妖精、現る。
『勇者様! 起きてください!』
声が聞こえた。
天使のようなリリスの声ではない。
しかし、耳心地のいい綺麗な声だ。
『勇者様! 眠っている場合じゃありません!』
ユウシャ?
誰だそれは?
『聖剣をあんな風に放置するなんて!』
聖剣? なんのことだろうか?
俺はそんなもの持っていないぞ。とおっさんは思った。
『とにかく! 起きて聖剣を家の中に入れてください』
徐々におっさんの意識が覚醒してきた。
(……うん? 夢では……ない?)
『勇者様、お願いですから!!』
この声の主は誰だろうか?
おっさんは目を開いた。
「ん……? ――んっ!?」
「勇者様! やっと起きてくださったんですね」
『小さな少女』が、涙目でおっさんを見ていた。
しかし、おっさんが驚愕した理由は別にある。
目の前にいる少女は飛んでいた。
羽がパタパタしているのだ。
「勇者……って、俺のことか?」
「当たり前ですよ!
勇者様以外に誰が勇者様なんですか!?」
そんなことを俺に聞かれても困る。
「というか、お前なんなんだ?
それと、ちょっと静かにしてくれ。
娘が起きてしまう」
妖精はむふんとドヤ顔になった。
「あ、自己紹介もせずに失礼致しました。
私は聖剣の妖精――カティと言います!
私の声は娘さんには聞こえていませんのでご安心ください」
そして今度はニコッと可愛らしい笑みを浮かべた。
娘に聞こえてないなら安心だ……じゃなくて――。
「聖剣の妖精? って、なに言ってんだお前?」
「そんなこいつ頭大丈夫か?
見たいな目で私を見ないで下さい!」
おっさんは思った。
俺は夢を見ているのだと。
そう自分を納得させ再び眠ろうとすると。
「ゆ、勇者様!! 寝ないでください!
いえ、もう多くは願いません!
せめて寝る前に聖剣を家の中に入れてください」
妖精カティは、おっさんの服を引っ張り必死の懇願をした。
さらに、おっさんのお腹の辺りでジタバタジタバタする。
こんな子供のような仕草を見せている彼女だが、実はこの世界に存在する妖精の中でも、最上級の妖精だった。
しかし、このおっさんにはそんなものは関係なかった。
おっさんにとって大切なのは、娘を除けば本当に極一部の者だけなのだ。
妖精のことなどどうでもいい。というのが彼の正直な気持ちだ。
「勇者様ああああああぁぁぁぁぁ~~~~~!
お願いしますお願いしますお願いします~~~~~~~~~っ!!」
だが、これほど騒がれては寝付くに寝付けない。
興味がないのと自分に被害があるのはまた別だ。
とりあえず話だけは聞くことにした。
「さ、騒ぐな……」
「ぐすん。聖剣、取ってきてくれますか?」
「そもそも俺は聖剣なんて持ってないし、ユウシャでもない」
「外です!
突き刺さってます!
あんなにグサッと!!」
妖精の口から出たキーワードを聞いたおっさんが、ポンと手を叩いた。
「もしかして、庭に突き刺した剣のことを言ってるのか?」
「そうです!
それです!
それなんです!」
必死の顔を見せる妖精カティ。
「あの聖剣を引き抜いたあなた様は、間違いなく勇者様なのです!!」
「あれが聖剣……?」
確かに異常な切れ味だった。
「なんであんなとこに聖剣があるんだ?
俺は天使のように可愛い娘がいる以外には、何も取り得のないただのおっさんだぞ?」
「勇者様がおっさんなのはいいですから、まずは聖剣をご自分のお傍に置いてください!!」
「わかった」
「わかっていただけたんですね!」
「明日の朝やる!」
「そうです早く――ってええええええ!!!!???」
妖精が何を必死になっているのか、おっさんは気になった。
しかし、彼にはここを離れられない理由があった。
娘が彼の手をしっかりと握っているのだ。
そんな娘の小さな手を、おっさんは離すわけにはいかなかった。
「勇者様!
勇者様!!
ゆうしゃさまああああああああ~~~~~!!」
カティの悲痛な叫び声に耐えつつ、おっさんは一夜を過ごすのだった。
妖精登場!