合コンとお酒
「皆飲み物回った? じゃあ最初に自己紹介からね!」
私、なんでここにいるんだろう。ウーロン茶を片手に、気まずい思いを隠しきれずに小さく息を吐く。周りは盛り上がっているので気付かれないだろう。
大学の講義も終えた午後七時、私は友人に引っ張られるようにして合コンの場に引きずり出されているのであった。友人達にはご飯を食べに行こうとしか聞いておらず、いざお店に着いてみれば殆ど知らない人達に合流し、そしてそのまま流されるようにこの状況となってしまったのだ。
あまり初対面の人間と気軽に付き合うことが出来る人間ではないので普段は断っているのだが、そんな私に業を煮やした彼女達がわざと合コンであることを隠したのだろう。
それはまだ良い。いつも断っているので少しくらい参加するのは別に構わないのだが……問題は相手の男達の中に紛れ込んでいる機械人である。
他の大学生と合流した時に何が一番驚いたって、勿論それは何食わぬ顔で「あ、片桐さん」と隙だらけの笑顔をこちらに向ける鈴木さんが居たことである。私達が知り合いだと知った瞬間の友人達の質問攻めは凄まじいものだった。まあ、鈴木さんイケメンだもんなあ。
聞けば彼も友人に誘われて来たらしい。しかしこの男、果たして合コンの意味を理解しているのだろうか。……してないだろうな。
「S大工学部二年の鈴木太郎です」
気の抜けるオーラを振り撒いて自己紹介をした男に、我が友人達はほう、とため息を漏らしながら鈴木さんを凝視している。私も初対面では思わず見蕩れてしまったものである。
……というか今更なのだが、初めて彼のフルネームを知った。確かに見た目は誰が見ても日本人なので違和感はないのだが、内情を知っている者として聞くと偽名なのかな、と思ってしまう。
そもそも今まで考えてこなかったのだが、どうして彼は別の惑星出身なのにこれほど日本人に近い顔立ちなのだろうか。
「ほら深雪、あんたの番だよ」
うっかり考え込んでしまって他の人の自己紹介を聞きそびれてしまった。注目されているのに気付き、慌てて居住まいを正す。
「片桐、深雪です」
あらかじめこちらは皆A大の文学部二年だと告げてあったので、私は簡潔に名前だけを口にする。正直こういう場でどんなことを言えば良いのか分からない。
特に特別盛り上がる訳でもなく白ける訳でもなく、滞りなく次の人に自己紹介が回ったことにほっとしながら、私は向こう側の人を観察することにした。
人数はこちらと同じ四人で、上の空ながら何となく聞こえた話によると学年や学部はバラバラだと言っていたように思う。端に座っているのは店に入る当初からあれこれと皆に気を配っていた男の人で、恐らく雰囲気から言って年上だ。その隣は乾杯を待っているのかちらちらと飲み物に目をやっている宇宙人。そしてその隣はこの場で一番緊張しているであろう真面目そうな男性で、多分同い年か年下だろう。そして最後は流行に敏感そうな一番お洒落な人である。見事に印象のばらけた組み合わせで、一体どういう知り合いなんだろうと小さく首を傾げてしまう。
一通り自己紹介を終えると乾杯の合図があって、そこからは全体や個々の人達で色々な話題が飛び交うようになる。私はとりあえず当初の目的である食事に専念しようとするのだが、傍から聞こえて来る会話に反応して、つい一々手を止めてしまう。
「へー、一年間だけ日本に来たの? それじゃあ今までどこの国に?」
「ん? あ、そうですねえ……」
「アメリカ、アメリカに居たんですよね、鈴木さん!」
「そ、そうなんです」
友人と鈴木さんの会話に思わず口を挟んでしまう。彼はどうにも嘘が吐けない人のようで、咄嗟の質問にうっかり色々とばらしてしまわないか心配になる。
その後も彼が危うい度にフォローを加えていると「何で深雪が答えてんの?」と友人に首を傾げられてしまった。これ以上首を突っ込むと流石に怪しまれてしまうだろう。……既に何か意味深ににやにやと笑われてしまっているけれども。
まあ鈴木さんも正直なだけで勿論頭が回らない訳ではないのであまり口を出すのも余計なお世話か、と気付き前屈みになっていた姿勢を戻してウーロン茶を飲む。あまり積極的に話に参加せずに聞き役に回りながらちびちび飲んでいたのでいつの間にか残りは少なくなっている。
何か今度は別のものでも飲もうかな、と思っているとそんな私にタイミングよくメニューが差し出される。手を伝って視線を上にやると、そこには先ほど端に座っていたお洒落な男性が「お代わり、いるんじゃないか?」と私を見下ろしていた。
何人か化粧室で席を立っていたり、場所を移動している人達がいたので空いていた私の隣に彼は気にならないくらいの距離を保って腰を下ろす。
お礼を言ってメニューを見ていると横から男がひょいっとメニューを覗き込んで来る。
「深雪ちゃんは酒は飲まないのか?」
いきなりの名前呼びに、思わずひくりと頬が引き攣る。冷静になれ、と言い聞かせながら努めてメニューに意識を集中させることにした。
「まだ誕生日が来ていないので」
「真面目だなあ。君のお友達は皆飲んでるぞ?」
頼むからほっといてくれと思う。友人の中にはまだ二十歳になっていない子もいるが、まあそれは自己責任だと思うので口は出していない。私の場合、一人暮らしなので酔っても何もかも自分で行わなければならないのだ。自分がどの程度お酒に強いかも分かっていないうちから飲んだりはしない。
