121話 学会は即キャンセル
その論文を読み上げて、シトリーは体が冷えていくのを、はっきりと自覚した。
──信じられん。
──これをクラリッサ・グランディールが考えたというのか。
論文『魔術におけるパソコン進化への可能性。』
(魔術とは突きつめてしまえば、魔素の状態変化。
そして魔素を飛ばすのではなく、魔素の安定性変位を使用して、ある抵抗下において、魔力を通した時に魔素が移動した振る舞いだけが残る。
魔素が流れる領域《p層》
魔素を引き込む領域《n層》
この二つの境界だけで魔素が移動したという“振る舞い”が成立する。)
※半導体と同じ仕組み。pn接続。
──確かにそうだ。
(盲点だった。
これをすれば、魔術は空間を介さない。
魔術は“放つもの”ではなく、“内部で完結する現象”になる。)
シトリーの指先が、わずかに震えた。
(そしてこれなら……魔術回路は極小化できる。
わざわざ魔法陣を書くこともない。
空間を挟まない以上、干渉も抑えられる。
薄い魔導板を重ねるだけで──)
そこまで読み進めて、理解してしまった。
(……魔術師が、いらなくなる。)
魔術を“使う者”ではなく、“組み込まれた装置”が魔術を再現する。
その可能性。
──悪魔の発想だ。
(計算器の中枢は計算を成立させるために1,000個の魔術の同時発動。
馬鹿げていると思った。
だが違う。
これなら成立する。むしろ、理論上は数百、数千どころの話じゃない。
それでも足りない。)
──単なる計算式に使う?
──そんなもののために?
(これを……一人で?)
シトリーの顔から血の気が引いていた。
「大丈夫かい?シトリー。
クラリッサから聞いている。
無茶ぶりをされたんだろう?」
セドリックだ。
クラリッサから渡された論文を読み始め、明らかに狼狽している事を心配していた。
シトリーは一瞬だけ沈黙し、次の瞬間、ぱっと表情を変えた。
「我が妹のことだ。
きっとろくでもない事が、書いてあるんだろう?
世界をいつも翻弄してきたからね。」
「……セドリック様、大丈夫。
シトリー頑張る!
でもちょっとこの服装の胸がきつくて。
胸が溢れそうで……」
「無理するといけないな。」
「はい!!」
シトリーは悪魔の発想への驚愕から、おっぱいの話へ流れるように移行するために、思考を幼児化した、
サキュバスの種族本能にしたがう、幼児プレイへの極めて自然な入りだ。
悪魔の発想に触れた恐怖。
理解してしまったがゆえの寒気。
幼児プレイは、それらへの逃避であり同時に狩りでもあった。
極めて自然に話題の転換は行われた。
冷酷に男子の保護欲を狙う。
そばに控えるマリアは顔を引き攣らせて、ものすごい顔をしていた。
自然を重ねて作られた円形講堂は、森そのものを切り出して円形に整えた神殿のように静まり返っていた。
中央の演壇に、一人のエルフが歩み出た。
観客席には、計100名。
人間。
ドワーフ。
獣人。
魔族達。
種族も文化も違う者たちが、同じ円を囲んでいる。
「諸君。
本日は、よく集ってくれた。
まずは、魔王戦線における各国の協力に──深い感謝を。
我らは初めて“世界そのもの”と向き合うことになる。」
やがてその言葉はそう締めくくられた。
「争いは、消えぬだろう。
利害も、思想も、種も違う。
だが魔術は、それを越える。
我らがどれほど愚かで、どれほど優れているかを、互いに証明するために。
魔術大会を開催しよう。」
一瞬の静寂。
ざわめきが少し遅れて押し寄せた。
各種族の魔術師たちが、それぞれの思惑を胸に動き出す。
発表の準備。観測。交渉。牽制。
クラリッサは速攻で学会を抜けだして、背を向け、思索を重ねる。
──とりあえず初手。
──風の精霊の探索。発見次第、契約まで狙う。
「じゃあリーシャ。よろしく。」
「い、いいの?クラリッサさん。
学会始まるけど。」
「まあ、優先順位の問題ね。
精霊関連で何かあったら学会どころじゃないし、先に見つけましょう
それとお疲れ。リーシャ。
殿下と同じ部屋でお泊りだったのよね。やった?」
そのまま二人は、迷いなく講堂の裏手へと抜けていく。
木々の間を抜ける細い通路。
外へと続く、関係者用の静かな導線。
遠くから、まだ演説の余韻が響く。
リーシャは、歩きながらも完全に固まっていた。
思考停止数秒。
(なぜ。
なぜ同室だったのか。
アルヴェルト殿下と。
これ手配したの学校じゃないの!?
風紀どうなってんじゃい!!)
「やってないから!!」
「うーむ。あなたってイケメン嫌いなの、もしかして!?
まさかブサメンがタイプなの!?」
「ねークラリッサさん!!
あなたと殿下って婚約者だよね!?!?
なんで不順異性交遊を推奨するわけ!?!?
それに違うから!!ちゃんとイケメン好きだから!!
あらぬ疑いを生む発言を控えて!!!」
「さては真面目か!?」
「風紀を思い出して!!
青春の甘酸っぱさが死んじゃう!!」
「耐えきれない想いに従うのもまた、青春時代の特権だし。」
「屁理屈!!」
リーシャは、両手で頭を抱える。
クラリッサは足を止めず、一度も振り返らない。
思索を重ねる。
──リーシャとリーシャが契約した水精霊を活用して、最速で要所を抑える。
(それ以外ない。
そこを抑えちゃえば、最悪エルフ領が崩壊してもなんとかなるから。
エルフ領を引き換えに、世界を守る最高の一手。
大人数のためには、少人数は切り捨てる基本的な一手だ。)
──ただ、精霊が見つからなかったらどうしよう!!!!
(切り捨てられるべき少人数を、自分以外の誰かに押し続けるために手は打ち続ける事。
それを考えるだけはいい。
考えるだけならば。
ただ、それを100%やるかは別だ。
見つからなければ、単なるやな奴になっちゃうんだけど!!!
クソ野郎になっちゃうんだけど!?!?)
人知れずクラリッサは冷や汗を流す。
そして彼女達は学会をあとにした。
リーシャは言った。
「ここの下かなあ……」
はや。




