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王家の諜報を担う旦那様とより良い結婚生活を送る方法  作者: たきわ優
第二章

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10/23

第十話

 日記を再開してから、私と旦那様の結婚生活はとても順調そのもの。

 毎日、お互いに盗み見て、盗み聞いて過ごしているわ。

 そうして日々が過ぎ、我が国の一般的な貴族の新妻の社交控え期間の三ヶ月が過ぎたので、そろそろ社交を再開する時期になった。


 この国では、婚姻したら爵位を継承する。そして、新婚夫婦が王都の屋敷で政治や社交を(こな)し、人脈形成を行う。

 爵位を渡したら、親夫婦は領地に戻り、領地経営に集中する。

 ちなみに、私の生家ヒョウゴー伯爵家は、ニコル兄様がまだ結婚していないどころか婚約者もいないから両親はまだ王都で、祖父母が領地にいる。お兄様が何故まだ婚約者を決めないのは謎である。理由は言わず拒否しているらしい。お慕いしている方でもいらっしゃるのかしら。


 まあ、そんなわけで、社交は主に新妻の役割なのだ。


「旦那様、そろそろ社交を再開しよと思います」

「ああそうか、そろそろ結婚して三ヶ月になるんだな」

「ええ、早いようで長くも感じますわね」

「そうだな」


 旦那様のお顔が、ボボボッと、赤さを増したわ。

 今のどこが顔の赤みが増す要因かよくわからなかったけれど、私に愛情を感じてそうなったと思えば嬉しく感じるものね。

 こうして、日々、旦那様のちょっとした変化に、旦那様の本音と愛情を見つけれて、私は幸せな結婚をしたのだと実感する。


 社交はじめは、同じように卒業後すぐに結婚した友人達とのお茶会。

 元々、友人達と在学中に、そうしようと話していたし、ちょうど今朝、友人の一人からお茶会の招待状が届いたのだ。



「ごきげんよう。お久しぶりね」

「「「ごきげんよう」」」


 お茶会は、私を入れて、中立派の友人四名。全員が実家も婚家も中立派の友人達。

 アイッチ伯爵家に嫁いだミシェル、ナギャーノ子爵家へ嫁いだレイナ、ナーゴヤ男爵家に嫁いだエミーリア。ちなみに、ナーゴヤ男爵家の寄親がアイッチ伯爵家。


 同い年で同じ中立派の令嬢は私達だけだったので、幼少から仲良しの私達。

 学院でもいつも一緒で、婚姻時期も同じ。四人共、大まかに同じような人生をここまで歩んで来ていると言えるわね。

 王族派や貴族派のように派閥争いで殺伐としていないので、中立派はどこも仲良く争いを好まない気質の家門ばかり。人柄も調和を大事にする気質の友人達なので、とても平和な関係を築いている。


 今日のお茶会の会場は、王家が管理する広大な庭園の東屋。

 この庭園には、こうした社交用の東屋が数多く設けられ、貴族令嬢や夫人達が社交場として借りることで、王家の収入源の一つとなっている。


 今日借りている東屋は、石造りの物で、半円状の美しい彫刻の施された屋根に覆われており、降り注ぐ日差しが屋根に遮られ、薄い影を落としている。それを支える柱も見事な物だ。その中心に用意された丸い机と椅子が四脚。それぞれの侍女が椅子を引き、シャロン達四人は席に着いた。


 あら?


 椅子に着く時に、少し目線を落とした。すると、小さな違和感があり、ジッと見つめる。少し色の濃い影がにゅるりと動き、机の下に吸い込まれる。顔には出さなかったけれど驚いて少し動きが止まってしまったわ。


 ほう‥‥。


 これは、エリンの影ね。

 ここでは、庭園の給仕専用の侍女たちがお茶の用意をするので、通常、それぞれの侍女は、東屋の外苑で待機する。当然、私達からは少し距離が空く。ちょうど私達の話し声がはっきりと聞き取れない程度の距離ね。

 つまり、エリンは、その話を影を使って盗み聞きしようとしているのだ。

 旦那様の指示かしら?監視の一貫?

 私を愛していると言いながら、日記の盗み見は止めない旦那様。

 私も人のことを言えないのでお相子ですけど、友人との会話も婚姻後まで監視とは‥‥。まあいいわ。特に隠すような話題はないでしょうし。仕方ないわね。これもより良い結婚生活の為に活用しておきましょうか。


