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番外:新居と未来計画

「深雪さーん」



 この惑星に住み始めて早半年程、ようやくある程度の日常会話が話せるようになってこの生活にも慣れて来た。

 仕事も無事に決まり、今日はといえば仕事を始めてからの最初の休日である。覚えることが山積みで疲れた体をソファーに預けてゆっくり休んでいると、そこへ太郎さんが楽しそうに近づいて来た。その姿は勿論のこと機械人のものであり、そしてかく言う私自身も自分の体を見下ろしてみれば鋼鉄の肌が目に入る。



 この惑星に着いてから最初に行ったのは例の手術である。痛いだろうかと怖かったのだがすぐに麻酔が効き、気が付いたらあっという間に手術は終了していた。

 それからこの体に慣れる為に色々あったのだが、一番大変だったのが以前の倍ほどある体の重量だった。勿論この体を支える程度の筋力は手術時に調整されているらしいが、それでも以前の体を考えればどうにも動き辛くて落ち着かない。



 訓練中にお義母さんの時も大変だったのかと尋ねると「実はすぐに慣れたけど、時々重たくて疲れたーって言ってお父さんにくっついてたわ」と懐かしそうに言われた。ちなみにお義父さんも嘘だと気付いていたらしいがそのままにしていたとのこと。


 本当に仲が良いなあと思っていると、一緒にその話を聞いていた太郎さんはそんなお義母さんに酷く呆れた顔をしながらも「深雪さんも、いつでも寄り掛かってくれていいんですよ」とにこりと微笑まれた。親子だ。




「太郎さん、どうしましたか?」

「ちょっと見て欲しいものがありまして」



 へらっと笑ってそう言った太郎さんはソファーから身を起こした私の隣に腰掛け、片手に持っていた薄い情報端末――パソコンのようなものだ――を起動させた。



「そろそろ新居を探したいなと思っているんです」

「そうですねえ」



 今現在私達が暮らしているのは太郎さんの実家、つまりお義母さんとお義父さんと同居しているのである。しかしこれはあくまで仮住まいの予定で、この体や生活に慣れるまでお義母さん達の厚意で一緒に住まわせてもらっていた。実際この惑星での生活は分からないことだらけ――それこそ日本に来たばかりの太郎さんよりも――だったので大いに助かった。


 お義母さん自体は「いつまでも居ていいのよ!」なんて本気か何か分からないことを言っているがいつまでも甘えてはいられないし、仕事も始めたので時期としてはちょうどいい頃だろう。



「……いい加減、あの二人の惚気に当てられるのは勘弁して欲しいんですよ。まあ今更ではありますけど、一度留学で離れると余計にそう思うようになって」

「お義母さん達、本当に仲が良いですからね」



 以前電話越しでも惚気を散々聞かされたものだが、一緒に暮らしていると言うまでもなくパワーアップしている。私なんかは仲が良くていいな、という感想なのだが、何十年と暮らしてきた太郎さんはもう限界なようで疲れた顔を見せていた。




「私一押しの物件があるんです。ちょっと待って下さいね……」



 太郎さんが起動した端末を素早く操作して画面を切り替えると、突然画面から飛び出すように一つの家の映像が映し出された。ホログラムで、本当に画面の上方に立体的な家が出来上がっており、どの角度からも見ることができる。


 流石にこういう技術は日本とは比べものにならないなあと感心していると、太郎さんは更に端末を操作して屋根を取り払い家の内部を私に示した。

「ここなんですけど、前日本で住んでいたアパートに似ているでしょう? どうですか」

「よく、見つけましたね……」



 得意げにそう言った太郎さんに驚きながら、私は改めてじっくり家を観察する。

 確かに似ている。アパートの外装は多少異なるものの間取りや内装なんてかなりそっくりで、本当によくこんなの見つけて来たなと感心してしまう。が、実際に住むのに適しているかといえば答えは否である。



「流石に二人で住むにはちょっと狭すぎると思いますけど」



 この惑星は日本よりも家や土地が安い。人口密度も随分低い上技術力は高いので向こうと比べれば安価に購入することが出来るので、わざわざこんな二人で暮らすにはぎりぎりの家を選択する必要性もない。


