第1話 ふたりの原点
――共和国歴1989年。
ここは、デストア大陸の西方。魔法文明が栄えたエルミナ共和国。
その西端にひっそりと佇む、小さな農村のミース村。
この村には、光の女神アルテミナを信仰する修道院があり、その一角にシスター・ローレットさんが営む孤児院がある。
ローレットさんは、戦争や災害で家族を失った子どもを引き取り、静かに、丁寧に育ててきた。
この孤児院は、行き場をなくした子どもたちが初めて“帰る場所”を見つける場所だった。
孤児院の二階にある子ども部屋には、闇夜の静けさが満ちていた。
ベッドに寝転がった七歳の少年 ロキ・グレイシア は、揺れる蝋燭の灯に照らされた一冊の絵本を見つめながら、隣に寝転がる少女へ語りかける。
「僕、将来は大賢者ラズウェル様みたいな魔導士になるんだ。」
絵本には、遥か昔、世界を闇に覆った“滅びの災厄”を封印した大賢者ラズウェルの活躍が描かれている。
ページを開くと、そこには、白い長髭をたくわえた賢者が、高く掲げた杖の先から七色の光を放ち、闇に沈む世界を照らしている姿が描かれていた。
ロキはその物語に胸を躍らせていた。
「魔導学院に入って、いろんな魔法を覚えたい。卒業したら、この世界を旅して、いろんな国を見て回るんだ。」
銀髪に透き通る青色の瞳の少女、アミリアは微笑んだ。
「ロキが魔導学院に行くなら私も行く。ロキと一緒に旅に出る。」
ロキは、照れくさそうに返す。
「それならアミリアのことは僕が守ってあげる。」
「約束だよ。嘘ついたら針千本だよ。」
アミリアは満面の笑顔で言い、二人は小指を絡めた。
子どものたわいない約束かもしれないが、二人にとっては、大切な約束だった。
僕の隣にいるのは幼馴染で同い年の女の子、アミリア・カウラ。
アミリアは、もともとこの村とは別の場所に住んでいた。
お父さんは、何年か前に亡くなり、二人きりの家族だったお母さんも去年亡くなった。
それで、この村の孤児院に来たらしい。
一年前、アミリアがこの村の孤児院にやって来た日のことを思い出す。
お母さんを失ったアミリアは泣き崩れ、部屋に閉じこもってしまった。
僕は、同じ境遇のアミリアのことが気になった。
「アミリアちゃん、まだ部屋から出てこないの。みんなも声をかけてあげて」
院長のローレットさんの言葉を聞いて、僕がアミリアの部屋の前に立つと、扉の向こうから小さなすすり泣きが聞こえた。
胸が締めつけられた。拳を握りしめ、震える声で言った。
「僕たち、アミリアのお母さんの代わりにはなれないけど……アミリアも家族だからな。だから泣かないで」
そう告げると、しばらくしてから、ゆっくりと扉が開いた。
泣き腫らした目のアミリアが、不安そうに僕を見上げる。
「私も家族?」
「そうだ。みんな一緒だよ」
その言葉に、アミリアの表情にようやくかすかな笑顔が戻った。
弱々しくて、今にも消えてしまいそうな笑顔だった。
それから少しずつアミリアに笑顔が戻った。
村の外れの小さな丘には、アミリアのお母さんのお墓がひっそりと建っている。
僕は、アミリアと時々、お墓まいりに行っている。
アミリアのお母さんは、優しくて、魔法のおとぎ話をよく聞かせてくれたらしい。
アミリアの髪を飾っている小さな花の"髪飾り"は、“お母さんからもらった宝物"とのことだ。
僕は、妹分のアミリアを守らないといけない、そう思った。
それからというもの、アミリアは僕の後をついて歩き、気づけば、いつも一緒にいるようになった。
村の豊農祭では、広場には色とりどりの布が揺れて、太鼓の音が響いていた。
アミリアは屋台の焼き菓子を両手に抱えて、「ロキ、これおいしいよ!」って笑っていた。
孤児院の礼拝堂の鐘をいたずらで鳴らして、村中の人をびっくりさせたこともあった。
「あなたたちね! 今鳴らしたのは!」
ローレットさんが真っ赤な顔で飛び出してきて、僕たちは全力で逃げた。
アミリアは笑いすぎて転びそうになって、僕が手を引っ張って走った。
森で摘んだ甘酸っぱいレッドベリーを二人でほおばり、そっと願い事を言い合った日もあった。
そんな日々が続いて、気づけば僕とアミリアは、一緒にいるのが当たり前になっていた。




