第163話 鶴の一声
「あら?」
女将さんが何かに気づいたようにこっちを見る。
「あっ」
アークが女将さんの前で声を出してしまった。
ヤバい……どうしよう!? どうにかして取り繕わないと!!
「えっと、あのぅ、なんだとぅ……!?」
とりあえず、アークの真似をしてみる。
声が違い過ぎる!!
「うふふっ、大丈夫よ。あなたの従魔が喋れるのは前から分かっていたわ」
女将さんが口元に手を当てて小さく笑った。
「そ、そうなんですか?」
「えぇ、私はそういうのは分かるのよ」
女将さんにはすでにバレていたらしい。
恥ずかしさで死にそう!!
えっと、一応お願いしておかないと。
「あの〜、このことは──」
「分かってるわ。それだけ知能の高くてサイズ変更までできる強大な従魔を連れてるなんて目立つし、そっちの子は幻獣でしょ? それに、その子も人じゃないわね? バレたら面倒なことになるのは目に見えてる。喋ったりしないわよ」
「ありがとうございます」
女将さんの返事を聞いて胸を撫で下ろす。
でも、女将さんは本当になんでもお見通しなんだなぁ。本当に何者なのか気になるところだけど、触らぬ神に祟りなし。もうそういう人なんだと思っておこう。
「それよりもご飯を食べましょう? せっかく作ってもらったの冷めてしまうわ」
「そうですね。分かりました」
私たちは席につく。
アークはいまだに放心状態から復帰しないまま、真っ白に固まっている。
相当ショックだったみたいだね。だからこそ、罰として意味があるというもの。
「何があったかは知らないけど、そのくらいにしてあげたらどうかしら?」
でも、見るに見かねた女将さんが提案する。
「今回はかなりひどい失態をしでかしまして……」
とはいえ、なんのお咎めもなしっていうのはアークを調子に乗らせてしまうかもしれないし、できれば避けたい。
「うーん、そうねぇ、ワンちゃん、もう次はしないわよね?」
「う、うむ。もうしないぞ!!」
女将さんに話しかけられたアークは、首をブンブンと縦に振って同意した。
「こう言ってるし、今回だけ。ね?」
女将さんが「ごめんね」とウィンクする。
宿でお世話になっているし、カジノの紹介、ひいてはオーナさんたちとの出逢いまでお世話になったようなもの。
おかみさんにこれ以上気を遣わせるわけにもいかない。はぁ……しょうがないか。
「分かりました。今回は女将さんの顔に免じて許してあげる。次はないからね」
「本当か!! もう二度としないことを誓おう」
ジッと私の返事を待っていたアークは、返事を聞いた途端、表情を明るくした。
「はい、これアークの分」
「この匂い、さっきからたまらなかったのだ」
目の前に置かれた料理にアークの涎がとめどなく溢れ出てくる。
すぐに食べないとヤバい。
『いただきます』
私たちはようやく夕食を食べ始めた。
最初は豚汁を入れた器を手に持つ。味噌と肉と野菜の風味が交じり合って懐かしさを感じさせる匂いが鼻腔を擽る。
ズズズズッと汁を啜った。
口いっぱいに広がる素朴な味わい。あぁ~、これこれ、これだよ、これぞ、日本食って感じ。ご飯と同じように懐かしい味が私の心を満たしていく。
ほとんど食べたことはないけど、ごくまれに食べたお母さんの料理には、必ずみそ汁がついていた。
だから、みそ汁は前世でも一番記憶に残っている母の味だ。
私が作った豚汁はYoTTubeで見たレシピ通りだから、全然味が違う。もう二度と母の味噌汁が食べられないのが少し寂しい。
「人間、お前は良い奴だな!! 新しい料理にありつけぬところであったわ!!」
私が感傷に浸っていると、アークが口から食べかすを飛ばしながら豪快に笑う。
「ちょっとアーク、失礼でしょ!!」
「うふふっ、構わないわ」
「はぁ、すみません……」
アークを窘めると、女将さんが優しい笑みを浮かべた。
女将さん、謎が多くて、影響力があって、魔法道具を作れて、その上優しいなんて完璧超人過ぎる。
こんなに女神にも等しい人が、この世に存在してもいいのだろうか。
「いいえ、気にしないで。それよりもこの料理、本当に美味しいわ。今日は作ってくれてありがとう」
「いえいえ、口に合ったようで何よりです」
はぁ、良かった……。
私は女将さんが美味しそうに食べてくれてホッと胸を撫でおろした。
普段食べさせていない相手に料理を食べてもらうのは緊張するからしょうがない。
続けてサバの味噌煮を食べる。
甘じょっぱい味噌のタレがしっかりとサバに絡み、サバの淡白な味と混ざってちょうどいいバランスに仕上がっていた。
思わずご飯をかき込んでしまう。
ご飯と一緒に食べることでお互いの味が引き出され、美味さが加速する。箸が止まらない。
「ボア肉と野菜の炒め物も凄く美味しいわね」
「はい、我ながらうまくできたと思います」
味噌ダレで作った回鍋肉の評判もいい。
サバの味噌煮と回鍋肉のせいで、飯滅の刃、無限咀嚼編が開始。
皆無言でご飯を食べていた。
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