 私がそう言うと、太郎さんは「そういえばそうですね」とあっさり納得して更に端末を操作し始める。瞬時に家のホログラムが消えたかと思えば、またすぐに別の家の映像が映し出された。



「ではこっちはどうですか、先ほどのものよりも少し広い家ですけど」

「また、似てますね……」



 太郎さんが次に見せたのは、先ほどの家を少し大きくしたような家だった。何でそんなにあのアパートに似ている家を選ぶんだ。私は急に一人暮らしをしなくてはいけなくなって慌てて決めた部屋だったので実はそこまで拘りがあった訳ではないのだが、太郎さんはそれほど気に入っていたのだろうか。


 何故か得意げな彼に首を傾げながらどうしてそんなに前のアパートに拘っているのかと尋ねた所、太郎さんは何かを思い出すように目を細めて微笑んだ。



「日本に居た時の生活がとても楽しかったんです。深雪さんと二人で料理をしたり、こたつでのんびりしたり、あの時のような生活がもう一度出来たら、と思って」



 たくさん思い出が詰まっていますから、と彼は懐かしそうに言った。


 そんな風に思っていたなんて考えもしなかったので驚いた。

 ……しかしだからと言って似ているという理由で一生に一度とも言える大きな買い物をするのはどうかと思う。




「……深雪さんは、あまり楽しくありませんでしたか?」



 あまり思わしくない顔で黙り込んでしまった所為か、太郎さんは不安げに眉を下げてそうぽつりと呟いた。勿論そんなはずは無く、私は即座に首を大きく振って大声で否定する。



「まさか、楽しかったに決まってるじゃないですか!」

「ですがあまり気に入っていないようなので」

「……確かにこの物件は個人的にあまり賛成できません」



 せっかくこの惑星に住むのだ。わざわざ日本での生活を再現しようとしなくても、こちらはこちらで新しくスタートを切ってもいいと思う。



「これから新しい家で、また新しい思い出を作って行けばいいじゃないですか」



 私の言葉に太郎さんは一瞬きょとんと目を瞬かせ、それから酷く嬉しそうに表情を緩ませた。そんな顔をされると慣れていてもドキドキするので心臓に悪い。




「そう、ですよね。……それにそのうち子供もできることを考えると一軒家とか、もっと広い家にした方がいいかもしれないですね」

「こっ」



 と思ったらもっと心臓に悪い発言が不意打ちで飛んでくる。いや、一応夫婦なのだから何もおかしなことはないのだけどいきなり過ぎた。思わず固まった私に、太郎さんはさも当然のように話を進めている。



「深雪さんは男の子と女の子、どちらがいいですか? もっと先を考えれば孫だって一緒に住む可能性もありますから、確かに広さは大切ですよね」

「……太郎さん、気が早いですよ」

「楽しい時間なんですからきっとあっという間です。これから家族が沢山増えてにぎやかになるんでしょうね……想像しているだけで楽しくなってきます」

「家族……」



 そっか、家族が。

 今でも十分幸せなのに、これからもっと家族が増えるのか。



「……女の子、かな」



 恋の相談を聞いてみたり、一緒に料理をしてみたり。私がお母さんと出来なかったことを一緒にすることが出来たら。


 未来のことを考えるのが、こんなに楽しくて幸せなことなんて思わなかった。



「……女の子だと、結婚を許せる自信がありません」

「本当に気が早いですね……でも」


 そう思うほど遠くはないかもしれない。









 それから二人であれこれ家についての希望を出し合ったり、途中でお義母さんとお義父さんも加わったりして納得するまで話し合った。意見がまとまるまでかなりの時間が掛かったものの、皆終始楽しそうだった。




「太郎さん」



 話し合いに一段落着いて再び太郎さんと二人になると、私は隣に座る彼に寄り掛かるように身を寄せて肩に頭を置いた。



「何ですか?」

「私、今幸せすぎて死にそうです」


 抑えきれない感情をそのまま言葉に乗せると、そっと体を支えるように手を回される。頭の上で小さく笑い声が聞こえた。



「生きて下さいよ。私と一緒に、生きて下さい。これからもずっと」

「……はい」




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