥ずかしかったから。……まあ、帝くんと同じ大学に行きたいっていう下心もあるんだけど」
「そう。頑張りなさい」
「それとね……。あたし、やっぱり帝くんのこと諦められない。勉強して、もっと大人になって、彼に成長したあたしを見てほしい。それでこの恋が叶わなくたって、頑張ってみたいの」
「いいんじゃないかしら。人生は一度きりなんだから、後悔しないようにやりたいことをやってみなさい。……ただし、相手に迷惑はかけないように」
「うん!」
あれから紆余曲折あり、ショコラは高校の近くで一人暮らしを始めた。保証人には父親がついたらしい。
幸恵もわずかばかり金銭援助をしているが、ほとんどは父からの仕送りと、ショコラ自身のバイト代から出ている。
生まれて初めて働いて、自分がいかに甘かったのか、日々実感しているという。
「それでね、改名の話、覚えてる?」
「ええ。大学に入る前に変えたい、って話でしょう?」
「いろいろと考えたんだけど……『聖子』にしようと思うの」
母親から悪意をもってつけられたと知った以上、そのままにしておくわけにはいかない。
けれど、母なりの愛情があったこともまた事実だから。
元の名前から一字をもらって――聖子。
「いい名前だと思うわ」
「そっか。……よかった」
まだいろいろと複雑なのだろう、ショコラは目を伏せる。
若干十六歳の細い肩に、多くのものがのしかかっているようだった。
「帝くんはね、改名するの、もう少し考えることにしたんだって」
「そうなの? 話を聞く限りだと、その子のほうが自分の名前に否定的だったようだけど」
「うん。でも、わたしを見ているうちに、もう少し自分の名前と真剣に向き合ってからにしようと思ったんだって。いろいろ苦労することもあるけど、初対面の人にすぐ名前を覚えてもらえるとか、いいところもちゃんとあることに気づけたらしいから」
彼もまた、ひとつ前を向けたようだった。
「それで、改名手続きのことなんだけど……家庭裁判所に申請しなくちゃいけないんだって。それで、『名の変更許可申立書』っていうのに記入しなきゃいけないんだけど、お姉ちゃんの彼氏さんって弁護士なんでしょ? アドバイスもらえないかなぁ」
「それはいいけど、保護者がいなくてだいじょうぶなの? なんだったら、わたしが代理人になるけど」
「だいじょうぶ。十五歳以上なら、本人が申し立てできるみたい」
よく調べてある。以前のショコラならば考えられないことだ。
自分で調べて考えるということを、彼女はきちんと実践しているようだった。
「……ねえ、お姉ちゃん」
「うん?」
「今、幸せ?」
それが今、最も気になっていることだった。
こうして会話をするようになって、彼女がいかに苦労をしてきたかを知って。
いつしか嫉妬は消え去り、ただ純粋にその幸せを願うようになっていた。
ずっと戦ってきた姉。ずっと傷ついてきた姉。
今はただ、誰よりも幸福でいてほしい。
ショコラの問いかけに、幸恵はきょとんとした顔をした。
そして、まぶしいほど晴れやかな笑みで、こう断言するのだ。
「――ええ、もちろん!」
その左手の薬指には、美しい指輪が光り輝いていた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




