娘を救う為に
6月29日 更新1回目
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教会に向かい全力で町中を駆けるソニアは、衆目たちの視線を集めていた。
そして、衆目たちは狼狽えたように声を漏らす。
彼女の着ている真っ赤に染まった服――まだ乾ききっていないからこそ、それが血液であることは人々の目にも明白だった。
「ちょ、ちょっとあんた――」
声を掛けてくる者もいたが、ソニアにその声は届いていない。
(……リリス、待っててね)
彼女の心は愛する娘を救うこと、その一心に囚われている。
そんな中、
「なんの騒ぎかしら……?」
大きな皮の鞄を持った一人の女性――道具屋の店主ララーナが、そんな呟きを漏らした。
買い出しに出ていた彼女は、ざわめきの中心に目を向けた。
「……え?」
ララーナの目がソニアを捉えた。
「ソニア……?」
一目散に駆けていくソニアの姿。
その表情は懸命――というよりも、悲壮感に近く見える。
だからこそララーナは、『何かがあった』ことを理解した。
「ソニア!」
ララーナがソニアの名前を叫ぶ。
だが、親友であるララーナの声すらも、今のソニアには届かなかった。
「もう……!」
文句を声に出しながらも、ララーナはソニアを追いかけた。
このままソニアを一人にしておけないと判断したようだ。
ララーナが追いかけて来ていることにも気づかないまま、ソニアはただ目的地に向け走り続けた。
※
そしてソニアは、教会に辿り着いた。
「はぁ……はぁ……」
走りっぱなしの為、既にソニアの身体は限界だった。
だが息を整えながらも、足は止めず前に進む。
そして礼拝堂の扉を開いた。
「ソニア!」
「!?」
唐突に自分の名前が呼ばれて、ソニアは振り向く。
「ララーナ!?
どうしてここに!?」
「どうしてじゃないわよ。
必死な顔で走ってるあなたが見えたから……って、ソニア、あなた怪我してるの!?」
「刺されたのよ。
でも、もう治ってるみたい」
「治ってるってあなた……」
唖然とするララーナに、
「ごめんなさいララーナ。
今はゆっくり話をしている時間はないの。
リリスを助けないと……」
「リリスちゃん……?」
ララーナに返事をせず、ソニアは礼拝堂の中に入った。
「確かフェブル君は……」
ソニアはフェブルの言葉を思い出す。
祭壇の下に地下に繋がる階段があると言っていた。
だが、
「……」
ソニアが見た限りでは地下階段などない。
しかし、ソニアは不思議な感覚を感じていた。
「これがフェブル君の言っていた、認識阻害の魔術……?」
フェブルは、司祭ルドルフが対抗魔術で認識阻害の魔術を打ち消したと言っていた。
「どうしてまた……?」
犯人が魔術をかけなおしたのだろうか? と、ソニアは考えたが、直ぐに余計な思考を止めた。
今大切なことは、どうやって地下に下りるかだ。
司祭ルドルフのように、彼女も対抗魔術が行使できればいいのだが。
ソニアが使えるのは一般的な魔術のみで、高難易度の魔術は使えない。
「ソニア、どうしたの?」
考え込むソニアに、ララーナが声を掛けた。
「ララーナって魔術は得意だったかしら?」
「……人並みよ。
学校で習った一般教養の魔術くらいなら使えるけれど?」
「そうよね……」
親友の答えに返事をしつつも、ソニアの声は暗い。
特殊な訓練――たとえば騎士学校や冒険者育成機関にでも通っているなら別だが、やはり対抗魔術のような実戦的な魔術を使えるものは少ない。
「もう!
なんでこんな面倒な魔術をかけてるのよ!」
ソニアは苛立ちに身を任せながら、右手を祭壇に振り下ろした。
本来ならば、物は叩かれれば音を立てる。
当然の原理であるが、祭壇を叩いたはずのソニアの手は空を切った。
それはこの場に、祭壇がないことを意味していた。
同時にソニアとララーナは理解した。
この場に祭壇がない事実を。
その瞬間――魔術により阻害されていた世界が変化した。
「あ……」
目の前にあったはずの祭壇は消え、床だったはずの場所には階段が見えた。
「え……どういうこと?
急に階段が……」
戸惑うララーナを気に留めず、ソニアは階段を下りていこうとする。
「そ、ソニア!?
まさか地下に下りるの!?」
引き止めるようなララーナの声に、
「この先にリリスがいるのよ!」
ソニアは答えて、階段を下りて行った。
「……はぁ……もう!
一人で行かせられないわよ!」
そして、ソニアの後を追うように、ララーナも階段を下りていくのだった。




