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担任


 「……このクラスに在籍していた、副田恭子さんが亡くなりました。原因はまだ詳しくは分かりませんが、他殺だそうです」


 淡々とクラスに報告すると、各々好きなことをやっていた(バレないとでも思っているのでしょうか)生徒たちの視線が、一斉に私を捉えました。


「……は?」


 気が動転、もしくは信じたくないのかも知れません。いつもはこんな口のきき方しませんから。


「何か質問ですか?」


「…………」


 何も言えない、という感じです。いつも優秀な堤さんでさえ、口が開いたままの間抜けな顔で固まっています。

 そう言えば堤さんは、特に副田さんと仲良くしてあげていたのではなかったでしょうか。委員も同じことですし、情けをかけてあげていたのかも知れません。


「というわけで、委員は副田さんが抜けた分、周りの気付いた人がサポートしてください。これで終わります」


 姿勢、礼。

 その号令さえも、どこか私を非難しているように思えます。

 私が冷た過ぎるからでしょうか?

 仕方がありません。教師とは、そういう仕事です。出会い、相手を理解し始めた頃に引き離される。その理由は、退学、転校、もちろん卒業だって様々ですが。

 死と卒業は違う? ……ええ、そうでしょう。しかし私は、「副田さんの死」に実感が沸きません。もちろん、死に目にあっていないから、というのもあるのでしょうが、1番の理由は、私が副田さんを嫌いだからだと思います。


 教師が生徒を嫌う、ということに対して、「非常識」とか「それでも教師か」なんて声が聞こえて来そうですが、私は教師である前に1人の人間です。きっとどんなに優秀な教師でも、嫌いな生徒の1人や2人くらいはいると思います。


 どこが嫌いか――簡単なことです。あの無表情……見たことのある人しか、あの怖さは分からないと思います。

 日頃、誰といる時でも、ものすごく元気な、溌剌とした笑顔なんです。でも、あの日、私に対しては違ったのです。

 この学校は、大学もエスカレーターを利用して受ける生徒が多いからか、毎年クラス替えがありますので、彼女たちが3年生に上がってから初めてこの学年に出会いました。まだ2ヵ月程しか経っていませんが、もう何十年も教師をしているせいか、何となく学年やクラスのカラーがわかるようになって来ました。昨年も高校3年生を担当したのですが、そことは違う、まるでファンタジーの世界のような、お花畑のような、……まぁ要するに、悪い言葉で言えば、緊張感の無い学年です。


 この学年がこうである所以を、私は簡単に探し当てることが出来ました。それが彼女です。副田恭子。

 彼女は、揉め事が起きそうな所に現れては、全てを平穏に終わらせようとするのです。かといって煙たがられることもない。何故か? あの笑顔と、たまに吐く毒、それから、「頭が良くない」というレッテル。それが原因だと私は判断しました。

 全てが偽りのものであるにも関わらず、大抵の人がそれに騙されるのです。


 もちろん私も初めは騙されていました。あの表情のおかげで目が覚めましたけど。

 去年担任をされた先生方から引き継ぎを受ける際にも、「副田がいるからこの学年は大丈夫」なんて言われたくらいです。先生方のお墨付きで、実際に会えば、向日葵のような笑顔で話を聞いてくれる。騙されないはずがありません。

 何十年かに1度の逸材かも知れない、なんて思った時もあります。


 しかしある時、私は話し掛けようとしたのです。確か、あれは始業式から1週間程経った頃だったと思います。放課後、私は彼女が正面から歩いて来るのを見掛けました。廊下で出会えば挨拶するのが普通ですから、私もそれに従って声を掛けようとした、その時です。

 私は見てしまいました。

 彼女の顔には、少しも表情が浮かんでいませんでした。「無表情」という言葉だけでは何か足りない、それはもう、作り物のように意思の無い顔でした。

 きっと、周りに誰もいませんでしたし、人が行き交うような時間でも無かったので、油断していたんだと思います。……そう思いたい。

 あまりの恐ろしさに私は、思わず立ち止まり、後退ってしまった私に気が付いたのか、彼女は私の方を見ました。恐ろしいと一瞬思ってしまったことを必死で隠しました。

 「こんにちは」。きちんと笑顔で言えたと思います。しかし彼女は、無反応でした。私を見ているようで、見ていない。そんな瞳でした。


 それからです。

 私は彼女が怖くなりました。

 裏の顔があるのは誰しも否定出来ないとは思いますが、あそこまで裏表がはっきりしている人は、他に見たことがありません。まるで、精巧に作られた張りぼてに、何か悪いものが取り憑いているようでした。

 「良い子」が「悪魔」に見え始めた瞬間です。


 それからというもの、私は余計なことを考えるようになりました。

 「勉強が出来ない」と言うのは、この学年を堕落させる為ではないか? 喧嘩させないのは、ライバル心が誰にも宿らない様にする為ではないか?


 ……今考えれば、そんな馬鹿なことがあるはずはありません。

 ですが、やはりどうしても疑ってしまうのです。


 彼女がこの時期に、つまり、全員の心を十分掴んだ後に死んだのは、私に復讐する為ではないか、と……。

 私はもう随分長いこと、「進路指導の先生」をやっています。私が受け持った学年で、入試に失敗した例は皆無です。ですが、このままだとこの学年は、きっと――……いえ、不吉なことを言うのは、やめた方が身のためですね。


 それに、復讐なんて、あり得ないのは分かっています。

 勉強だって、苦手な暗記教科を苦手なままにしておいたくらいですから、そこまで向上心がある子でもないことは、十も承知です。

 可愛い妹にも優しくないですし、亡くなったのだって、彼氏が犯人だと言うではないですか。痴情のもつれ……だとするなら、殺されたのは副田さんですから、彼女が浮気でもしたのでしょうか。

 そうです。彼氏が犯人なら、私は関係がないはずです。


 ……そう思いたいのですが、さっきから背後が気になります。どうしてこんなに気分が重いのでしょうか。朝からこんな最悪な気分になるのは久々です。


 分かっています。本当は、幽霊などではありません。

 彼女を避け続けた私の罪のせいです。私は彼女に、本当に冷たい仕打ちをしてしまいました。彼女のことも素直に褒めておけば良かった。労いの言葉を掛ければ良かった。

 彼女が悪いのではありません。私が悪いのです。


 クラスを平和に保つのは、きっと大変だったはずです。そうそう出来ることじゃありません。

 それなのに、私は堤さんばかりを褒め、彼女の方は見向きもしなかった。まるで、そこにいないかのように振る舞った。


 私の心に引っ掛かったトゲが、私をこんな気持ちにさせているのです。

 彼女になら許される、なんて、大の大人が甘えも良いところです。


 私はこれからどうしたら良いのでしょう?


 不謹慎かも知れませんが、他殺であってほしいと願います。……今は、1日も早く犯人が捕まることを願うのみです。


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