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魔導書店を受け継ぐことになりました。-不倫した婚約者を婚約破棄したら、10年来のペンフレンドに距離を詰められました-  作者: 月乃宮 夜見


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記憶喪失

 経営が軌道に乗り始めた頃。


「お嬢様、大変です! 裏で人が!」


開店前の朝方、店の裏路地で人が倒れていた。店周りを掃除しようとしたマリーが、見つけてきたようだ。

 フェリシアはマリーとニコラスと共に急いで見にいく。そこには若い男性が、血だらけで倒れていた。


「ともかく、一旦お店に運びましょうか」


店の個室の部分に運び、血や汚れを拭ってやる。そして回復薬を傷口や口元に充て、回復を促した。


「う……ここは?」


「目を覚ましたようね。あなた、名前は言えるかしら? それと、倒れていた理由は?」


目を覚ました男性に、フェリシアは声をかける。


「俺は……ウィリアムと言います。倒れていた理由は、思い出せません」


「他は? 所属とか、家族とか」


「ええと……すみません。よく覚えていなくて……」


「あら、記憶喪失?」


フェリシアは口元に手を充てる。


「あの失血量なら仕方ないかと」


「どうします?」


ニコラスとマリーは、フェリシアを見た。


「彼、相当に腕が立つ者の体つきですよ」


ニコラスがこっそりと教えてくれる。確かに、引き締まったシルエットをしていた。


「なら。とりあえず、手伝い兼護衛として雇うことにしましょうか」


丁度、店の防犯が気になっていたところだ。せっかくなので新たに雇うことにして、契約書に署名(サイン)させる。


 それから少し看病すると、元気になった。


「あの、本当に俺を雇ってくれるんですか?」


「もちろん。何者でも良いから、今は手を借りたいところなのよね。大丈夫よ、強い悪意はないもの」


心配そうなウィリアムに、フェリシアは微笑んだ。


「ありがとうございます!」


感謝するウィリアムは、とても嬉しそうだった。


「(妙に人懐っこい気がするわね……。それと、記憶喪失のフリをしているみたいね)」


(態度がわかりやすいため)そう察する。何か理由がありそうだ。だが、嫌な感じはしないので、そのままにすることにした。


「ともかく。彼を一度、家まで連れて行きましょうか」


「良いんですか?」


「怪我人をお店に置いておくわけにはいかないわ。マリー、ニコラス。彼の事頼んで良いかしら?」


「分かりました」「かしこまりました」


×


 終業時間後、フェリシアは家に戻る。すると、ニコラスが迎えてくれた。ウィリアムの事はマリーに任さているようだ。


「空いている部屋に通しました」


「ええ、それで構わないわ。さて、どうしようかしらね」


フェリシアは口元に手を充てる。


「……彼の動作は、毒蛇(アンギス)の公式組織の動きに似ていますね」


と、ニコラスは小さく告げた。

 毒蛇(アンギス)の公式組織は中立を保ち、雇われの仕事を淡々とこなす組織だという。


「そう。少なくとも、呪猫(フェレス)の者ではないのね。とりあえず、ちゃんとしたお医者様に診せなければ」


 次の日、休みだったので医者を呼ぶことに。

 フェリシアが知っている医者はラファエラだったので、連絡をしてみることに。


 連絡をすれば、すぐに来てくれることになった。


「ふーん。ただの怪我と言えばそう。外傷はもうないみたいだよ。傷の治りが早いみたい」


軽く診察して、ラファエラはそう答えた。彼女から「もう動いても大丈夫だよ」とお墨付きを貰ったので、次の営業日から働いてもらうことになった。


×


「あなたはこっち。飲食店の方を手伝ってくれるかしら」


 正直、魔導書店の方は式神とニコラスで十分に回せている。なので、飲食店の手伝いをさせることにした。


「どちらでも良いですよ、あなたの役に立てるなら」


ウィリアムはにこにこと上機嫌そうだ。


「(……言い方が、少しわざとらしいわね)」


そう思うも、強い悪意は感じなかったのでそのまま放置する。


 ウィリアムは物覚えがよく、手先も器用だった。そのため、ウェイターや料理人の両方が出来そうだ。


「暫くはウェイターをしてちょうだいね。あなたが居れば、厄介なお客さんも黙って帰ってくれるでしょう」


「分かりました」


「ここで出している料理は、呪猫(フェレス)のものがほとんどよ。あなたの口に合うかはわからないけれど……」


試しに、フェリアシアは試作品を、ウィリアムに味見をさせてみる。


「これ、おいしいですね! これならお客さんもたくさん来ますよ!」


結構気に入ってくれたようだ。


 飲食店の客達は、ウィリアムの存在を大して気にしていないようだった。


×


 飲食店がひと段落したところで、フェリシアは魔導書店の方に顔を出す。顔見知りの他にも、新しい魔術師や錬金術師が訪れている様だ。


「集客は上手くいったようね。やはり、良い店でも知るすべがなければ広まらないもの」


 そう答えれば「さすがです、お嬢様」とマリーが感激した様子を見せた。作戦通りに物事が進んでいて、フェリシアは一安心する。


「新しい方が増えましたね。どうしたのです?」


 フロンスが声をかけてきた。


「あら、あなた今日は滞在時間が長いのね」


「ええ、気になってしまったので。それで、新しく飲食店の方で雇い始めた彼は誰ですか?」


「ウィリアムよ。所以(ゆえん)があって、雇うことにしたの。彼、手先は器用だし、人当たりも良いから助かるわ」


「そうですか。……正直、彼でなくても雇えたのでは?」


鋭い指摘に、一瞬詰まりそうになるが耐える。


「いいのよ。丁度良かったのだから。聞きたいことはそれだけ? 今日はお勉強の日でもないのだから、用事が済んだら帰られても良いのよ?」


「……そうですね。今日のあなたは機嫌が良くないらしい。帰らせていただきましょうか」


やや不服そうだったが、フロンスは魔導書店を後にした。それを見届けてから、フェリシアは飲食店の方に戻る。


「先程の男性はどなたですか?」


ウィリアムが声を掛けた。こっちもか、と内心でため息を吐く。


「古くからの魔導書店の常連の方よ。私に魔術や色々を教えて下さるの」


「魔導書店の利用者が? 客の範疇を超えていませんか?」


言われて見れば確かにそうだ。


「前店主のヨハンさんのお墨付きだったから。実際、彼が教えて下さる魔術は面白くてわかりやすいの。だから、ヨハンさんの目は確かよ」


フォローを入れておく。


「そうなんですね……」


どこか不承不承と言った様子で、ウィリアムは引き下がった。


「(……なぜだか、人間関係が複雑になった気がするわ)」


内心で首を傾げるも、フェリシアにはよく分からなかった。

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