樵(きこり)の常識
2月11日投稿。(本日2回目)
次の投稿は20時前後を予定しております。
「カティ、薪は見つかったのか?」
「ゆ、勇者様、そんなことより早くあの子を助けてください!」
カティが真剣な眼差しをおっさんに向けた。
おっさんも、直ぐに状況を理解していた。
狼人の少女に男が迫っている。
何かトラブルがあったのは一目瞭然だった。
「さあ勇者様、勇者らしいご活躍を!!」
「やだ」
「流石勇者様で――って、ちょおおおお!?
即答ですか!!
小さな女の子が襲われようとしてるんですよ!」
「どうせ盗みでもしたんだろ?」
「うぐっ……」
思わず口を閉じるカティ。
「見た感じ、あの身なりだと貧民街のほうから来た子だろ?
あの男のサイフでも取ったんじゃないか?」
「ち、違います!
た、確かにあの子は盗みをしようとしました。
でも、取ろうとしたのはあの男の物じゃないんです!」
「そうか。
ま、俺には関係ないことだ。
それよりも、さっさと薪を買い取ってもらわねば」
おっさんの頭の中は、直ぐに帰って愛しの娘に会うことしか考えていなかった。
彼の世界の中心は娘のことだけなのだ。
「勇者様!
あの子の傍に落ちてる薪を見てください!
あの男は勇者様の薪を盗もうとしてるんですよ!」
「ん?」
カティに言われ、おっさんは足を止めた。
薪――という言葉が気になったのだ。
そして彼の視界には、自分が伐採した薪が目に入った。
直後、おっさんの身体が動いていた。
「おい、あんた」
「ちっ――なんだあんたはっ!?
こっちは今取り込み中なんだよ!」
おっさんに肩を捕まれ、人相の悪い男が振り返る。
男は如何にも機嫌が悪そうだった。
「それは悪かった。
だが、一つ確認したいことがあるんだ。
な~に、直ぐに終わる」
「あん?」
「あんた、その薪を盗もうとしたってのは本当か?」
「っ……ぬ、盗む?
なんのことだ?
あれはオレが割った薪だ」
「へぇ……そうか。
なるほど、よくわかった」
「な、何がわかったってんだ?」
「ああ――あんたが嘘を吐いてるってことがだよ」
「なっ……!?
しょ、証拠はあんのかよ!?」
「あるさ。
一つは縄の結び目だ。
俺は薪を縛る際に、結び目をちょうちょ結びしている」
ちなみにそれは、娘に見せたら可愛いと評判だった為だ。
おっさんがこだわりがあってしてることじゃない。
「あんたが背負ってる薪は、そうじゃないみたいだな?」
「た、たまたま結び目を変えることだってあるだろうがっ!!」
「まだ嘘を吐くのか?
証拠は他にもあるんだぞ?
薪の断面を見てみろ。
あんたが背負ってる薪と、俺が割った薪じゃ断面がまるで違うはずだ」
聖剣で割られた薪は、とんでもなく断面が美しい。
おっさんの樵としての腕は勿論だが、聖剣の切れ味が半端じゃないからだ。
これは真似をしようとしても、簡単に出来るものではない。
「確認してみてもいいぞ?
今俺が背負ってる薪と、その地面に置かれている薪の断面は驚くほど美しい。
だが、あんたの背負ってる薪はどうだ?
あんたが俺と同じくらい、綺麗に薪を割れるならこの場で証明してみろよ?」
「ぐっ……」
「一つ言っておくぞ。
樵としてのプライドがあるのなら、二度とくだらない嘘を吐くんじゃねえ!!」
「ぐううううう、くそがあああ!!
何が樵のプライドだ。
そんなもんじゃ飯は食えねえんだよ!」
「なら腕を磨け!
そうすれば生きる分くらいは稼げるようになる!」
「稼げるようになる? 笑わせんなっ!
おっさんが、ドヤ顔で語ってんじゃねえよっ!!」
逆上した男が持っていた斧をおっさんに向けた。
「殺されたくなきゃ、あんたが背負ってる薪も置いていけっ!」
「……斧を人に向けるとは……お前、樵としての常識がないのか?」
「さっきからごちゃごちゃとうるせえんだよっ!
いいか、オレは本気だ――おばっあああっ!?」
おっさんは男の顔面を殴った。
顎を綺麗に打ち抜くフックだった。
「いいか樵見習い。
斧は――人に向けるもんじゃねえっ!!
木を伐採し丸太を割り、薪にする為の物なんだよ!
俺たち樵が糧を得る為の大切な商売道具を人を傷付ける為に使ってんじゃねえ!
それが樵の常識だろうがっ!」
おっさんはキレていた。
樵の商売道具は人を傷付ける為にあるものではない。
やってはならないことを、このスキンヘッドの男はやったのだ。
とはいえ、おっさんのフックを喰らったことで、男は既に倒れ気絶していたのだが。
「さ、流石勇者様です!
聖剣の力を使わずに暴漢を倒されてしまうなんて!」
「全く、樵の風上にも置けんヤツだ。
同業者として恥ずかしくなる……」
そう言って、おっさんは自分の薪を拾おうとした途端。
「だ、ダメ!!」
「なんだ?」
狼人の少女が、薪を守るように覆いかぶさってきた。
「こ、これはあたしのだ!」
「それは俺のだ」
「ま、待ってください勇者様、この子にはきっと、何か事情があると思うんです!」
「事情?
