親子の過ごす日常
2月14日 更新4回目。
買い物を済ませておっさんは帰宅した。
「ただいま~」
扉を開くと同時に、突っ込んでくる娘に備える。
だが、娘の姿はない。
「あれ?
娘さん、どうしたんでしょうね?
はっ――勇者様!?
もしかして――魔物が侵入して娘さんをさらったのでは!?」
「おい、不吉なことを言うな!
それに誰かが侵入したならすぐわかるだろ」
部屋の中はそういった痕跡は見当たらない。
「確かに邪悪な気配はないようです。
聖剣の加護もありますから、この辺りに出そうな弱い魔物はここに近寄りすらしないでしょうし……」
「なんでも魔物とかに結び付けて考えるのはやめろっての」
そもそも、娘がおっさんを迎えに来ないことは実は珍しいことではない。
基本的におっさんが帰った時の娘の行動は二パターンだ。
一つは帰宅と同時に、おっさんに全力ダイブ。
もう一つは――。
おっさんは寝室に向かった。
ベッドの上では、すやすやと眠るリリスの姿があった。
「あ、眠っていたんですね」
眠る娘はやはり天使だ。
起こしてしまうのをためらってしまう。
だが、まだ夕食も食べていなければ、お風呂にも入っていない。
歯磨きもさせなくては、虫歯になってしまうかも。
苦渋の決断であったが、おっさんは優しく娘に呼びかけた。
「リリス、ただいま。
お父さん、帰ってきたよ」
「……ぅ~ん……うぅ?」
「起きませんね?」
「リリス~」
呼びかけながら優しく揺する。
「ぅ~……うん?」
娘が目を開いた。
「目が覚めたか?」
「あれぇ……おとさぁん?」
「ああ、お父さんだ。
遅くなってごめんな」
「……――おとさんっ!」
そして目を覚ました娘が、おっさんに飛びついてきた。
「ぐぼぉっ!?」
リリスの全体重をおっさんは腹部で受け止める。
膝を突きそうになったが、なんとか堪えた。
「ただいま~~~~!」
「娘よ、それを言うならお帰りだろ」
「おかえり~~~~~!!」
おっさんを見上げて笑うリリス。
その顔を見て、おっさんも自然と微笑む。
仕事を終えて娘と触れ合う瞬間は、おっさんにとって最も大切な瞬間だった。
当たり前の幸せであり、絶対に守り抜くと決めた幸せだ。
「さて、ご飯にしようか」
「うん!!
おとさん、でしは!?
でしはつれてきたっ!?」
「で、弟子はいないんだが……近いうち会えるぞ」
嘘ではない。
実際、二人を会わせることを考えていた。
娘はもう4歳。
おっさんは、そろそろ読み書きを教えようと思っていた。
そして、リルムにも勉強を教えるという約束をしている。
だから今度の休日に、勉強を教えるついでに二人を会わせようと考えていた。
「え~~!?
でしにあえるのっ!?
リリス、とってもたのしみ~っ!」
うちの娘は可愛いなぁ。
おっさんの顔はだらしなく弛む。
だが、これは仕方のないこと。
父親にとっての娘とは、それだけ可愛いものなのだから。
「弟子はリリスよりお姉さんだけど、きっと仲良くしてくれるぞ」
「へ~、おねえちゃなんだぁ。
リリス、おねえちゃできるんだぁ~!」
「そうだな。
お姉ちゃんが出来るな」
実際、リリスの姉になるわけではないのだが。
それくらい二人が仲良くなってくれると願いたい。
子供同士で触れ合うことも、何かしら学ぶことがあるだろうから。
おっさんはリリスを学校に通わせるつもりなので、その前に人間関係を学んでほしいとも思っていた。
そういう意味でも、二人を会わせることは勉強になるだろう。
「さて、ご飯にしようか」
「あ~い!」
こうして今日も幸せな日常は過ぎていった
※
時間を少し戻して。
場所は貧民街。
「おかあさん、きょうもたべもの、い~っぱいかってきたよ!」
「……リルム、おかえりなさい」
優しい声音で帰ってきたリルムを迎えたのは、彼女の母親だ。
一目で優しい女性だとわかるくらい、柔和な笑みを浮かべている。
その慈愛に満ちた表情は、娘を愛しているからこそだろう。
「あのね、きょうはやさいとくだものも、かってきたよ」
「あら……とっても美味しそうね」
「うん!
おかあさん、からだ、おこせる……?」
「……ええ、大丈夫よ」
リルムは慌てて駆け寄って、母親の身体を支える。
「ごめんなさい……リルム」
少女の母親は、申し訳なさそうに顔を伏せた。
自分が床に伏せてから、リルムには無理をさせてばかりで。
彼女にとってはそれが堪らないのだ。
自分が許せなくなるくらいに。
「どうしてあやまるの?
おかあさん、なにもわるいことしてないよ?」
「……リルム」
ぎゅっ――と、母親はリルムを抱きしめる。
「……どうしたの、おかあさん?」
「なんだか、こうしたくなったの」
リルムの母親は嬉しかったのだ。
自分の娘がこんなに優しい子に育ってくれて。
決して豊かな……いや、貧民街で育つなど最低の環境だろう。
なのに、真っ直ぐに育ってくれている。
それが嬉しくて仕方なかった。
「……えへへっ」
そうしてリルムも、母を抱きしめる。
「あのね、おかあさん。
きょうはね、ししょうが、おひるごはんを食べさせてくれたの!」
「そうなの……。
よかったわね……」
ここ数日、リルムの口から出るようになった名前。
おじさん、師匠、アンクル。
全て同一人物らしい。
少女の母は最初こそリルムが騙されているのではないか。
そう心配していた。
だが、それは杞憂だということは、リルムの顔を見ていればわかった。
少女は師匠を語る時、とても楽しそうだから。
師匠は凄い。
師匠は優しい。
師匠はカッコいい。
尊敬の言葉しか出てきていない。
娘がこれほど強い想いを抱いた者など初めてだったのだから。
だからこそ、
「……母さんも、いつか師匠さんに会ってみたいな」
「ししょうに……?」
リルムの母も、一度でいいからその人と話してみたい。
そう思うようになっていた。
「……ふふっ。
でも、無理はさせられないわよね」
ここは貧民街。
一般人が好んで来るような場所ではないのだから。
「あ、そういえばね。
きょうは、ししょうにおべんきょうをおしえてもらったんだ!」
「勉強?」
「うん!
おかあさん、かみさまって知ってる?」
「……ええ。
詳しくは知らないけれど少しなら……」
「かみさまってね、すごいんだよ!
かみさまにいのるとね、ねがいが、かなうかもしれないんだって!」
ストロボホルンの町にも司祭はいる。
リルムの母親もそれは知っていた。
だが、司祭の願いが天に届くものだとは思っていない。
もしそんな万能の力があるのなら、人はとっくに平等になっている。
貧富の差に苦しむ者など存在するわけがないと思うのだ。
「何か、叶えたい願いがあるの?」
「うん!
おかあさんがね、げんきになりますようにって!」
「リルム……」
「あたしきょうから、まいにちおねがいするね!」
本当に優しい子だ。
そしてだからこそ……不安でもあった。
自分がもし死んでしまったら。
その後は……この子は、強く生きてくれるだろうかと。
命の灯は尽きかけようとしている。
それを一番知っているのは、彼女自身なのだから。
「ありがとう、リルム。
さあ、食事にしましょうか」
「うん!
おかあさん、どれが食べたい?」
こうしてもう一つの母娘の時間が過ぎていった。




