おっさんの処世術
今日中にもう数回更新します。
時間は未定ですが、15時~17時くらいを予定しております。
「じゃあ俺はもう行くからな」
「あ、あの……お、おじさん……!」
「なんだ?
あ、まさか、もっと金をよこせとか言うんじゃないだろうな?」
「そんなこと言わないよ!」
「そうか。
じゃあなんだ?」
「あ、あのね……」
少女は何かを躊躇っていた。
おっさんに言いたいことがあるようだが、遠慮から言い出だせずにいるようだ。
「どうしたんだ?」
「う、ううん!
なんでもない!
おじさん、きょうは、ほんとうにありがとう!」
「おう!
ちゃんとお礼を言えるなんて偉いぞ。
そういう礼儀ってのは、生きていく上で忘れちゃいけないからな」
「……れいぎ?」
「そうだ。
人は一人で生きてるわけじゃない。
俺みたいな樵だって、薪を買い取ってくれる店があるからお金が手に入る。
食べ物を作ってくれる人。
町を守ってくれる人。
服を編んでくれる人。
みんながいるから、今の生活がある。
生きていれば他人との係わり合いってのは絶対必要なことなんだ。
だから生きていく為に、最低限の礼儀ってのは身につけてないといけない」
「さいていげんの……れいぎ……」
35歳おっさんの処世術を、10歳の少女が真面目な顔で聞いていた。
「これ以上話していると、なんだか説教っぽい話になってしまいそうだ。
それじゃ俺は行くからな。
お前も気をつけて帰れよ」
「……うん。
おじさんも気をつけて」
こうして二人は別れた。
おっさんは振り返らない。
もう既に頭の中は、娘にお菓子でも買って帰ろうとか、娘に新しい洋服を着せてあげたいとか、そんなことばかり考えているからだ。
しかし、リルムはおっさんの背中を見えなくなるまで見送った。
そしてリルムは、おっさんの言葉を守り、もう一度おっさんに深く感謝した。
この日、狼人の少女リルムの人生において、なくてはならない恩人になっていたのだった。
※
「勇者様はやっぱり勇者様です!
やっぱり聖剣に選ばれた方だけあって、とても立派です!」
「カティ、さっきからうるさいぞ」
おっさんがリルムを助けたことで、カティは鼻息荒くおっさんを絶賛していた。
買い物をしている間、ずっとこれだ。
いい加減うざいな。と、おっさんは感じていた。
「私は感動したんです!
娘さんのことと樵の仕事にしか興味ないと思っていた勇者様が、あんな立派に一人の少女を救うなんて!
ああ、私は今日、初めて勇者様が勇者様だと思えました」
いままで思ってなかったのか。
口に出すのも面倒だったので、おっさんはその言葉を胸にしまった。
カティの絶賛を聞き流しながら、買い物を終えて町を出た。
「おっと、その前に剣を回収しなくては」
「え……剣を……って」
「町に剣を持ったまま入るわけにはいかないだろ?
外壁の前に突き刺しておいたんだ」
「ああ、そうですよね――って、何やってるんですか勇者様ああああああああああぁっ!!」
おっさんの耳元で、カティは絶叫した。
「いや、流石に剥きだしの剣を持って町に入ったら衛兵にスタアアアアアアップされちゃうだろ?」
「されちゃうだろ?
じゃありません!!
この聖剣は世界に一つしかないんですよ!
もっと大切に扱ってください!!」
「わかったわかった」
家に着くまでずっとカティの説教は続いた。
※
そしておっさんは再び聖剣を庭に突き刺した。
「ちょ!? ゆ、勇者様!
私の言ってること理解してます?
大切に扱ってくださいって言いましたよね?」
「こんな物を家に入れるわけにはいかないだろ?」
「こ、こんなものって!?
聖剣ですよ!
勇者の証ですよ!」
「いや、そういうのどうでもいいんで」
へなへな……と力なくカティは聖剣の前に膝を突いた。
そんなカティを気にもせず、おっさんは家に入った。
「おかえり~~~~~~~!!」
「ただいまリリス」
扉をあけた途端、バタバタと走ってきたリリスがおっさんの胸にダイブ。
可愛らしい娘の行動に、おっさんは胸がいっぱいになった。
なんて可愛い我が娘。
この子の為なら粉骨砕身なんでも頑張れる。
おっさんは、リリスの笑顔を見る度にそんなことを思っていた。
「今日はお菓子を買ってきたんだ」
「おかし~~~!!」
目を輝かせ、きゃっきゃと喜ぶリリス。
「夕飯の後に食べような」
「うん! おとさんありがとぉ!」
やはり自分の娘は天使だ。
そんなことを思ってしまうのは、親なら当然のことだろう。
二人は幸せな団欒を過ごした。
しかし、そんな二人とは別に庭にはどんよりとした妖精が一人。
「うぅ……妖精王様。
今回の勇者様は本当に手ごわいです……」
カティは泣きそうな声で愚痴を零しているのだった。
※
夕飯を食べてから、おっさんは買ってきたお菓子を机に並べた。
「これなに~?」
「これはな、チョコレートっていうんだ」
「ちょこぉ?」
「ああ、とっても甘くて美味しいぞ」
この世界は嗜好品の類いは高級品なのだが、聖剣の恩恵で稼ぎが二倍以上になったおっさんが娘の為に買ってきたのだ。
実はちょっと無理をしたのは内緒だった。
ちなみにこの板チョコ一枚で銅貨30枚。
パンが6斤買える価格と考えると、庶民が手を出していいものではないことがわかる。
「ほら、食べてみな」
「うん!」
板チョコを半分に割ってリリスに渡す。
するとリリスは直ぐにカプッと噛み付いた。
「……!? ふあぁ~」
幸せそうな声をあげ、表情を蕩けさせる娘を見て、おっさんも幸せそうに笑う。
「おとさん、これと~ってもおいしいっ!」
「そうか、ならまた買ってくるな」
「うん! はい、おとさんも食べて」
「いいのか?」
「うん! あ~ん」
娘がチョコをおっさんの口元に運んだ。
なんて優しくて可愛いんだウチの娘は。
もしかしたら女神の生まれ変わりかもしれない。
本気でおっさんはそんなことを思っていた。
「もぐもぐ」
「おいし~い?」
「ああ、甘くて美味しいな」
娘が喜んでくれるなら、これほど嬉しいことはない。
また買ってこよう。
おっさんは娘の笑顔を見ながらそう決めた。
父と娘は寝るまで家族の団欒を過ごすのだった。
ちなみに、精神的に疲れ切った妖精カティは庭で寝ていた。