和解 ニコラスとシャルージェ
和解 ニコラスとシャルージェ
眩しさを覚え、シャルージェは目を覚ました。しかし視界はただ暗く、まるで夢の中で夢に気付いた様な感覚だった。
「気が付いたか、クソアマ」
彼女の記憶力は良い方なので、一度だけしか聞いた事がない声であっても少し考える時間をもらえればそれが誰だかすぐに分かる。
「あ、アレクサンドル様でしたね。ニコラスのお兄様の。間違ってたらすいません、視界が塞がれている様ですので」
アレクサンドルは病室に力無く横たわっている憎むべき女の胸倉を掴んだ。
「目と子宮だ。幸いニコラスのおかげで顔に火傷が付くことはなかった。あいつに感謝しろよ」
ふと自分を守ったあの男の事が気になった。それを知って彼女がどうなるという訳ではないが、彼女自身自分だけが生き残るなんて想定してなかったのだ。
「ニコラスはどうなんです?」
「全身大火傷で左腕の欠損だ。でもあいつは丈夫だからさっきすぐに起きて執務をしている」
「そうですか、生きてるのですか。ならよかった」
胸倉を掴む力が強くなる。アレクサンドルは今すぐこの女をぶん殴りたいと思った。
「何がならよかっただ。お前は自分のしょうもない自己嫌悪で他人を、俺の弟を殺し掛けたんだぞ。正直今すぐ殺してやりたいが、お前に罰はもう決まっているからな」
彼女の罪状は内乱罪及び殺人未遂及び爆発物使用罪で刑罰としては極刑であった。しかしニコラスは革命派に良い印象を与える為に、あるいは愛からだろう、裁判所に減刑を求めてヅィベリエン送りという形に収まった。
「本当にあいつには人を見る目がない。どうしてこんなイかれた女に惚れてしまうのか」
彼は掴んでいた胸倉を離した。その離し方はベットに叩きつける様なやり方であり、到底女性にする様なものではなかった。
「シャルージェ・ウリヤノワ、これだけは言っておく。もしお前がニコラスの恩義を裏切る様なことをすれば俺がお前を殺す」
彼は病室から去り、静まり返ったこの場にシャルージェは取り残された。しかし目が見えないし下半身が酷く痛むため、動く事は出来なかった。
彼女にとっては数分の様だったが、何もせず数時間が経ち日が傾いた時、彼女は聞き覚えのある声を聞いて少しだけ嬉しくなった。
「シャルージェ、調子はどうかなって聞くのは違うか。その、何か不便な事があったら言ってくれ」
「貴方も全身大火傷って聞いたよ、しかも左腕も無いって。なんでそんなに私を気遣うのさ」
彼は包帯に塞がれた彼女の瞳を見ていた。しかし彼の崩れた、およそ美しいとは言えない顔面を彼女がみれない様に、彼も彼女の焼けて光を失った瞳を見る事は叶わなかった。
「本当に恥ずかして情けない事なんだけれど、僕は君と一緒に寝ないと悪夢を見てしまうみたいなんだ。それに食事も1人で取れないし。だから僕は僕が生きていく為に君に気遣いをするんだと思う。本当にバカな話だ」
「それだけ?それだけなら私は貴方に失望しちゃうな」
「俺は君が好きだ。これで良いか」
「うん、ありがとう。これで諦めついたよ」
彼女は女である自分を認めることにした。革命家であるシャルージェがもう再起不能であるのなら、もう女である自分を遮るものはないのだ。
「なぁ、シャルージェ。僕は明日退位すると同時にユーロ地域各国の独立を承認してユーロ=ルーシー魔王国を崩壊させる。そして革命の、特に元の君の派閥かな。そいつらの要望に従い僕は罰を受ける。ヅィベリエン送りって奴さ」
魔王ニコラス9日間の治世。所謂魔王討伐の後始末後と呼ばれるそれはまさしく新時代の幕開けを象徴する出来事であった。
ユーロ=ルーシー魔王国という巨大な世界覇権国家は解体され、28つの国となった。そして誕生したのがルーシー連邦国と新たなる時代である。
「君の刑罰と同じだ。だから、なんと言うか、これからよろしくと言えば良いのか」
「なら、結婚する?ほら、身分とか立場の違いも無くなって、おんなじ囚人なんだし」
彼の焦りようは音を通して彼女に伝わった。目を閉じて何時間も経っていたせいで他の感覚が鋭くなっていたのだ。もっとも、鋭くなっていなくとも、わかってしまうくらいには焦っていた訳であるが。
「け、結婚?そうだな、そう、僕もそうしたい。でも僕から言いたかったかも」
「もうどっちから言っても変わらないでしょ。それにこうなってしまった以上、式も指輪も要らないからさ」
「そうかな、そうかも。わかった。結婚しよう。でも式と指輪は用意するからな、いずれも慎ましいものになるけれど」
「良いよ、それで。私は満足だから」
2人の関係は凡そ健全と言える様なものではなかった。どちらかと言うと軽い依存の様な状態であった。しかし本人達からしてみればそれは何よりも幸せだし、互いにこれ以上最悪にはなれないので互いに悪影響を及ぼし合う事はなかった。
もっとも、ニコラスとシャルージェにとって互いの存在はこれ以上に相応しいものがないと取れる存在だった。何故ならどちらも、人を殺すかあるいは殺し合うかでしか本心を除けない様な、孤独な人だったのだから。
「シャルージェ、今日はここで寝て良いか」
「うん、そうするといいよ」
自分の美貌が原因で罪を犯した魔王ニコラスはその美貌とフョードルを刺し殺し多くの命令にサインをした左腕を失い、自分の女らしさを恨み未来にだけ目を向けたシャルージェは子宮と視力を失った。
おそらくこれから2人が夫婦として生きていく上で必要な物だったであろう。故にこれは天罰なのかもしれない。
しかし2人は無神論者と汎神論者であるから、因果という物は実在するのかも知れないとだけ思っていた。つまり2人にとってただそれだけの些事でしかなかったのだ。




