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ある日、平穏だった屋敷の空気が、一台のきらびやかな馬車の到来によって一変した。

一方的なアポをとってやって来たのは、アズリオの領地の隣領を治める貴族のスレイン。野心家で、自尊心と自己愛の塊のようなその男は、どこからかアズリオが金に物を言わせて没落貴族の娘を嫁に迎えたという噂を嗅ぎつけ、その弱みを探るべく突撃してきたのだ。

「突然の訪問を許してくれ、アズリオ。何やら、美しい薔薇を庭で育て始めたらしいじゃないか。ぜひ、この目で拝ませてもらおうと思ってね」

応接室で対峙したアズリオは、あからさまに不快感を露わにし、冷徹な視線をスレインに投げかけた。

「……貴殿に我が邸の庭を見せるつもりはない。ただの根も葉もない噂だ。用件がないのなら、今すぐお引き取り願おう」

ゴシップ好きのスレインに、ミハイルの存在を知られるわけにはいかない。ミハイルが身売りの妻として、どんな汚い言葉で玩具にされるか分かったものではないからだ。アズリオが威圧感を持って追い返そうとした、その時だった。

運悪く、応接室の大きな窓の向こう、よく手入れされた中庭を、ミハイルが通りかかってしまった。

ミハイルは実家でやっていたように、少し伸びていた庭の木の手入れをしようと、ハサミやじょうろといった道具を運んでいるところだった。上質な、けれど動きやすいシンプルな服をまとい、午後の柔らかな光を浴びるミハイルの姿は、まるで一幅の絵画のように美しく、そしてどこか儚げだった。

「――ほう?」

スレインの目が、獲物を見つけた肉食獣のように細められた。

アズリオが遮るように立ち塞がったが、もう遅い。スレインの視線は、窓の外のミハイルに完全に釘付けになっていた。

(何だ、あの極上の美貌は……。娘ではなく男だったのは想定外だが、あの見た目なら十分抱けるな。いや、むしろそそる。アズリオの奴、こんな美形を買い叩いて独り占めしていたのか)

スレインの胸の内に、歪んだ野心と強烈な独占欲が首をもたげる。

ただの嫌がらせのつもりだったが、一目で気に入ってしまった。あの美しい男をアズリオの元から奪い去り、自分の足元で跪かせることができれば、アズリオのプライドを完璧に粉砕できる上に、最高の玩具が手に入る――。

「なるほど、噂以上だ。あんな美しい薔薇を、誰にも見せずに自分の庭に隠しておくなんて、君も随分と無粋な男だな、アズリオ。私なら、彼をもっと輝かせられる」

スレインは口元に厭らしい笑みを浮かべ、挑発するようにアズリオを見つめた。

その言葉を聞いたアズリオは普段の冷静さはどこへやら、瞳に凄まじい殺気が宿る。

(ミハイルに、指一本触れさせてたまるか……!)

室内が一気に氷点下まで冷え込む中、窓の外のミハイルは、室内の緊迫した空気に全く気づかないまま、「あれ、お客さんが来てる。珍しいな」と、のんきに手入れを続けていた。

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