第九話
妻に初めて恋文を書く‥‥。
どう書けば良いか悩んだが、とにかく思い付く限りの自分の気持ちを書いてみた。
貴族には、婚約者に送る手紙の文例集がある。当初は、それを参考に、と思ったが、そうじゃない気がした。
ロイが、添削をすると煩くしつこかったが、殿下の言う通り、気持ちを綴ったものを他人に見られるのは、どうにも恥ずかしく、結局ロイには見せられなかった。
ロイに恥ずかしくて見せられないのに、愛するシャロンになどとんでもなく恥ずかしく見せられないと悩んだが、その愛するシャロンが元気がないのは、私の愛情表現不足だと思えば、私の恥ずかしさなんて些細なことだ!と、決意を固める。
そして、寝室でシャロンに恋文を渡す時が来た。
「シャ‥‥シャロン‥‥。君に、渡したいものがある」
「はい、何でしょう?旦那様」
少し首を傾げて真っ直ぐに私を見つめる妻の瞳に、唯でさえ恥ずかしく顔が赤いだろうに、今や全身に熱を感じる。全身赤く染まっている気がする。あああああ、妻が可愛くて仕方ない。
こんなに可愛い妻を気落ちさせているのは――私である。私が悪い。
覚悟を決めるのだ、愛するシャロンの為に。
シャロンを救えるのは、私だけなのだ。
「これを‥‥読んで欲しい」
「まあ、お手紙ですか?私に?」
「ああ、君に」
「今、お読みしたら宜しいでしょうか?」
「ああ、そうして欲しい」
旦那様から、例のお手紙を手渡された。
てっきり、後で読んで欲しいと言われると思ったのに、今読んで欲しいと言われ、少し戸惑ったが、気になるし、手紙を開く。
*
ここずっと、君が元気がないように見えて心配だ。私は、女心と言うものがわからなく、助言を貰ったところ、私の君への愛情表現不足だと判明した。私は、君を愛している。君は知らなかったかもしれないが、私は、君を愛している。
*
お手紙の冒頭から、驚いた。
あまりに驚いて、旦那様の方を向くと、全身が真っ赤で、額に汗を垂らしながら、目をぎゅっと瞑っていらっしゃる。
ドキリとした。
私、本当に元気がないように見えていたのね。気付かなかったわ。
日記に本音をどうしても書けなくて、気落ちしていたけれど、普段通りに振る舞っていたと思っていたのに‥‥。
旦那様の私への愛情表現不足が、私の元気のない原因だと思われていたなんて‥‥。
驚いてしまったけれど、はっきりと綴られた旦那様の「愛してる」の言葉に、本当に驚いてしまったわ。
旦那様は、私を‥‥愛している。
*
言葉で君に愛を上手く伝えたかったのだが、私は声に出して君に言おうとすると、緊張してしまう。上手く説明できないが、君を前にすると、とても緊張するんだ。君が可愛くて仕方なくなるんだ。でも、それではいけないとわかっている。これからも努力しようと思う。だが、時間がかかるだろう。すぐには無理そうだ。すまない。
*
嬉しいと思った。
旦那様が、勘違いとは言え、私の為に努力なさろうとしてくれているのが――嬉しいと思った。
*
だから、助言を貰い、手紙という方法を取ることにした。君に私の気持ちを手紙で伝えたい。こう言う手紙は初めてで、上手く書けているかわからないが、君に私の気持ちが伝わってくれると嬉しい。君のことを愛していると知ってくれたら嬉しい。
*
旦那様から頂いたお手紙を読み終えた。
旦那様を見る。
先程と同じ、全身が真っ赤で、額に汗を垂らしながら、目をぎゅっと瞑っていらっしゃる。
やはり、ドキリとした。
結婚してからの旦那様を思い返してみる。
諜報を担う長で、それまで感情の制御が得意な方だったのに、私の日記や私のちょっとした変化にいつも感情を乱していた旦那様。
最初は、旦那様に言えない秘密を抱える新妻を日記で演じた時ね。はじめて見た旦那様の鋭い目を思い出す。
旦那様へ愛を綴れば、その日の夕食から、顔を真っ赤にされていたわ。
日記に好物を書けば、次の日には用意して下さる。
日記に本音が書けない自分に落ち込んでいただけなのに、それを、ご自身が私への愛情表現不足だと勘違いし、どうにか私を元気にしようと、こうやって行動して下さった。
旦那様は、声を出して本音を伝えるのが苦手。
私も、苦手なことがあるわ。日記に本音を綴ること。
私も旦那様も、元々、異性とのおしゃべりが得意な方じゃないと思う。
夫婦になったけれど、わかりやすい愛情表現も、お互い苦手だと思う。
目の前で、全身が真っ赤にし、額に汗を垂らしながら、目をぎゅっと瞑る旦那様。
その姿に、私は、旦那様の――本音――を見つけた気がした。
いえ、気がしたんじゃないわ。
この手紙も、旦那様の今のお姿も、全部、旦那様の――本音――なのだわ。
――私の本音は?