 四人とも新婚なので、当然、話題は新婚生活やそれぞれの伴侶の話になる。


「シャロンはどう?旦那様には良くして頂いている?」


 婚約時代、私と旦那様の関係は、可もなく不可もなくな関係だったとみんなは知っている。

 さて、いつもの日記の裏付け的にここは惚気妻を演じましょう。例え、それが――みんなにシャロンぽくない――と思われたとしても‥‥。

 まあ、婚家で(おろ)かにされず、大事にされていると印象付けることは、旦那様にも私にとっても良いことだもの。仕方ないわ。


「ふふ。実は‥‥」


 ここでちょっとモジモジしてみる。


「あらあらシャロン、勿体ぶらないで教えてよ。気になるじゃない」

「私も気になるわ」

「何を照れていらっしゃるの。教えてシャロン」


 三人が、ずいっと前のめり気味に、興味津々に()かしてくる。


「旦那様にこの前‥‥‥‥君を愛していると‥‥‥」

「「「きゃあーーーーーーーー」」」


 友人達の旦那様の印象は婚約時代から今まで、そういうことを言わない朴念仁な為、友人達は大盛り上がりだ。そうでしょそうでしょう。一番言いそうにない人柄だものね。

 と言うか、旦那様が「君を愛している」とは正確には言ってない。頂いたお手紙に書かれていたから。まあ、些細なことよ。


「もうっ。みんな恥ずかしいから絶対に内緒にしてよね。私もつい嬉しくて口にしちゃったけれど‥‥」

「言うわけないじゃない。安心なさい」

「そうよ。シャロンが大事にされていて私達嬉しいだけよ」

「それより羨ましいわ。私は旦那様に大好きとはいつも言われているけれど、愛してるはまだだもの」

「そうなの?エミーリアってば、幼い頃からずっと相思相愛で仲良くしていたからとっくに言われているものと思ったわ」

「まだなのよー。羨ましいわ、シャロン」


 和やかに社交はじめは終わり、帰宅してすぐに今日の日記に取り掛かった。ちょうど旦那様は、お仕事でまだ外出中で、もう一時間程で帰ってくるそうだから、すぐに日記を書いちゃえば、日記と監視していたエリンの報告どちらも一度で盗み聞けるから効率が良いわ。



 *

‥‥‥ついはしゃいでしまって、みんなに旦那様の事を惚気てしまったわ。だって、素敵な旦那様を自慢したかったのですもの。でも、自慢したくなる素敵な旦那様が悪いのだわ。それに、よく考えたらみんなも旦那様自慢をしていたし、ちょっとくらい惚気てもいいわよね。みんなも幸せそうでよかったわ。でも一番の幸せ者は私ね。だってこの国で一番かっこよくて素敵なのは旦那様ですもの。そう言えば、小説の新刊が欲しかったから帰りに書店に寄ってもらおうと思っていたのに忘れていたわ‥‥‥

 *



 日記を書いている途中で、書店に寄りたかったことを思い出して書いておいた。そうすれば、きっと旦那様が買って来て下さるだろう、という下心よ。もちろん。ふふふ。

 お義母様との話題の為、エリンが日記を盗み見る時間作りの為に、毎日せっせと書庫に通っていたのだけど、実は、ある長編小説に嵌ってしまったのよね。


 内容は、正妃に生まれてすぐ始末されたと思っていた王のご落胤(らくいん)が、実は、隣国で生き延びていて、成長して隣国の間者となって母国に戻り、隣国の王族の手助けの元、復讐を‥‥と言う、恋愛も絡めたドロドロ愛憎劇。

 現実離れした内容で二転三転する話と、主人公に纏わるドロドロ恋愛模様がハラハラして面白いの。


 あ、旦那様がご帰宅されたようね。

 お出迎えしなくちゃ――





『くぅっ』


 あ、また変な声を旦那様が出しているわ。


『わー。旦那様惚気られちゃってますねえ。ちなみに、具体的にどんな惚気話だったの?』


 ロイがエリンにお茶会での私の惚気話を聞く。


『それですが、‥‥旦那様が奥様に「君を愛している」と仰ったと惚気て御座いました』

『ぐはっ』


 また変な声を旦那様が出しているわ。


『きゃーー旦那様やりますねえ。でも、聞いてませんよー。旦那様、いつ奥様に仰ったんです?』

『う‥‥煩いっ!秘密だ、言うわけないだろう』

『ま、それもそうですね。仲が宜しくて良かったですし、旦那様が成長されて俺は嬉しいです』

『お‥‥おう。それより、シャロンが小説を買い忘れた、とあるが、どの小説だエリン?把握しているか?』

『大奥様の集めてらっしゃったもののどれかかと思いますが、申し訳ございません、把握しておりません』

『そうか。ううううう、どうやって聞き出そう』

『明日は、旦那様は外出されますから、本屋に行くけど欲しい本はないですか?と、夕食時に、奥様に聞いてみたらいいんじゃないですか?』

『ロイ、お前‥‥‥‥‥‥天才か?!』


 いやいや、それで天才ならみんな天才ですよ、旦那様。

 こうして、私は次の日に、欲しい新刊を手に入れることが出来た。

 諜報のお仕事をされている旦那様がいると、日記ほど便利なものはないわね。ほほほ。

アイッチ伯爵家(愛知県)

ナギャーノ子爵家(長野市)

ナーゴヤ男爵家(名古屋市)


伯爵家以上は都道府県で、子爵家と男爵家は県庁所在地や市区町村がベースです。作者が覚えやすいから、という安易な作者の容易な作中設定なのでふんわり流して下さい。

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