無難にオレンジジュースを選ぶと、横の男だけではなく他の人達もぽつぽつと注文を追加する。それを頼むのは気配り屋の男性である。「えー、太郎そんな度数高っけーの飲むのか!?」と声が聞こえるが、まあいつもの選択基準なのだろう。
再び食事に戻ろうとした私を、横の男性――何て名前だったっけ。聞き流していたので薄っすらとしか覚えていないのだが……山、が付いていた気がする。山本? 山川? 便宜的に山さんとしよう――とにかく彼がまたもや話しかけてくる。
「深雪ちゃんの誕生日っていつ? 過ぎたら一緒に飲みに行こうか」
軽い人だ。きっと誕生日が来る頃には私のことなど一切覚えていないだろう。
「……12月、24日」
「クリスマスイブじゃん。クリスマス生まれだとやっぱり親からプレゼント一つしか貰えないとかそんな感じ?」
「そう、ですね」
……クリスマスなんて、大嫌いだ。
早く話題を逸らしたくて山さんの会話に適当に相槌を打っていると、傍らからまた友人の声が聞こえて来る。
「鈴木さんってすごいねー、かっこよくて頭もいいなんて!」
「そんなことありませんよ」
「苦手なことなんてあるの?」
「苦手なこと、ですか……実は、私泳げないんです」
「へー、意外」
そういえば以前支えた時は滅茶苦茶重かったし、あの皮膚の下の鉄のような体を考えると浮かないのかもしれない。
私が鈴木さんの方へ視線を向けている事に気が付いた山さんは同じく彼を見て、探るように私に問い掛けて来た。
「あいつが気になる? 知り合いだったんだろ?」
「気になる、というほどでは」
「そうか? てっきり好きなんだと思ったんだけど」
鈴木のやつ顔はいいからさ、と山さんは大きく背もたれに身を預ける。
「あいつ結構変わってるだろ? 学部での成績は良い癖に当たり前のこと知らなかったりするし。でもそういう所が女受けはいいんだよなあ」
「……そうですか」
「興味ない? だったら俺にとっては好都合だけど」
意味ありげにそう言い笑った山さんが僅かに距離を詰めて来る。……どうしよう、合コンなんて初めてで上手い躱し方など分からない。
思わず同じだけ距離を取ると「残念」と肩を竦められた。
早く終わらないだろうかと心の中で念じていると、先ほど注文した飲み物がいくつか運ばれてくる。何だか疲れて、運ばれてきたオレンジジュースを勢いよく呷ると「あ、待て!」と山さんから鋭い制止が掛かったが、時は既に遅かった。
次の瞬間、私の意識は完全に飛んでいた。
ゆらゆら、と体が揺れている。気持ちの良い揺れにそのまま再び意識を沈めてしまいたかったけれど、そんな気持ちとは裏腹に徐々に頭が冴えてくる。
目を開けると、そこはアパートに近いいつもの駅からの帰り道だった。随分と暗く、かなり遅い時間であることが窺える。
「片桐さん、起きました?」
「……す、すす鈴木さん!?」
しかし何より私の視線を奪ったのはすぐ目の前に鈴木さんらしき後頭部が存在したことだった。どうやら私は、彼におんぶされているらしかった。
「すみません、降ります!」
「無理しなくて大丈夫ですよ。あれだけ度数の高いお酒を一気に飲めば体にも負担が掛かったでしょうし」
「お酒?」
そういえば私はどうしてこんな状況になっているのだろうか、と思考を巡らせる。……今の鈴木さんの発言を鑑みると、恐らく私は間違えてオレンジジュースではなく鈴木さんが注文したお酒を飲んでしまったのだろう。色が似ていたので全然気が付かなかった。
「重ね重ね本当にすみません……」
自分のお酒を取られた上に隣人ということが災いして家まで運ぶことになるなんて、彼からしてみたら本当に堪ったものではないだろう。
彼からは見えないが頭を下げると「構いませんよ」と優しい言葉が返って来る。
「あの、本当に大丈夫なので下してもらえませんか? 重いでしょう」
「いえ、片桐さんくらいなら大したことありませんよ? 一応こう見えても人間よりは力があるので」
力士くらいまでならいけそうです、と口にした鈴木さんに、背負ってもらっている手前何も言わなかったがデリカシーがないなあと思った。
大丈夫とは言ってみたものの、実はまだ頭がくらくらするし胃にぐるぐると不快感が残っているので大人しく黙ることにした。今度彼には何かお礼をしよう。
静かに彼に背負われていると、全く揺るがない重心や疲れた様子のない足取りに、やっぱり見た目のままの人じゃないんだよなあと実感する。触れている体は本当に人間のようなのにこの男は正真正銘、機械人なのである。
いつもよりも高い視点からアパートが見えて来てふと、以前の光景が蘇る。
ここで彼のストーカーに襲われたあの時、鈴木さんは普段のほやほやした雰囲気を一切無くし私を庇ってあの女の前に立ち塞がった。その時の背中と今の光景が重なって、いつもは少し頼りなく見える彼も男の人なんだなと何となく思った。
……すぐに我に返り、何を考えているんだ、と自分の思考に突っ込みを入れる。
きっとあれだ、山さんが余計なことを言うからいけないのだ。あの時は深く考えなかったが、あの人が私が鈴木さんのことを好きだと思ったなんて言うから。
「鈴木さん……」
「どうかしました?」
「……いえ、何でもないです」
可笑しな思考も全てお酒と山さんの所為にして、私はどんどん近づいて来るアパートをぼんやりと見つめた。