史上最悪の勇者
「おとさん、あさだよぉ」
天使の美声が聞こえた瞬間、おっさんは目を覚ました。
いつの間にか眠っていたらしい。
視線の先には満面の笑みを浮かべる愛しの娘がいる。
「おはよう、リリス」
「おはよございます!」
リリスの元気で可愛らしい挨拶。
おっさんは娘の頭を撫でた。
幸せな朝だ……と、感じていたのだが。
(……ん?)
腹部がモゾモゾした。
何かと思い目を向けると、小さな物体が眠っていた。
「うぅ~ゆうしゃさまぁ~」
うなされながら涎を垂らしているのは、妖精カティだった。
彼女の存在は昨夜の出来事が夢でなかったことを物語っていた。
「おとさん、どうしたのぉ?」
「ん……あ、いや、なんでもないよ。朝ごはんにしようか」
「うん!」
リリスには妖精の姿が見えていないようで、ベッドから飛び起きて部屋を飛び出した。 それから、おっさんは妖精カティを小突いた。
「あうっ!? ふぇ……あれ、ここは?」
寝惚け眼の妖精がきょろきょろと周囲を見回す。
案の定、おっさんの腹部はカティの涎まみれだ。
「あ――勇者様!!」
「カティ……でいいんだったか?」
「は、はい!
いつの間にか眠ってしまいま――はっ!?
せ、聖剣は……あああああ~~~~まだ放置されてるじゃないですかぁっ!!」
朝からうるさい妖精だ。
「おとさ~ん、はや~くぅ!」
「ああ、直ぐに行くよ」
「そうです!
直ぐに!
もう今直ぐ回収してください!!」
お前に言ったわけじゃない。と口元の涎をごしごしする妖精を見ながら、おっさんは思った。
「あんな剣どうでもいいだろ?
それよりも洗濯と朝食が先だ」
「どどどどどどうでもよくありませんよぉ!!
こうしている間にも、魔族がここに攻めてきたらどうするんですか!!」
「知らん」
カティが口にした魔族というのは、この世界で人類共通の悪と認識されている存在だ。
理由は単純。
魔族は魔物を操る力を持ち人を襲う。
理由は不明だが、人と魔族の戦いは大陸の歴史と共に今も続いていた。
まあ要するに、人にとっては面倒な存在なのだ。
しかし、これから娘と楽しい朝のひと時を過ごそうとしているおっさんにとっては、それはどうでもいいことだった。
「知らんって!
知らんって酷いです!」
「そもそも、ここらは魔物なんてめったに出やしない。
だから大丈夫だよ」
妖精の言葉を気にも止めず、おっさんは部屋を出た。
「おとさん、ごはん!」
「ちょっと待っててな。
先にお洗濯しちゃうから」
「じゃあ、おてつだいする!」
なんていい娘なんだ。
おっさんは思わず目頭が熱くなるのを感じた。
完全に親バカだ。
世界親バカ選手権があれば、圧倒的大差で優勝してしまうだろう。
「ぁ――そうです勇者様!
洗濯に行かなくても、聖剣の力があれば一瞬でなんでも綺麗にできますよ!」
「……なんだと?」
カティの言葉に、おっさんは興味を引かれた。
「おとさん……?」
リリスが不思議そうに首を傾げる。
しまった。
カティの存在が認知できないだけで、おっさんの声は娘に聞こえている。
つまり、この場でおっさんがカティと話せば、一人事を言っているのと同じだ。
おっさんは父親として、娘に頭がおかしい人になったと思われるのだけは絶対にイヤだった。
「勇者様。
聖剣を持って、綺麗になれと念じてみてください」
信じてはいない。
が、万一そんなことが出来るのであれば、生活が物凄く楽になる。
剣に触れるだけでいいなら……。
「……リリス、ちょっと家の中で待っててくれるか?
直ぐに戻る」
「すぐぅ?」
「ああ!」
「わかったぁ!」
おっさんは超速で外に出た。
そして庭に突き刺さっていた聖剣の柄を持ち。
(……綺麗になれ!)
念じた。
すると、涎塗れだった服が光に包まれた。
――なんだ!?
そう思った時には、涎塗れの服は新品同様染み一つなくなっていた。
「嘘だろ……」
唖然とするおっさん。
「どうですか!
これが聖剣の力です!」
「便利だな!
いい拾い物をした」
心からそう思った。
「そうでしょうそうでしょう。
だからもっと大切に――って、ちょっとおおおおおお!!」
家に戻ろうとしていたおっさんの背を見て、カティが叫んだ。
しかしおっさんの足は止まらない。
おっさんは娘に、直ぐに戻ると約束した。
用事が終わった以上、早く戻らないといけない。
約束を違えるような父親になれば、娘だって約束を違える子になってしまう。
子供を教育する親である以上、おっさんは行動でそれを示さなければいけないのだ。
「ただいま」
「おかえり~~~!!」
勢いよくダイブしてくるリリスを受けとめる。
「お父さん、直ぐに戻ってきたろ?」
「うん!
おとさん、うそつかないもんね!」
そう、おっさんは嘘は付かない。
それは、娘に嘘を吐くような人間になって欲しくないからだ。
親であるなら、まずは自分が見本を示さなければいけない。
だから、おっさんは嘘は吐かないことに決めているのだ。
少なくとも、人を傷つけるような嘘は絶対に。
「じゃあ、ご飯にしようか」
微笑ましい親子の光景。
それとは別に、
「……こ、今回の勇者様は……史上最悪ですぅ……」
家の庭では、聖剣に寄り添うようにカティが泣き言をもらすのだった。