「旦那様」
そう、声を掛けると、ゆっくりと、目を開けた旦那様の額の汗が増え、ポタポタと寝具を濡らした。
これにも、旦那様の本音に感じる。
「お手紙ありがとうございます。嬉しかったです」
旦那様は、ホッとされたのか、少し力が抜けたようだ。
「そ、そうか」
「私も‥‥旦那様を愛しています」
旦那様が破顔される。こんな表情の旦那様をはじめて見たわ。
私は、たった今、旦那様に「愛しています」と言いながらも、まだ異性を愛する事を理解できていないと思う。今まで、恋もしたことがないのだもの。
でも、今伝えた「愛しています」を、これからずっとこの先も、ただの言葉にはしたくないと思う。
いつになるかわからないけれど、旦那様の気持ちと同じだけ、私も旦那様を愛して、私の本音にしたいと思ったの。
今夜だけでも、旦那様の本音をいくつも見つけられたわ。
本音を見つけられたことが嬉しくて、旦那様の本音が嬉しくて‥‥。
この感情は何だろう。
「私が元気がなかったのが旦那様の愛情表現不足と書かれていましたが、それは間違いですわ、旦那様」
「え‥‥それはどういう‥‥」
「今まで通りで十分、旦那様からの愛情は頂いておりましたし、満足しておりました」
「そう、なのか?」
「はい、旦那様。それに、私は元気です。元気がなく見えていたのでしたらごめんなさい」
「そ‥そうか。元気ならいいんだ。うん。そうか元気なんだな」
「はい、あと‥‥私も旦那様と同じです。わかりやすい愛情表現は苦手です」
旦那様の目が見開かれる。
「旦那様は、努力すると書いて下さいましたが、今まで通りの旦那様が私は良いです。私もそうそう変われそうにないですし‥‥。旦那様は、私がもっと愛情表現できるように変わった方がよろしいですか?」
「いや、私も今のままの君が良い」
お互いの目が合い、どちらからともなく少し笑い合う。
この夜は、旦那様と手を繋いで、眠った。
これにも、旦那様の本音――愛情を感じた。
お互い、諜報に長けた能力の出自。
旦那様は、自身の臣下を使って、私の日記を盗み見る。
私は、日記を私欲で書いて、特能と風魔法で旦那様を盗み聞く。
盗み見て、盗み聞く夫婦。
普通じゃない出自の私達だから、こうやって日々を積み重ねていくのも、ひとつのより良い結婚生活の方法なんじゃないかしら?
日記に本音を書くなんて、これからもきっと私には出来そうにない。
旦那様も、声に出して本音を伝えるなんて、努力しても空回りで無理だろうと思う。
お互い、盗み見て盗み聞いている今がちょうど良いんじゃないかしら?
私のほうがズルいし、性格も悪いと思うの。
でも、私が愛するとすれば、旦那様以外にありえないと本心で言えるわ。
今は、そんな変化で良いと思うの。
これから、ゆっくりと、少しずつ旦那様に恋してみたい。
旦那様には、私にずっと恋して貰いたい。
明日から日記を再開しましょう。
王家の諜報を担う旦那様とより良い結婚生活を送るために。




