お弁当の時間
本日1回目の更新
※
シートの上には、麦色のバスケットが二つ置かれていた。
「さぁ~。
お母さんお手製のお弁当よ~」
籠をパカッと外すと、中にはサンドイッチが入っていた。
ふんわりとしたパンの間に、緑黄色の美しき色彩が広がっている。
野菜だけではなく、肉もしっかりと入っていて、食べごたえがありそうだ。
料理は見た目が大切というが、見ただけで食欲が沸いてくる。
「わぁ~!
すっごぉ~!
おとさん、みて~!
おかさん、すっごぉいの!」
「ああ、美味しそうだな」
瞳をキラキラと輝かせるリリス。
だが、その気持ちはわかる。
本当にうまそうなのだ。
同時に、おっさんの胸には懐かしい気持ちが広がっていた。
ほんの二年ほど前までは、こうやってソニアが作った弁当を食べていたのだから。
「リリスが喜んでくれて、とっても嬉しいわ。
リルムちゃんも、ミーアも、いっぱい食べてね!」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとう、ソニア。
いただきますね」
いつの間にか、母親同士は互いの名前を呼び捨てにしていた。
おっさんたちが遊んでいる間、二人は子供の様子を見守りながら、おしゃべりを楽しんでいるようだったので、かなり仲は深まったようだ。
「ちなみに、こっちの籠には果物が入ってるのよ~」
「わ~い!
くだもの~!」
「くだものは、あまくてすきです」
「二人とも、果物は好きなのね。
じゃあこれは、ちゃ~んと好き嫌いせずに食べられた子にあげるご褒美にします!
二人とも、大丈夫かしら?」
健康の為に好き嫌いせずに食事を食べてもらうことは、子育てでブチ当たる壁の一つと言っていい。
「あたしは、すききらいはないです。
なんでもおいしいから」
「リルムちゃんは、やっぱりお姉ちゃんね。
じゃあ、リリスはどうかなぁ?
お姉ちゃんみたいに、食べられる?」
「り、リリス、たべれるよ!
にんじんも、ぴーまんも……。
お、おやさい、なんでもたべれるの!」
本当は、リリスはちょっぴり野菜は苦手だ。
素の野菜だとどうしても避けてしまう。
他の食材と混ぜて調理すれば、ちゃんと食べてくれるが。
ニンジンとピーマンは特に苦手のようだ。
「よし!
それじゃあ、いただきますをしましょうか。
さぁ、アンクル!
出番よ!」
「あ、ああ――」
この流れで、おっさんはいきなり主導権をぶん投げられた
戸惑いつつも、手を合わせて。
「それじゃあ――いただきます」
図太い『いただきます』の後に、
「いっただきま~す!」
「い、いただきます」
「いただきます」
女性陣の高い声が重なって。
「はい、召し上がれ!」
こうして、おっさんたちは賑やかで穏やかな昼食が始まった。
※
「おかさんのさんど、うっま~!」
パクパクと。
リリスはサンドイッチを頬張る。
苦手な野菜も入っているはずだが、気にならないのかバクバク食べていた。
「ちゃんとお野菜食べられてるね!」
「うん!」
「お野菜って美味しいでしょ?」
「うん!
リリス、おやさいすき~!」
お野菜が好き!?
娘の言葉に、おっさんは感動した。
そして、調理方法って大切だとひしひしと感じてしまう。
「おかあさん、おいしいね」
リルムも大満足のようだ。
「ええ。
ソニアは、本当に料理が上手いのですね」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。
食べる人のことを考えて、愛情を持って作っているから」
「なるほど。
愛情は最高の調味料というわけですね」
笑みを交わし合う奥様方。
だが、おっさんもソニアの言葉には大いに納得だ。
実際に食べてみるとわかるが、野菜の味はそのままのようで、野菜本来のおいしさをより引き立てるように調理されている。
子供の食べやすさを考えてか、苦い野菜に関しては小さめに切られていたり、随所に工夫がなされている。
こういった気遣いは、ソニアの深い愛情を感じることが出来た。
食べる人のことを想っているからこそ、手間暇かけることができる。
料理をしている時の、ソニアの幸せそうな顔が浮かんでくるようだった。
「でも、私も昔は料理が下手だったの」
「誰でも、最初はそうなのでしょうね」
「作り始めはどうしてもね。
だけど、アンクルは私が失敗しても、美味しい美味しいって食べてくれたの」
また懐かしい話されて。
おっさんは感慨に浸ってしまう。
まだ二人が、出会ってから間もないくらいの話だったと思う。
「そうか?
