108話 羽虫尋問
水の精霊の洞窟。
かつての水精霊の住処に、魔族が拘束されていた。
幾重にも絡む光の帯が、彼女の四肢と魔力の流れを封じている。
念入りに。
服はボロボロ。
完全に紳士協定に違反している装束の乱れ。
マントはかけてあるが、激戦だったからあんまり隠せていない。
まあ時間もなかったし、そんなものだろう。
クラリッサはほんの少し口角を上げて。歩み寄る。
そして拘束された魔族を見下ろした。
「羽虫。
いい姿ね。」
──初手マウント。
(あれだけ色々やられたのだ。
少しくらい許されはだろう。)
「……くっ、殺せ!」
クラリッサは瞬きを一つした。
──イメクラ……
妙に覚悟の決まっている声で、ごちゃごちゃ言っているのが完全に良くない。
完全にアウト。
高位魔族を縛る封印は強固だ。
高位魔族シトリーを縛る光の鎖は七重。
セレスティアお手製。
──それは人類最高峰を意味する。
(魔力は組んだ側から霧散。
魔術の使用などもってのほかだ。
まあ、それはそのまま魔族の危険度を意味しているんだけど。)
こちらを見返すシトリーの瞳は、極めて反抗的だ。
──まずは心を折るところからか。
(転生して学んだ。
不可解で、理解不能で、危険すぎる事象を前にした時、精神と知性は驚くほど無力になる。)
「さて羽虫君。
こちらに石があるんだけど。」
クラリッサは、石を持ち上げて続ける
「これは大体あなたの顔面と同じ大きさ。
人体の顔面は、大体5キロ程度の耐久構造。
同サイズの岩石はもっと重い。当然密度も上で、比例して強度も高まる。
結論、石は重いからあなたの顔面より頑丈と言う事ね。」
「それがどうした。」
バキッ!!!
パラパラ
「……」
「楽しい話し合いの時間になりそうね。」
「さてシトリー。
今って魔族と人類は停戦状態にある。
あなたの行動は明確な条約違反になるわ。」
「人間と条約?
は。
何言ってるの、笑える。」
「魔王は決戦で死んで、そっちの宰相と条約を結んだ。
事実上の魔族の降伏だけど停戦にしてあげたのよ。
私としては、徹底的に殲滅しても良かったんだけどね。」
「ほざけ。
殺してやる。
人間。」
ドゴオ
拳が岩盤を打ち、衝撃が洞窟を揺らし、岩壁に亀裂が走る。
「ひい。」
「腹パン一発で悶絶してた羽虫がいきがらないで。
言っとくけど、私に全て話しといたほうがいいからね。
セレスティアは魔族殲滅派だから。
彼女に手綱を渡した瞬間、あなた死ぬからね。」
セレスティアは、実験台に乗せられた生き物を見下ろす、冷たい研究者のように、感情のない瞳でシトリーを見ていた。
実験動物を見るような目。
その魔力は静謐。
ただ、普段からそんな感じではある。
魔力自体は海のよう。
深く。
広く。
果てしない。
そして、その量は膨大。
そしていつでも発動できる状態にある。
魔族の基準に照らし合わせても、それは異常。
──やばすぎる。この女。
──今は亡き魔王様と、同じ領域に届いてるのかもしれない。
(これが聖女セレスティア……
長年、1人で魔王戦線を支えていた、人類。
生物とは思えない。
こいつは人間じゃない……)
「さあ、選んで。
魔族全部を滅ぼすか、今回のことを全部話すか。」
やがて。
どれだけの葛藤や事情があったのかはわからない。
それは、これから明らかにされるだろう。
「……わかった。」
長い沈黙の果てに彼女は屈した。
しかしなお、燃えるものが瞳に残る。
光の鎖に縛られたまま、シトリーはクラリッサを睨み上げる。
「だけど、お前だけは許さないからな。クラリッサ・グランディール。」
「まあ、悪いようにはしないわよ。
ただ、あなたに恨まれるような事はしてないと思うんだけど。」
「魔王様を殺した。
それに黒曜の魔杖は一族の至宝だ。」
「……」
クラリッサは額を抑えた。
──150%私のせいじゃん!!!!
「お、お嬢様。
完全にお嬢様のせいじゃないですか……?」
「わ、わかってるから。
言わないで……」
「それじゃセドリック兄様。お願いします。」
──秘技。
──丸投げ。
ややこしくなった時に見事なまでに他人へ投げ渡す技。
わかってか、わからないでか、セドリックはゆっくりと胸を張り、大仰に頷く。
「任された。」
シトリーは、しばらく二人を睨んでいたが、抵抗の意味がないことを理解したのか、トボトボと去っていく。
──まあ、色々ゲロってもらいましょう。
反抗心は強そうだし、イメクラみたいな啖呵はおもしろいんだけど、紳士協定がなー。
「やはりややこしくなった時は、出来る人に丸投げするに限るわね。
セドリック兄上は、セレスティアの封印術式を引き継げるほどの魔術制御能力を持つ。
少なくともこの場で、それを任せられる人物は、他にいない。」
七重の光鎖。
人類最高峰の封印を維持し、管理するには尋常ではない精度の魔術制御が最低条件。
セレスティアがジト目をしていた。
「ねえ、クラリッサ。
しれっと嘘つかないでもらえますか。
魔族殲滅派はあなたですよね。」
「いや、戦争するなら邪魔だし。
殺していいなら全部殺すから。
筋トレの大会開催のためにはそのほうが早いし。」
「……あなたと話していると、対話が可能な猛獣と話している気持ちになります。
はあ……」
ため息は、思いの外深い。
「大変ね。セレスティアって。
これから各国と今回の件の調整でしょ?」
「誰かさんのせいですけどね。」
ふとクラリッサは言った。
セレスティアも応える。
「魔族シトリー。
四天王の1人かー。
能力は魅了。さすがに厄介だったや。」
「そうですね
夥しい魔物の群れ。
海の魔物の,誘導。
すべて、シトリーが魅了によってもたらされた。
サキュバス類、サキュバス目出身。」
「まーねー。さすがに一筋縄じゃいかなかった。」
「え……
ええ……!?!?
リーシャちゃん聞こえました!?」
「う、うん
なんか魔王軍の幹部みたいな言語が聞こえたよーな……気のせいよね??イメクラかな?」
「多分、コスプレの線もありますね!!」
ない。
ともかくも魔族は去った。
クラリッサは気を取り直して言った。
「じゃあ本題に行きましょうか。」
少女が、洞窟の地べたに正座をしていた。
水精霊だ。




