言い訳は目を見て話しましょう
稲良姫の背中が見えなくなるまで縁と穂稀は、何となく見送っていた。
それにしても、どこに人の目があるか分からない場所で穂稀を折檻していた稲良姫は、現時点で深窓や高貴と言った言葉を殴り捨てているな。と、縁は思った。
(物語のお姫様にはなれないな、あの人)
何だかよく分からない心配をしている縁の背後に人影が差し掛かったが、縁と穂稀は気付かない。
「……それより、怪我は大丈夫なのか?随分、あのお姫様に殴られていたみたいだけど、医者に見てもらった方がいいよ。骨にヒビが入っていたら大変だし」
声を掛けられた穂稀はハッとして縁の右手を掴んだ。
瞬間的に手を抜こうとした縁だが、穂稀の鬼気迫った気迫にビビり、なすがまま大人しくした。穂稀は稲良姫によって付けられたら引っ掻き傷の具合を確かめる。
(良かった……このぐらいの傷なら痕が残らずに済みますね。これ以上、私のせいでこの方に傷を負って欲しくはありません……)
多少、血は滲んではいるが深い傷でないことに穂稀は安堵した。
しかし、縁に関しては別の傷がある。
「……助けていただいたことには感謝します。ですが、何故、貴女さまはこのような所にいらっしゃるのですか? 貴女さまが祟り神によって負った傷は、しばらくは安静にしていなければならない程の大怪我なのですよ……それなのにっ………!」
グッと噛み締めた唇から血の味が広がる。縁はバツが悪そうな顔をしながらボソッと言った。
「怪我してないか気になったんだ……」
「え?」
縁はボソボソと話し出した。
「私のこの怪我は自己責任だから別に構わないけど……勝手にやった事とはいえ、助けようとしたあんたに怪我があったら嫌だったから……気になって探してたんだ。そしたらさっきのお姫様にあんたが一方的に殴られてたのを見たら、気付いたら止めてたんだ」
頬を掻きながら自分が部屋から抜け出した理由を話す縁に、穂稀はため息をついた。まったく。
「理由は分かりましたが、それでも、今、貴女さまがやるべきことは身体を休めることです。無理に動いて傷に障ってしまったら一体どうするんですか!! 今すぐ部屋に戻りますよ!」
「穂稀の言うとおりだね。君の心意気は評価に値するけど、まずは自分の身体を労らなくてはね。穂稀も一緒においで。君も傷の手当てをしなくちゃね」
二人はこの時、ようやく背後に佇む御仁に気がついた。
おそるおそる振り返ると、そこにはとても迫力のある笑顔の青年が仁王立ちで立っていたのだった……。
二人の背中に冷や汗が流れた。