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フェブル、竜撃亭に向かう

6月26日 更新1回目

「おいおい、あんた……。

 そんな貧民街のガキの言葉を信じるのか?」


 呆れたように頭を抱える衛兵が口を開いた。

 だが、


「あなたは黙ってて!」

「ぐっ……」


 そんな衛兵を、ソニアは一喝した。


「フェブル君、リリスを見たのね?」

「……信じて……くれるのか……?」


 深紅に染まったソニアに目を奪われながらも、フェブルはなんとか言葉を返す。


「あなたは、あの子を攫った犯人を見たのね?」

「!?

 やっぱり、リリスはあの男に攫われたんだな!?」

「あいつを見たのね!

 なら話は早いわ!

 直ぐに案内して!」


 言って、ソニアはフェブルの手を引いて走り出した。

 フェブルの言葉を一切疑わずにいるのは、


「ちょ、ちょっと待ってくれ。

 まずは衛兵を説得して――」

「そんな暇はないの!

 あの男をフェブル君も見たんでしょ?

 あいつはまともじゃない!

 直ぐにでもあの子を助けないと……」


 フェブルの目から見ても、ソニアは焦っているのが一目でわかる。

 攫われた娘の安否を気遣うあまり、冷静さを欠いているようにも見える。

 だがリリスの安否という点に置いては、もたもたしている暇はないというのは事実だろう。

 リリスを攫った男はこの世の者とは思えない――異常とも思える雰囲気を放っていた。 あの男は人を殺すことに躊躇いなどないだろう。


「……アーリアラ教団の教会――礼拝堂の祭壇の下に、地下に繋がる階段があった。

 あいつはそこに降りたみたいだ……」

「みたい……?」


 走りながらも、ソニアは聞き返した。


「……男が礼拝堂の中に入るまでは見たんだが……」


 フェブルは自分の見てきたこと、現在の状況をソニアに伝えた。


「司教さんが、犯人を追っているの?」

「ああ……」


 先行している司教の安否も、フェブルは気になっていた。

 犯人を捕まえて、リリスを救っている。

 そんな風に楽観的に考えていい状況でもない。


「アーリアラ教団の司教ってだけあって、かなり魔術に精通してるみたいだった。

 もしあの人が負けるような状況なら、おれたちだけでリリスを救えるとは思えねえ」


 だからこそ今は、衛兵たちに救いを求める必要がある。と、フェブルが伝えたかったのだが。


「……フェブル君、場所を教えてくれてありがとう」


 ソニアがフェブルの手を離した。


「え……あ、姐さん、ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「私には、一秒だって、時間が惜しいの!

 だから私は先に行くわ。

 でも、フェブル君が言いたいこともわかる。

 だから――フェブル君は竜撃亭に行って。

 そこの店主――ミランダを訪ねて。」

「りゅ、竜撃亭って、あの竜撃亭か?」


 フェブルも竜撃亭の話は聞いたことがあった。

 ドラゴンスレイヤー――ミランダ・カスティリャが店主を務める酒場のことだ。


「私の名前を出せば、きっと力になってくれるから!

 それと竜撃亭に主人が――アンクルがいたら、この事を伝えて!

 頼んだわね!」

「ま、待ってくれ!

 姐さん!」


 フェブルの静止は聞かず。

 それだけ言い残して、ソニアは教会に向かって走って行った。


「……っ」


 フェブルは苦悶した。

 ソニアを一人で向かわせていいのか?

 直ぐに追って引き止めるべきではないか?

 だが、リリスを救う為には、一秒だって時間が惜しいというのも事実だ。


「くそっ!」


 悩んだ末に、フェブルは竜撃亭に向かって足を進めた。

 フェブルが自分の弱さに嘆いたことは、一度や二度ではない。

 だからこそフェブルは、こういう時に嘆くばかりでいる『本当の意味で弱い』人間ではなかった。




        ※




 フェブルは直ぐに竜撃亭の前に到着した。

 店からは賑やかな声が外まで聞こえてくる。

 店の中に入ろうと、フェブルが足を進めようとした時だった。


「――うおっ!?」


 思わず間抜けな声を上げてしまった。

 視線の先――それも手を伸ばせば届くという距離に、見覚えのある女の子が突然現れたからだ。


「あ、フェブル……」

「り、リルム!?」


 なんでここに? とばかりに、フェブルとリルムが互いの名前を呼んだ。


「フェブル君……?

 って、ああ、貧民街で見かけたことがあるわね……」


 少女の隣で口を開いたのは、人間(ヒューマン)の女性だった。

 彼女もいつの間にか、そこに立っていた。

 フェブルがその女性の様子を窺っていると。


「あ、ごめんなさい。

 私はリルムの母親でミーアといいます」


 丁寧な口調で名乗るミーア。

 リルムの母親ということは貧民街の者だと思うが、ミーアの品の良さにフェブルは戸惑ってしまった。


「ところでフェブル、どうしてここにいるの?」


 リルムに言われて、フェブルは自分の目的を思い出した。


「ミランダって人に用があるんだ。

 姐さん――アンクルさんの奥さんに言われて……」

「アンクルさんの奥さんって……ソニアさんよね?

 まさか……何かあったの?」


 ミーアと名乗った女性がフェブルに尋ねた。


「すまねえが、説明は後でもいいか?

 とにかく今はミランダさんに……」

「わかったわ。

 私も出来ることがあるなら力になるから」

「あ、あたしもなるよ!」


 同じ貧民街の出身者――いや、二人はおっさんとソニアのことを知っているからこそ、フェブルの言葉を信じてくれているのだろう。

 だが先程、自分の言葉をまるで信じてもらえなかったことを思えば、二人も力になると言ってくれる人がいることが、これ以上なく心強く思えた。

 そして、心の中で二人に感謝しつつ、フェブルは竜撃亭に足を踏み入れた。

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