40.エンディング
「ねぇ、湊」
ピャートゥイは走る装甲車の上で隣に座る湊に声を掛けた。
「何」
「私の好きと湊の好きは違うと思うわ」
湊は首を傾げながらピャートゥイを見る。
「それってつまり?」
「白状すると、私はポビヂーチェリと同じで、湊の母親のような気持ちなのよ。だから私が抱いている好きは母性の様なもの。湊のことを男としては見ていないわ。まぁ、アンドロイドにそんな目で見られても困るでしょうけど……」
湊はあんぐりと口を開けた。
「もしかして今、俺フラれた?」
「やーい、雑魚雑魚湊。フラれてる~、可哀想~」
ピャートゥイは咳払いをした。
「別に好きなのに変わりはないから安心していいわ」
「う、うん?」
湊はどう反応していいか分からなかった。
そうしていると、イブキが上部ハッチを開いて顔を出した。
「湊、ピャートゥイ。ゲートに着くまでに武器を捨てておいてくれ。フィフスウェルから武器を持ち出すことは禁止されているからな」
湊は頷いてポケットからプリミリーチェリとSエミールを取り出した。
二つの銃を見ていると、色々なことが思い出される。
ここ数日は、人生で一番濃い数日だったと湊は思った。
すると、突然ピャートゥイが二つの銃を掴んで投げ捨てた。
「ああ!」
「こういうのは捨てづらくなる前に捨てたほうがいいわ」
湊はピャートゥイに抗議の視線を送った。
「それにしたってもうちょっと浸らせてくれてもいいじゃないか……」
ピャートゥイは気にせず自分の銃をホルスターごと投げ捨てていた。
「うん、なんかすっきり」
「あ、そう……」
湊は頬杖をついた。
「そういえば湊、あなたリュックはどうしたの?」
そういわれて湊は血の気が引いていく感覚がした。
「ああ、総合スーパーにおきっぱだ!」
ナミハナの笑う声が聞こえてきた。
「大丈夫だよ、湊。あたし達、こんどあそこの物資を回収する予定だから。ついでに持ってきてあげる」
湊は胸をなでおろした。
「ああ、ナミハナ。ありがとう……」
湊がそういってから装甲車の上は急に静かになった。
とはいっても、装甲車は走っているのでタイヤが回る音や風の音はしていたが、誰も喋らなかったので湊は静かに感じたのだ。
「八には悪いことをしたわ……」
おもむろにピャートゥイはそういった。
「うん……」
湊が頷いて、また沈黙。
フィフスウェルの景色が後ろに流れていく。
瓦礫、草花、停戦信号を受けて完全に止まった無人機と四足のロボット。
きっともうフィフスウェルに来ることは無いので、景色を目に焼き付けようと湊は思った。
「なぁ」
そう声を掛けてきたのはイブキだった。
「ゲートの警備員にお前たちをなんて説明すればいいと思う?」
ナミハナは呆れたようにため息をついた。
「それを考えるのが第一小隊の隊長であるイブキの仕事じゃないの。頭雑魚雑魚?」
湊が秋津大和の車で家に戻った時、姉ヶ崎博士は幽霊でも見るかのようにしていた。だが、すぐに無表情で家に入れてくれた。
家の中には湊の見覚えのない神棚が飾ってあった。
湊が姉ヶ崎博士にそれを聞くと、預かり物だといっていた。神棚を預かるようなことがあるのかと湊は不思議に思った。
湊が自室に戻りスマートフォンを見ると通知が沢山溜まっていた。
ほとんどが湊のネット上の友達、ニベたんからのメッセージだった。
湊がメッセージを返すとニベたんは通話に誘ってきた。
なので、湊はニベたんと通話をすることにした。
ニベたんはメッセージを返さなかった数日間に何があったのか聞いてきたが、湊は重めの風邪をひいていたことにして誤魔化した。
ニベたんはそれでも色々な可能性を疑っていたが、最終的には湊の無事を喜んでくれた。
そうして湊は無事に日常へと戻っていった。
一年後。
湊は家の前でそわそわと歩き回っていた。
「落ち着け」
姉ヶ崎博士にそういわれて湊は深呼吸をした。
「でも一年ぶりだから、やっぱり落ち着いてられない……」
「……」
姉ヶ崎博士は無表情で湊を見ていた。
そうこうしていると、家の前に秋津大和の輸送車が止まった。
そして、輸送車から短いブロンドの髪、長いまつ毛、碧色の瞳、傷一つなく整った顔立ちの少女が降りてきた。
「久しぶりね、湊」
湊はその少女に駆け寄った。
「久しぶり、ピャートゥイ!」
湊はピャートゥイを抱きしめた。
ピャートゥイは抵抗しなかったが軽く湊の肩を叩いた。