確かに見た目は今ほどじゃなかったが。
あれはあれで、美味かったけどな」
そもそも。
ソニアが一生懸命に作ってくれた料理を、おっさんがマズいと思うはずがない。
誰が食べてもマズい料理でも、おっさんにとってはどんな高級料理よりも美味しく感じてしまうのだから。
「あの時もこんな調子でね。
だから私、この人の為に美味しい料理を作れるようにならないとって思った。
じゃないと、病気になっちゃうかもって本気で失敗しちゃったから」
自分の妻が料理を頑張ることになった経緯を、おっさんは今初めて知った。
妻とソニアの会話を聞きながら、おっさんは食事を続ける。
「でもこの人は、私が料理に成功しても失敗しても、美味しいとか、すごく美味しいとしか言わなかったのよ」
「アンクルさんにとっては、本当に最高のお料理だったんですよ」
美味い、美味いなぁ~。
やっぱりソニアの料理は美味かった。
あまりの美味さに、おっさんの表情筋はゆるゆるだ。
「でもね、この人の顔を見ていたら私はいつも、何も言えなくなっちゃうの。
だってこんな風に、本当に幸せそうに食べてくれるから」
「ふふっ、こんな顔を見たら。
何も言えなくなってしまいますよ」
おっさんの顔を見て、二人は笑っていた。
そんなおかしな顔をしているだろうか?
と、見当違いの心配をするおっさん。
「ところでソニア。
もしかして私、惚気られちゃってますか?」
「あら、バレちゃったかしら」
「バレバレです」
そうして、ソニアとミーアは互いの顔を見て笑い合った。
『なんだか私、とっても和んでしまいます。
もしかして、世界は平和なのでしょうか?』
眠たそうな声で呟くカティ。
『そうだろ。
幸せな日常の前には、勇者の使命とかどうでもよくなってくるだろ?』
『そうですね――って、イヤイヤ!
それはダメです!
全く、何を言わせるんですかっ!』
ちっ――。
今ならいけるかと思ったが。
やはりカティにとって、勇者の使命を果たすことは重要なことのようだった。
『ほら、カティ。
お前も一つ食ってみろ』
『……私たち妖精は食事を必要としませんよ』
『食べられないわけではないんだろ?』
『……はい。
実は先程から、美味しそうな香りで涎が……』
おっさんの肩のあたりが濡れているが。
どうやらそれは、カティの涎だったようだ。
『なら食ってみろ』
おっさんは周囲の様子を窺いつつ、サンドイッチをちぎって。
カティでも食べやすいサイズにして手渡した。
『もぐもぐもぐもぐ――ごっくん』
カティはしっかりと味わって、飲み込んだ。
『……勇者様』
重々しい声。
『なんだ?』
『とっても美味ーーーーーーですっ!』
妖精カティは歓喜した。
『そうかそうか。
だけど、ソニアの料理が上手いのは当たり前だからな』
『人とは不思議な生物ですね。
サラリナさんのようなゲテモノを創作する方もいれば。
ソニアさんのように、神の如き味わいを表現される方もいる』
この妖精、物凄い評価をするな。
まぁ、自分の妻の料理を良く言われればおっさんとて悪い気はしないけれど。
結局カティは、その小さな身体で、サンドイッチを一つ丸々平らげていた。
のちに妖精界の大食い王と言われる腹ペコ妖精カティ、誕生の瞬間でもあったが。
それはまた別の話である。
そして、気付けばバスケット籠の中は空になっていた。
「さぁ~、食事も終わったことだし。
食後のデザートを食べましょうか!」
「わ~い!
でざ~とぅ!」
リリスお待ちかねのデザートの時間だ。
籠を開くと果物が切られて、綺麗に並べられている。
柑橘類も多く入っており、口をさっぱりさせるのにはピッタリだ。
小さめのフォークをソニアがみんなに渡す。
「うん?
ソニア、俺の分はないのか?」
「ないわ。
必要ないでしょ?
あ~んさせてあげるわ」
「……」
黙るおっさん。
「おとさん、あ~んしてもらうの?」
「ししょう、あ~んしてもらうんですか?」
「アンクルさん、あ~んさせてもらったら?」
娘と弟子と、友人の前なので抵抗があるのだが。
「アンクル、もしかして私にあ~んされるのが嫌なの?」
「いや……」
決してそういうわけではないが。
「夫婦仲の危機よ!
あ~んさせてくれないなら、私拗ねちゃうわよ!
いいの?」
どうやら拒否権はないようだ。
おっさんはソニアと喧嘩など一度もしたことがない。
なぜならそうなる前に、おっさんが絶対に折れてしまうからだ。
尻に敷かれているとも言えるだろう。
「……わかった」
「よろしい!
あ~ん」
観念して、おっさんはあ~んした。
もぐもぐ。
甘くてすっぱくて、美味しい。
「ふふっ。
美味しい?」
「……ああ」
あ~んができたからか、ソニアは満足そうだった。
「おかさん、リリスにも!
リリスにもあ~んして!」
「いいわよ~。
ミーアも、リルムちゃんも、あ~んしましょうか?」
「あ、あたしはだいじょうぶです……」
「ならリルムにはお母さんがあ~んしてあげましょうか?」
「えっ!?
そ、それは……」
リルムは照れているが、満更ではないようだ。
「じゃあねじゃあね!
リリス、みんなでたべさせっこした~い!」
おっさんも、リリスにあ~んしてあげたいなぁと思っていた。
「あら、それいいわね」
娘の提案に賛成するソニア。
「ふふっ、じゃあリルムが私に食べさせてくれるかしら?」
「う、うん……」
こんな調子で、
「おとさん、はい!
あ~んして」
姦しくも楽しいデザートの時間が続くのだった。




