俺の部屋に、知らない女がいる
午前二時十三分。
俺は、自分の部屋に知らない女がいることに気づいた。
「……誰?」
ベッドの上に座っている。
白いワンピース。
長い黒髪。
裸足。
年齢は二十歳前後に見える。
月明かりの中で、女は俺をじっと見ていた。
泥棒。
そう思った。
だが、部屋には荒らされた形跡がない。
玄関の鍵も閉まっている。
窓も閉まっている。
そもそも俺は、学校から帰ってきてから一度も玄関を開けていない。
「……警察呼ぶぞ」
スマートフォンを取り出す。
女は動かなかった。
ただ、少し困ったように笑った。
「また?」
「は?」
「今度は、ちゃんと覚えてると思ったのに」
意味が分からない。
「お前、誰だ」
「ユナ」
「知らない名前だ」
「うん」
女は頷いた。
「昨日のあなたは、私のことを知ってたよ」
背筋が冷たくなった。
「昨日?」
「そう」
「俺は昨日、お前なんか見てない」
「……そうだったね」
ユナは少し寂しそうに笑った。
「正確には、昨日のあなたはもういないから」
「何を言ってる?」
「ねえ」
ユナがベッドから立ち上がる。
裸足の足音が、妙に大きく聞こえた。
「昨日のニュース、見た?」
「ニュース?」
「東京駅の事件」
俺はスマートフォンを見る。
ニュースアプリを開く。
何もない。
「そんな事件、ない」
「……そう」
ユナは悲しそうに目を伏せた。
「じゃあ、今回も失敗だ」
「何が?」
「世界」
その言葉と同時だった。
窓の外から、
――ドン。
という音がした。
地面が揺れる。
続いて、遠くから人間の悲鳴。
「何だ……?」
俺は窓へ近づいた。
東京の夜景。
いつもの街。
いつものビル。
いつもの道路。
そのはずだった。
ビルの向こう側に、
巨大な黒い影が立っていた。
人間の形をしている。
だが、頭がない。
腕が六本ある。
そして胸の中央に、
巨大な目が一つだけ開いている。
「……何だよ、あれ」
「見えるんだ」
ユナが呟いた。
「何?」
「あなた、本当に適合者になったんだ」
黒い怪物がこちらを向く。
目が合った。
その瞬間、
頭の中に知らない記憶が流れ込んできた。
知らない学校。
知らない女の子。
知らない父親。
そして――
俺自身が、その怪物と戦っている光景。
「……俺?」
夢なのか。
記憶なのか。
分からない。
ただ一つだけ理解できた。
俺は、この怪物を知っている。
「ユナ」
「なに?」
「俺、あいつを見たことがある」
彼女は答えなかった。
「いつ?」
俺が聞く。
ユナは窓の外を見ながら、
小さな声で答えた。
「昨日」
その瞬間。
黒い怪物が消えた。
街から音がなくなった。
まるで最初から何も存在しなかったように。
俺は窓に手をついた。
「……消えた?」
「ううん」
ユナが言う。
「消えたんじゃない」
彼女はこちらを向いた。
「みんなが、忘れただけ」
午前二時十四分。
世界から、
昨日が一つ消えた。