それで嘘が許されると?」
「そ、それは……で、でも、その事情を聞いてあげるくらいはしてあげてもいいじゃないですか!!」
カティは初めておっさんに強く進言した。
心優しい彼女は、どうしても少女のことを放ってはおけない。
何か力になりたいと思ってしまったのだ。
対しておっさんは、この少女の力になろうなどという気はもうとうない。
仮に今手を差し出したとしても、それは優しさではなく偽善だ。
もしも彼女を助けようと言うのなら、『今だけ』ではダメなのだ。
それは少女の為にはならないから。
「……お前がもし孤児なら、町の施設に入れ。
もしくは教会を頼れ」
「お、おかあさんがいるもん!」
「母親?」
「……」
おっさんの問いに、返事はなかった。
狼人の少女は耳をしゅんとさせる。
「お前、貧民街に住んでるのか?」
「……だったらなんだよ」
少女はぎゅっ! と眉根を顰めた。
やはり貧民街の子供のようだ。
そのことで辛い目にもあってきたのは容易に想像できる。
「……勇者様……」
うるうるとした目で、おっさんを見るカティ。
そんな目で見られても困る。というのがおっさんの心境だ。
「母親の為に盗みをしているのか?」
「……ち、違う!
これはあたしが勝手に……」
少女はおっさんから目を逸らす。
やはり、盗みをしていることで疚しい気持ちがあるようだ。
「お前、名前は?」
「……な、なんであんたに名前を言わなきゃいけないんだよ!」
「言えないなら、勝手に調べるからいいぞ?」
「調べる?」
おっさんは聖剣の力で、少女のステータスを見た。
※
○名前 リルム
種族 狼人
職業 貧民街の子供
年齢 10歳
・ステータス
レベル 1
体力 12
魔力 0
力 7
魔攻 0
魔防 0
速さ 15
運 8
・プロフィール その1
貧民街出身。
母親と一緒に暮らしている。
父親は――
※
「おっと……」
おっさんはステータスの確認をやめた。
あまり余計なプロフィールを見るのは良くないと考えたのだ。
「リルムって言うんだな」
「っ!? ど、どうしてそれを!?」
薪に覆いかぶさっていた少女――リルムが吃驚した様子でバッと身体を起こした。
「樵だからな。それくらいはわかる」
「そ、そうなの?」
「ちょ、ちょっと勇者様、こんな小さな女の子を騙さないでください!」
カティの言葉は無視した。
そもそも、騙してはいない。
何せおっさんは樵勇者なのだから。
「リルム、金を稼ぐには労働という代価が必要だ。
何もせずにお金を稼ぐことはできないんだ」
「……そ、それは……」
「その薪だって、俺が木を伐採し丸太を割って手に入れたものだ。
時間を掛けて働いて手にしたものなんだ」
「……」
リルムはおっさんから顔を背けた。
狼人の象徴である耳や尻尾が力なく垂れていた。
自分が悪いことをしている。
少女もその認識はちゃんと持っているのだろう。
「……で、でも働きたくても、あたしは働かせてもらえない。
ガキだからって、貧民街の人間だからって、大人は言うんだ……」
「そうだろうな」
貧民街の者たちは、身分がはっきりしたない者が多い。
実際のとこどうかはわからないが、犯罪者たちが行き着く先――などと揶揄されている有様だ。
荒くれ者も多く、街の衛兵たちですら放置している有様だ。
勿論、街中で暴れていれば取り締まりはするだろうが、貧民街で暴力行為が行なわれていたとしても気にも掛けないだろう。
「……だけど、お金がなくちゃ生きていけない。
だからあたしは……」
「生きていく為なら盗みだってやる……と」
リルムは顔を上げ、おっさんの目を力強く、真っ直ぐに見た。
その瞳には決意が秘められている。
「なら、盗みなんかしないで働け。
それだけの決意があるなら、なんだってできるさ」
「だから、あたしは働きたくても働け――」
「俺は今から薪を売ってくる。
その間にお前は衛兵を呼んで来い。
そこでぶっ倒れてるヤツを衛兵に突き出さなきゃならん」
「……え?」
「その代価に、お前に薪を売った報酬をやる」
「……ほ、本当?」
「ああ。
その代わり、俺の気が変わらないうちにさっさと行け」
「……ぜ、絶対、いなくなったりしないでよね!」
少しばかり不安そうに口にして、リルムは全速力で走っていった。
少女の背中を見守るおっさんの姿を、妖精カティは微笑ましそうに見ていた。
「なんだ?」
「勇者様はやっぱり勇者様です!」
「言っておくが、別にあの子を助けたいと思ったわけじゃないぞ?」
「またまた~」
この妖精、調子に乗ると少しうざい。
「……ふんっ。
それよりお前、薪を盗まれそうになっていたようだが?」
「あう……そ、それは……」
カティに意地悪を言った後、おっさんは薪を抱えた。
おっさんが少女に手を差し伸べたのは、本当に彼女を助けたいからではなかった。
人は平等ではない。
35年間の人生でそれが当然だということは身にしみている。
盗みをしなければ生きられない。
次の食事にも困っている者がいる世界だ。
そういうヤツらは死んで当然――とまで思っていないが、どうにもならないことはあると、35年間も人生を生きていれば諦めくらいは覚える。
だが、おっさんも娘のいる父親だ。
あの母親の為に盗みまでしている少女の姿が、自分の娘と――リリスと重なってしまったのだ。
もし自分に何かあったら、リリスはまっとうには生きていけない。
それこそ盗みに手を出さなければいけなくなる。
娘のことを考えてしまったおっさんは、彼女を他人と思えなくなっていたのだ。
だから、おっさんが少女を助けた理由があるとすれば、娘のことを思ってしまったからだった。
「……さっさと帰らないとな」
おっさんは呟いて、道具屋の中に入るのだった。




