134話 セリオス
ハイエルフの王族のみが入ることができるアルヴェルンの中枢への道。
通路の先。
巨大な樹木の内側を、くり抜いた空間。
幾重にも重なった年輪が、そのまま壁となり、天井となっている。
――隠し通路か
(元々入り組んだ、エルフの建築物だから、ぶち抜ける余地は結構ある。
そもそもエルフは木の上を飛んで移動する身体能力を持ってるから、その建築物は立体的になりがち。
縫うように隠し通路はいくつもありそうよね。)
床は滑らかに磨かれ、半透明の樹脂のような質感。
エルフの樹木の通路でありながら、どこか人工的ではあった。
「逸れるなよクラリッサ。
迷ったら永遠に彷徨うことになるぞ。
アルヴェルンの中枢にもつながる、天然の迷路じゃ。」
「こんな道あったんなら、アルヴェルンの地下を迂回しないで、こっちの道を使えば良かったんじゃない?
道知ってるんでしょ?」
「王族専用じゃ。緊急時でもなければ使わん。
だが、これは日常的に使われておるな……
やな予感がするのう。」
「そもそもいいの?
王族専用避難路に私が入って。」
「入ったところで、エルフでもなければ迷路を踏破できまい。
クラリッサ。
いざとなったら、エルフ国から正式に、アルシェリオン王国にクレームをたたきつけるからの。」
「あ。それ知ってる。
もうたくさんきてる。
ダースで。」
「非常事態の理由で、封鎖対象から一時的に外す例外処理にする。
クレームでドヤるな。たわけ。」
やがて影の人物は、二人を待ち構えていた。
追跡に気づいていたのだろう。
「セリオス……」
「誰?」
「エルフの王子じゃ。
私の教え子じゃな。」
「……ラティア老師。
久しいですね。
少しお話をしませんか?」
彼はそう言い、ラティアは頷いた。
「ねえ。
明らかに陽動だと思うけどこれ。
話し合いの前に一発ぶん殴った方がいいと思うの。」
「話の通じぬ仲ではない。」
「ラティアの教え子なら殺していいか。」
ラティアは固まった。
「いや,明らかにおかしいじゃろ。お主。
思考の起点と終点が乖離しすぎておろうが。」
ラティアは頭を抑えた。
「ぶっ飛ばすより前に、セリオスが王子のくだりには突っ込まぬのか?」
「ラティアがエルフの国の老師で相談役って事でしょ?
ラティア老師。セリオスはその教え子。
話し合いとか、そんな悠長な事言ってる場合じゃないと思う。
平和主義がすぎるんじゃない?
後手を踏むと思う。」
「だから殺すと?
幼き頃、あやつのオムツを取り替えたのは私じゃぞ。許すと思うのか?
それに王族じゃ。手荒な真似は控えよ。」
「親代わりってわけか。
もう子離れしてるんなら、その判断に情は挟まない方がいいと思うけど。
今回みたいな場合は特に。」
「お主は、ずっと反抗期なんじゃろうな。」
「かもね。」
一切曲げる気はないクラリッサに、ラティアは嘆息する。
「……お主、なぜ先ほどからそんなに物騒なのじゃ。
最悪の前提でしか動かぬのは、ただの思考停止じゃ。」
「今は、悠長に話を聞くのは悪手だと思ってるもの。」
「じゃが、殴りつけるのが効率的とも思えぬ。」
たしかに。
アルヴェルンの中枢に至る途中の客間。
巨大な樹木の内側を削り出した休憩を目的とした室内。
そこに案内されていた。
年輪が、そのまま壁となり、天井へと繋がっている。
エルフの王子。セリオス
クラリッサ一行が席へ着くなり彼は言った。
「ラティア老師。
単刀直入にいいます。
力を貸していただけませんか。
エルフの未来のために。」
「それは何度も話したはずじゃ。
精霊の変異の過程において、空中庭園アルヴェルンは墜落する。
我らエルフは精霊と運命を共にすると。」
「できません。
精霊と運命を共にする――それは“選択”ではない。
滅びると分かっていて、それを受け入れる。
それは覚悟ではない。
諦めです。」
「……代替手段はあるまい。」
「アルヴェルンとエルフと精霊はずっとともに歩んできた。
なら答えは決まっています。
そこから精霊を切り離せばいい。」
「……正気か。」
「ええ。
老師もおっしゃったではありませんか。
代替手段はありません。」
「エルフという種の“定義”を捨てる行為じゃぞ。
それは、エルフを救うのではない。
エルフをやめて、生き残るだけじゃ。」
「アルヴェルンは精霊界と現世を“繋ぎ、同時に縛る”楔。
ゆりかごが変質してしまえば、完全に手遅れです。
時間はもはやない。」
「何度も説明したはずじゃ。
それは精霊の怒りを買う。
世界を巻き込みかねぬ。
先に待つのは世界を巻き込む崩壊と破滅じゃ。
命だけではなく、誇りすら捨てる気か。」
セリオスは答えない。
ただ静かにラティアを見ていた。
「……図星か。」
「ええ。
世界よりもエルフを選びます。
どうやら話し合いは平行線になりそうですね。」
一呼吸おく。
「クラリッサさん。
あなたのご活躍は聞いています。
あなたからも老師に言っていただけませんか?
老師と共にここにいるのです。事情は知っていますよね。」
「集団での心中は諦めだから、みんなで一緒に逃げましょうって事よね?」
「……ええ。」
「でもそうね。
もし、私があなたと同じ立場なら、きっと同じことをしたと思う。」
「なら──」
「魔族の手は借りずね。」
「……」




