第164話 裸の付き合い
「ごちそうさま。本当に美味しかったわ」
食事を終え、女将さんがニッコリと笑ってお礼を言ってくれる。
やっぱり誰かに感謝されるのは嬉しい。心が温かくなる。
あっ、そうだ。
「いえいえ、お粗末様でした。もしよければ、レシピもお教えしますが」
女将さんにはお世話になってばかり。
何かお礼ができないかと思っていたけど、レシピならちょうどいい。
女将さんも気に入ってくれたみたいだし、ここに泊まりにくるお客さんに出す料理のレパートリーが増えるのは悪いことじゃないはず。
「いいのかしら? 私も食べたことのない料理ばかりだったのだけど」
この世界ではレシピはかなり価値の高いもの。女将さんが言いたいことも分かる。
だけど、女将さんにはそれでも足りないくらいの恩がある。何も問題ない
「はい。美味しい料理はたくさんの人に食べてほしいので、ぜひ広めてください」
「ふふっ、あなたって面白い子ね。普通ならレシピを隠すものでしょうに。なんとなく、これだけ面白い仲間たちが集まってくるのも分かる気がするわ」
「そうですか? ありがとうございます」
ちょっと呆れられているような気がしないでもないけど、良しとしよう。
「後片付けはうちの道具たちがやっておくから大丈夫よ」
「分かりました」
食事を終えた私たちは、今日も地下の鍾乳洞温泉を堪能する。
疲れていないはずなのに、疲れが温泉に溶けだしているような気がするのは不思議な感覚。いつまでも入っていたい気分になる。
「失礼するわね」
ぼんやりと浸かっていると、女将さんの声が聞こえてきた。
「あれ、女将さんもここを使っているんですか?」
「えぇ。お客さんなんてほとんど来ないから」
「そうなんで――」
女将さんを視界に入れた瞬間、言葉を失った。
服を着ている時とはまた雰囲気が違う。濡れ羽色の髪を下ろし、その豊満の体を惜しげもなく晒していた。
なんていったらいいんだろう? サキュバス? もう全身から色香が溢れ出しているんだよね。エリアやカリヤさんみたいに大きな果実を二つぶら下げている。
男の人が見たら、一瞬で虜にされそう。
「お邪魔だったかしら?」
「い、いえ、そんなことありませんよ」
まさか女将さんの体に見惚れていました、なんて言えない。
「それじゃあ、ご一緒させてもらうわね」
「私に断る必要なんてないですよ。女将さんはここの主ですからね」
「ふふっ、それもそうかしら?」
女将さんが掛け湯をして、温泉に足から入る。
その仕草一つ一つが大人の色香を感じさせた。私も成長したら、あんな風な色香を出せるようになるんだろうか。
別に出したいわけじゃないけど、少し憧れてしまった。
「お風呂と言ったら、やっぱりこれよね」
女将さんがパチンと指を鳴らすと、生きた道具によって木桶に入った徳利とお猪口が運ばれてくる。
コミカルな動きが可愛らしい。
いや、そんなことよりも――
「そ、それってもしかして日本酒ですか?」
私は女将さんに詰め寄る。
徳利とお猪口といえば、それしかない。
「え? 日本酒? い、いえ、清酒よ?」
「清酒!!」
そっか、日本酒は日本があるからそう呼ばれるのであって、本来は清酒か。
お米があるから日本酒もあると思っていたけど、今まで見つけられなかった。料理酒を白ワインなどで代用して来たけど、そんな日とはもうおさらばだ。
「えっと……飲みたいの?」
ジッと見ていたせいで勘違いさせてしまった。
「いえ、料理に使えるので!!」
「ああ、そういうことね」
「もし、できたら買えるところを教えてもらえないでしょうか」
「構わないわ」
「ありがとうございます!!」
これでまた一つ新しい食材のある場所を突き止めた。
「それはそれとして、一緒に飲まない?」
「いえ、お酒は……」
私はまだ未成年。お酒を飲む年じゃない。
「嫌いだった?」
「いえ、まだお酒を飲める歳じゃなくて……」
「え、あなた何歳なの?」
「多分十六です」
「何言ってるの? もう飲める歳じゃない」
女将さんが呆れるように言った。
「え、あれ、あっ、そっか。それもそうですね」
そういえば、こっちの世界の成人は十五歳。前世の記憶のせいで勘違いしてしまった。
「どう? せっかくだから月見酒としゃれこもうじゃない」
「月見酒? ここは屋内ですけど……」
「これで問題ないわ」
女将さんが指を鳴らした瞬間、景色ががらりと変わる。
温泉の外には、崖上から見下ろしたような良い眺めが広がっていた。
転移? 幻覚?
よくわからないけど、一瞬にして周りの風景が変わった。
本当に女将さんはなんでもありだね。
女将さんが湯船に浸かってお猪口を持つ。
「おつぎします」
「あらっ、ありがとう」
自分でつがせるのもなんだったので、私がお猪口にお酒を注いだ。
「ほらっ、一緒に乾杯しましょう」
「本当にいいんですか?」
やっぱり前世の倫理観が邪魔をする。
「いいのよ、ほらっ、持って持って」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」
女将さんに促されてお猪口を持った。今度は女将さんが私にお酒をついでくれた。
「それじゃあ、この出会いに――」
「この出会いに――」
『乾杯』
――チンッ
辺りに小気味いい音が響いた。
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