113話 赤点疑惑の学校の日常
ローデンカインは、アルシェリオン王国第一クラス担任にして、元王宮魔術師。
年齢は五十前後。
「クラリッサ。お前のレポートを読んだ。」
「用件はそれですかね?
それにレポートっていうと、トレザール領、リゾート地化計画のことでしょーか。
我ながらよくできたと思ってます。
赤点くらいましたけど。」
「そっちじゃない。
魔力に関するレポートだ。」
「あー学校の赤点補習で、課題を埋めるために一晩で雑に書いたやつですね。
時間がなくて酷い出来でした。
お目を汚してしまったこと、陳謝致します。」
クラリッサは、ふと思い返して思う。
冷や汗が流れる。
──……あれ?
──てことはやばくない?
(赤点補講内容の出来がやばい?
これって何気に不味くない?
進級が……)
「アレがやばいってことは、まさか赤点の補講失格でした!?」
「いや,補講としては完璧だった。
さすがと言っておこう。
出来が悪くなかったから、王国魔術教会に出させてもらった。
問題は、ここからだ。」
「そうですか。
あのレポートが出回ったってことはつまり、異端尋問ですか?
でも大した事は書いてないと思うんだよなー……」
異端尋問。
教会が行う審問制度。
禁忌の魔術。
禁書。
悪魔契約。
あるいは神の理に反する理論。
そうした“異端”に触れた疑いのある者を呼び出し、その真偽を確認する。
よく尋問後、死ぬ。
「……とすると、またお金が飛んでくや。
やれやれ。あと何人買収すればいいんだ……
生きるってお金かかるのよね。全く。」
流れるように買収工作を考え始めるクラリッサだった。
「いや,異端尋問になったら、そもそも終わると思うが……まあそれはいい。
お前の論文が、世界魔術学会に選抜された。
アルシェリオン王国代表としてな。」
「……へー。」
何それ。
「お前、わかってないだろ。
それがどれだけすごいことか。」
「いや,だって昼寝しながら書いた論文……
石ころがダイヤですとか言われたら、先生どう思います?」
「信じないな。」
「ですよね。
赤点じゃないなら良かったです。
それじゃ失礼します。
めんどくさそうなので、辞退で。
論文もそんなに良かったなら、先生や学校に差し上げますよ。
適当にやっておいて下さい。」
「待て。
本当に帰ろうとするな。
あと、本当にめんどくさいみたいな顔するのをやめろ。
世界魔術学会への選抜が欲しくて、死ぬ奴もいるんだぞ。」
「えー……
でも先生。
私って、現時点で借金が20万金貨《約66億》ぐらいあるんですけど。
結構、瀬戸際なんですけど。
奴隷落ちで下手したら、人生がエンドロールもありうるんですが。
だから、わりと忙しいって言うか……」
「しれっと、ガチな爆弾を突っ込むのやめろ。
話を進めづらくなるだろうが。」
「それもそーですよね。
わかってまーす。」
「……お前、絶対わざとだろ。
……本当に嫌なら断るが、栄誉ある大会だ。
話だけでも聞いてけ。」
クラリッサは頷いた。
世界魔術学会の選抜に関する説明も終わりに差し掛かったところだった。
「ところで、先生って苦労人って言われません?」
「……」
担任ローデンカインの目が言っていた。
お前のせいだ。
そしてわかってるなら、聞くな
クラリッサは、リーシャとマリアと学食でご飯をたべていた。
魔術学校の学食。
焼いた肉。煮込まれた野菜。香草。学生達のざわめきの中にそれらの香が満ちる。
魔術学校は、日常を完全に取り戻している。
クラリッサはスプーンをくるくる回しながら、紙を一枚テーブルに置いた。
リーシャが恐る恐る覗き込む。
──題名。
──魔術におけるパソコン進化への可能性。
「……あの……これを出したの?
てゆーか意味がわからないんだけど。
パソコン?」
「計算機の進化系。
ちなみに計算機は、三つの構造で成り立つ。
入力。
出力。
計算。
つまり魔術回路をミクロ化して、集積回路化すると、入力された数値に応じて数値がはじき出される。
魔力を使わずに魔法を使う魔道具みたいなもの。
当然用途は、計算。」
「……あの……これを出したの?
てゆーか意味がわかんないんだけど。
この中に魔術の要素は?」
「計算の部分。
この計算を魔術的に分解して、発展要素の考察入れただけ。」
「……なんで計算を発展させる必要があるの?」
「ほら、私って、色々計算が必要なお年頃だから。
利率計算とか。
弾道計算とか。」
「へー……」
(……弾道?)
「リーシャちゃん。深く考えたら負けですよ。
お嬢様は、本当に弾道計算されます。
本当に文字通りの意味ですよ。
ちなみに弾道計算とは投射物が、どこに当たるかを事前に計算することです。」
「魔術発動の仕組みは魔道具と一緒。
魔力を流す。
既存の魔道具との最大の違いは回路数。
大体、1000個の魔術の並列起動してると思ってもらえればいいわ。」
「え……?1000?
私10個が限界なんだけど。」
「それも大概だけどね。
まあ、つまり1000個の魔術を併用できる魔術師がいれば、四則演算の計算は余裕ってことね。
まあ、普通は無理だから、装置にした。
そんでその理論も書いたのよ。
レポートに。」
そしてリーシャをそれを聞いた。
「計算機はすごいし、わかったけど、何の役に立つの?それ」
「それでそれが世界魔術学会の選抜論文に選ばれたらしいのよ。
そんな暇ないのに、やんなっちゃう。
借金で首が回らないのにさー。
はー。」
「お嬢様。机に突っ伏すのは、お行儀が悪いですよ。」
「だって。」
「へー……え?
……は?」
リーシャは固まった。
「……」
(……クラリッサさん。相変らずスケールがおかしい。)
──だけど。
意を決したようにリーシャは言った。
その決意は、食堂のざわめきの中で、わずかに異質だった。
──自分は、ただ守られた側だった。
(災厄の日。
世界が崩れ落ちかけた日。
選ばれたわけでも、抗えたわけでもない。
私はただ、生き残っただけ。
大きな力に、いろんな人に、ただレールを整えられただけだ。)
「クラリッサさん!!
私を助けるために、それだけの借金を背負ったんだよね!!
私にも何かできないかな!?
なんでもやるから!!!」
クラリッサはきょとんとした。
マリアが額に手を当てる。
「リーシャちゃん……お嬢様の前でそのセリフは……」
「え?」
「危険です。」
そして……
そこは、特有の濁った興奮が空間を満たしていた。
熱気。怒号。割れんばかりの歓声。
そして、金貨のぶつかる音。
「赤コーナー!!
魔術師リーシャぁぁぁぁ!!!!」
闇の賭け試合の会場で、その光の中で、リーシャは半泣きで叫んでいた。
「なんでもするって言ったけど!!!!
ねー、なんでもするって言ったけどさあ!!!!」
──これは違くない!?
──絶対になんか違くない!?
──よろしくねリーシャ。
クラリッサは、腕を組んでリーシャを送り出した。
友の背中をそっと押すことに、一切の躊躇いはない。