「やることがあるから、これはまた後でしましょう?」
ピャートゥイは視線を輸送車に移した。
輸送車を見ると作業着のイブキが立っていた。
「やあ、湊君。久しぶり。そして姉ヶ崎博士も、お元気そうで何よりです」
「ああ」
姉ヶ崎博士は、BGの開発業界やAIの開発業界では名前が轟いているほどの有名人らしく、初めてイブキが湊を家に送り届けた時はすごく驚いていたことを湊は思い出した。
「じゃあ、運び込みますね」
イブキが姉ヶ崎博士にそういうと輸送車の中に声を掛けた。
すると五人の作業着を着た男たちが出てきて大きな段ボール箱を家の中に運び始めた。
「予定通り研究室の中で組み立て始めますが、よろしいですか」
「問題ない」
イブキは頭を下げて家に入っていった。
今、イブキ達が運び込んでいるのは、試作型のピャートゥイの維持装置であった。
イブキによるとピャートゥイの維持装置は、ポビヂーチェリの装置を回収・解析後にすぐ完成した、が会社の開発室を一部屋埋めるほど大きくなってしまったらしかった。
それでも、それから一年かからないくらいで試作型ではあるが小型化に成功しているので大企業はすごいと湊は素直に感心した。
「湊、私たちも手伝いましょう」
「うん、そうだね」
ピャートゥイに促されて湊は段ボール箱を運ぶのを手伝った。
段ボール箱は一つでかなりの重さがあるので運ぶのに相当苦労した。
分かってはいたがピャートゥイは軽々と段ボール箱を持ち上げ、湊の二倍の速さで段ボール箱を運んでいた。
湊達は十五分ほどで全ての段ボール箱を姉ヶ崎博士の研究室に運び込んだ。
するとイブキは組み立ては自分たちでやるからと、研究室から湊とピャートゥイを追い出した。
暇になった湊はピャートゥイに家の中を案内することにした。
維持装置を運び込んだ一階の研究室から、二階のピャートゥイ用の空き部屋まで一通り案内するとピャートゥイは少し散歩に行こうと提案してきた。
湊はそれに頷いた。
「あ、そうだ。ちょっと待って」
家を出る前に湊はピャートゥイにプレゼントを用意していたことを思い出した。
「はいこれ」
湊はピャートゥイにプレゼントを渡した。
「熊のぬいぐるみ……」
それは、小さな熊のぬいぐるみだった。
湊は、なるべくフィフスウェル内のコンビニに飾ってあったものと同じような柄の物を選んだ。
「ありがとう。湊、大切にする」
ピャートゥイは嬉しそうに熊のぬいぐるみを抱いた。
そして、そのまま家を出ようとした。
「自分で渡しておいていうのはなんだけど、そのぬいぐるみ散歩に持っていくの?」
「ええ、せっかくだもの」
湊はそんなに気に入ってくれたのか、と嬉しくなって微笑みが顔に浮かんでくるのを感じた。
「じゃあ、行こうか」
湊はイブキと姉ヶ崎博士に散歩をしてくると伝えた。
そして、ピャートゥイと手を繋いで外に繰り出した。
ピャートゥイは片手に熊のぬいぐるみを持ちながらきょろきょろと町を見ながら歩いていた。
その様子は海外から来た日本を知らない幼い少女の様であった。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「いや、一般的にはどう見えているかを考えただけだよ」
ピャートゥイはふーん、と疑う目を向けてきたが、すぐにまた町を珍し気に眺めていた。
「少し遠いけど見晴らしのいいところに行ってみようか」
湊の提案に、ピャートゥイは嬉しそうに頷いた。
「そうね」
湊は適当にタクシーをつかまえて、竜ヶ丘公園に向かった。
タクシーを降りて公園に入ると、湊はピャートゥイを連れて小さめの人工の山を登った。
晴れていて雲一つない日だったので山の上から遠くまで見渡すことが出来た。
大仏や筑波山が見えた。
「ここが湊の住んでいる町なのね……」
「そう、そしてこれからピャートゥイが住む町」
湊は横に並んで立つピャートゥイを見た。
ピャートゥイの髪は優しい風に揺られていた。
「湊」
「うん」
「私、これからどうやって大きな罪を償えばいいかな……」
「わからない。けど俺も一緒に考えるよ。二人で考えればきっと納得できる方法が見つかると思う」
湊はピャートゥイに微笑みかけた。
「そっか」
「そうだよ」
ピャートゥイも湊に微笑みを向けた。
「湊は、私が出会った人間で一番何とかなると思わせてくれるわね。……これからよろしくね」
「もちろん」




