第三十三話
妻であるシャロンと婚姻して既に半年以上が経過している。
本来、婚姻後は、屋敷から出ない三ヶ月、社交が始まってからの三ヶ月の計六ヶ月まで、妻の監視を行い、我が家門に敵対するような問題がなければそこで監視を解く手筈だった。
母の時も、祖母の時も半年で監視をすぐに外したと聞いている。
妻に関連するこの手の計画を取り仕切るのは侍女長で、彼女はとても几帳面であることから、半年経過すればその日の内に、監視を解くはずなのだが、全くその素振りを見せない。
人の、それも妻の日記を盗み見るなど、普通に考えて良くないことなのだが、監視期間の半年だけだし‥‥と、自分を納得させ、日々の幸せの糧にしてきた。
監視を解けば、シャロンの日記を盗み見る事もなくなる――。
シャロンの気持ちがありのままに書かれている日記は、神の与えたとされる伝説の神器よりも尊い。
シャロンの好きな食べ物も知ることが出来るし、欲している物だって先回りして用意することが出来るのだ。
これ程に価値のある尊い物が他にあるだろうか――いや、ない。
なので、正直、半年経過して、侍女長に「奥様の監視は解きます」と、言われる日が来るのが嫌で堪らなかった。
だが、侍女長に全くその素振りがないのだ。
忘れている?いや、有り得ない。であれば、態とだ。わかっていて、監視を解かないのだ。
‥‥何故?
そうして半年過ぎて、一日一日と、日が経つ度に、シャロンの日記を盗み見る罪悪感が増えていく。
これでは、私がシャロンを信頼していない事になってしまうのではないだろうか。
勿論、シャロンの事は信頼している。
愛する妻の全てを信用している。
侍女長に言うべきか、言わざるべきか‥‥。
「シャロンの監視を解かねばな‥‥日記を盗み見る罪悪感に押し潰されそうだ‥‥」
一人きりの執務室で、ついついこう呟いてしまう。
だが、日記なくしては、シャロンの気持ちに寄り添える自信が全く無い。
弱い自分に情けなくなり、今日も侍女長に言い出す勇気が持てない‥‥。
私は、なんて弱い男なのだろう‥‥。
ところが、次の日、シャロンという私の女神による奇跡が起きたのだ!
愛の力なのか?愛の力だろう!
私のシャロン、この奇跡に縋り付いてしまう事を許してくれ!
*
‥‥‥ああ、ここ最近、私の旦那様への想いを余さず全て知って頂きたい衝動が抑えきれなくなりそうだわ。でもでも、そんなはしたない真似は旦那様に相応しい淑女に有るまじき事よ。作法の先生も昔仰っていたもの。それに、旦那様に直接お伝えするなんて、恥ずかしくて出来ないわ。奇跡が起きて、私の気持ちが綴られたこの日記を旦那様がこっそり見てくれないかしら?なんて馬鹿なことを考えてしまったわ。そんな奇跡が起きることなんてないのに。明日のグレイス様のお茶会だけど‥‥‥
*
いつもの読書の時間。
エリンが日記を盗み見る時間をいつも通り作り、本を片手に旦那様の執務室を特能と風魔法で盗み聞いていると、ロンは居らず、珍しく旦那様はお一人で、思いも寄らない独り言を呟かれた。
まさか、私の日記を盗み見ることに罪悪感を抱かれていたなんて!
いつも嬉々として日記を盗み見ていらっしゃるし、旦那様がそんな事を思っているなんて思わず驚いてしまう。
最初は、婚姻前から長く続く監視に、嫁いでからも監視される日々に辟易としていた。それが癪ではじめた日記だったけれど、今や、私達夫婦にはなくてはならないものだわ。
私も、盗み聞く事に罪悪感くらいはあるのよ。
だから、旦那様が盗み見るのを止めたら、私も盗み聞く事を止めなければならないわ。
私達夫婦は普通じゃない。
普通じゃないから今の盗み見て、盗み聞く事で円満な夫婦でいられるの。
ずっと、ヒョウゴー伯爵家の血族として、心話で本音で家族で語り合う生活をしてきた。
新しく家族となった旦那様とは、血族じゃないから心話では話せない。
旦那様の本音に触れられる盗み聞く時間が、どれほど私の心の平穏に繋がっているのかを今更ながら思い知る。
監視が解かれ、盗み見られ、盗み聞くことの出来ない日々を想像してみる。
旦那様の本音に触れられないのが悲しい。
私に見せない普段の旦那様を知れないのが悲しい。
旦那様の本音を知りたい。
私に見せない普段の旦那様を知りたい。
私が盗み聞きできない間でも、ロンやエリン、執事長や侍女長達は、旦那様の本音に触れたり、私に見せない普段の旦那様を知れるのに‥‥。
ああ、私ってば‥‥。
これは、私が初めて感じる種類の―嫉妬―だわ。
もしも、今の関係がなくなってしまえば、旦那様を独り占めしたくなるだろう。
淑女の仮面を脱ぎ捨てて縋ってしまいそうでもある。
私は、思った以上に、旦那様を――愛しているのだわ。
自分が、これ程までに嫉妬深い女で、独占欲の強い女だとは思わなかった。
今の関係がなくなってしまえば、そう成り兼ねない自分に絶望する。
そして、私は私の未来と、旦那様との関係を守る為、日記を書く。
お願いっ!
旦那様っ!
どうか私の日記を盗み見続けてっ!!!
『皆に集まって貰ったのには理由がある。実はな、婚姻後半年経過しており、当初の予定ならシャロンの監視を解く時期なのだが‥‥、続けさせてはくれないだろうか?知っての通り、私は未熟でシャロンの気持ちに気付けない情けない男だ。はっきり言って、今も自分に自信がない。シャロンの日記で彼女の気持ちを知ることで、どうにか彼女との関係が良好に保てれているのが事実だ。特に、妻の日記を盗み見るなど、罪悪感もあり、良くない事だとはわかっている。だが、だが‥‥。そ‥‥それにな‥‥、シャロンが日記で、私に日記をこっそり見て自分の気持を知って欲しいと書かれていたんだ。だから、それに縋ってしまいたい。情けない当主ですまん。どうか、こんな情けない男の願いを聞き入れてくれないだろうか‥‥』
『賛成です!旦那様には、今の状況が必要かと思います』
『私も賛成でございます』
『私も』
『俺も』
私の願いは届いた。
私たちの盗み見て盗み聞く関係は、守られることになった。
驚く程、前のめりにみんなが賛成しているのがちょっと気になったけれど、何の反対もなくすんなり旦那様の提案――監視の継続が決定されることになった。
世間一般の常識とは違う、異常な私達夫婦の関係。
盗み見て盗み聞く私達。
夫婦の数だけ、夫婦の常識がきっとあるのだわ。
だから今日も私は旦那様を盗み聞く。
王家の諜報を担う旦那様とより良い結婚生活を送るために――。
これにて完結です!
最後までお読み頂き有難う御座いました!
本作、途中一度だけ四日も更新が空いてしまいましたが、それ以外、毎日更新と言う目標も達成できました!
本作最大の謎『旦那様の名前』が不明なままですが、可笑しな夫婦関係、非現実な世界のそういう読み物としてお楽しみ頂けていたら幸いです!
もしよろしければ、評価やご感想を頂けると嬉しいです!
本当に、最後まで御覧頂き有難う御座いました!!
追記:誤字報告助かりました!有難うございます!(20251218)
追記:誤字報告助かりました!有難うございます!(20251221)




