僕の近くて遠い隣人(前篇)
トウは、ペンライトのような形状をした青い機械のスイッチを押した。
光が放たれる。トラックに踏み潰されて破裂したサッカーボールが、みるみるうちに新品同様の形状になる。
カナタの顔がぱっと明るくなる。
「すげー! トウありがとな!」
「礼を言われるほどのことではない」
トウは顔に表情を浮かべずに言った。頭上から伸びた水色のツノのようなものが、ぴょこぴょこと動いていた。
トウ――天堂灯は宇宙人である。半年ほど前にカナタの日常に出現した。
出現といっても、SF映画のように巨大なUFOに乗って空から舞い降りたわけではない。ある日いきなり、札幌市立北斗小学校4年2組の生徒としていたことになっていた。
宇宙人の侵入に気がついたのはカナタだけであった。カナタが突然として現れたツノの生えた謎の人物に訝しんでいる横で、他のクラスメイトは昔からの知り合いであるかのように接していた。当然、トウが宇宙人であるとは誰も思いもしていない。頭上から生えたツノも、カナタ以外には見えていないようだ。
「宇宙人の道具すげえなあ」
「宇宙人ではない。何度も言うが『縺。縺阪e縺』人だ」
「だからそれ聞き取れないんだって……れんっれんはねれん? みたいなの」
「『縺。縺阪e縺』だ」
「だから聞き取れないんだって……」
トウは表情を変えずに淡々と受け答えする。
カナタの視点からだと、トウは常に無表情で何を考えているかわからないのだが、他の人間の視点だと、表情豊かで無邪気な小学生に見えているらしい。何か道具を使っているのだろうがそれについて聞いたことはない。
カナタはインサイドキックでトウにボールを送る。トウはボールをぴたりと止め、正確にカナタに蹴り返してくる。「一度覚えたことを正確無比に再現する」ということに関しては、宇宙人はかなり優れている。
カナタはボールを高く上げる。Awazon超お急ぎ便の箱が出現する。トウが高いボールに足を合わせようとして、バランスを崩す。爆撃のような音が轟く。トウは真横に倒れていた。
「トウ、大丈夫か!?」
「生命活動の維持に支障をきたすほどのダメージは負っていない」
「……よく1回の転倒でそこまでボロボロになれるな」
「私は、いつでも最大限の結果が出るように行動している」
「答えになっているような、なっていないような……」
衣服が、ビリビリに破けていた。カナタは思わず眼を背ける。トウはペンライト型の道具の光を当てる。ボロボロになった衣服は数秒で元に戻る。
「本当に便利だなあ、それ」
「『修復光線銃』は『縺。縺阪e縺』では何の驚きもない技術だ」
カナタは、トウの膝が赤く滲んでいることに気がつく。
「いっつも思うんだけど傷も治ったら良いのにな」
「修復光線銃は非生物にのみ対応している」
「ちょっとこっち来て」
カナタはトウに水道の近くまで来るように促すと、傷口を水で洗う。
Awazon超お急ぎ便の箱を開け、絆創膏を取り出す。布を少しめくり、トウの膝の血が滲んでいる箇所に貼る。
トウの体は、本人曰く天堂夫妻のDNAを素に作った「即席の地球人っぽいボディ」らしいが、カナタには地球人との見分けがつかなかった。
「カナタ、Awazon超お急ぎ便は素晴らしい技術だな」
「いっつも言ってるな」
「『縺。縺阪e縺』の科学力でも説明がつかないぞ」
「修復光線銃なんか作れるなら簡単に真似できそうだけど」
「いや、むしろ修復光線銃すら作れない地球人が、こんな高度な技術を構築出来たことが不思議でならない。『未来を正確に予測する』『物を空間移動させる』、この2つの技術のどちらもが、『縺。縺阪e縺』では実現出来ていない」
「へえ、トウの星でも出来ないことがあるんだな」
「だから私はあの技術を盗むために地球で行動している」
盗むという言葉にカナタはどきりとする。
トウの表情からは何も読み取れない。
この宇宙人が地球に来た目的は、今初めて聞いた。
カナタはずっと疑問であった。どうしてトウがやたらとカナタに懐くのか。
Awazon超お急ぎ便の秘密を探るためと理由をつければ納得出来る気がした。クラスでAwazon Primeの会員に入っているのはカナタだけである。
遠くからエンジンの音が聞こえた。トラックの姿が見えた。いつもはあまり通らない時間帯だ。カナタはトウの手を引いて脇に避ける。
「……あれ?」
トラックはスピードを落とさない。むしろ加速していた。そのままこちらに向かっていた。運転手が、ハンドルにもたれていた。カナタがそれに気がついたときは、もうトラックは避けられない位置にいた。
「トウ、危ない!」
カナタは咄嗟にトウを突き飛ばそうとした。手を伸ばす。そこにトウはいない。トウは一歩前に出て赤い懐中電灯型の機械を構えていた。
「トウ! 逃げろ!」
トウはスイッチを押す。光線が、トラックに当たる。光が炸裂する。トラックは一瞬で粉々になった。
運転手が、慣性で飛んできてトウと激突する。トウはそのまま真後ろに倒れる。
「トウ!? 大丈夫か!?」
「生命活動の維持に支障をきたすほどのダメージは負っていない」
「いや、あの速さの人間と直撃して……」
「『縺。縺阪e縺』人は地球人に比べると頑強だ。心配は要らない。むしろその地球人をどうにかするべきでは?」
「た、確かに! 運転手さーん! 大丈夫ですかー?」
カナタは運転手の耳に口を近づける。運転手は、むにゃむにゃと口を動かすとゆっくりと瞼を開ける。
「……あれ? ここはどこ?」
カナタとトウは顔を見合わせる。
「どうやら寝ていただけのようだ。外傷はほとんど無い、骨や内臓にもダメージは無いようだ」
「……まあ、無事なら良かった」
トウは、粉末になったトラックに光線を当てる。するとすぐにトラックに戻った。
それを目の当たりにした運転手はあんぐりと口を開けた。
「……おおおおおおい!? どういうこと!?」
トウはすかさず拳銃型の緑色の機械の引金を引く。運転手はすぐに気を失う。
カナタは苦笑いを浮かべる。トウが、地球の日常に潜り込むために使った『記憶改竄光線』だ。本の中身を書き換えるように、記憶を書き換える装置である。何故かカナタには効果が無かったのだが。
トウは運転手をトラックの中に運ぶと、また記憶改竄光線を放つ。トラックは、何事もなかったかのように、どこかに向かって走って行った。カナタとトウは、見えなくなるで見送った。
「よし、カナタ。次は何をして遊ぼうか」
カナタは最近になって、この宇宙人の機嫌の見分け方がわかってきた。上機嫌になると、わずかばかり頭上のツノの動きが活発になるのだ。
「そうだなあ」
カナタが腕を組む。それと同時にAwazon超お急ぎ便の箱が出現する。
カナタが動く前にトウが勝手に開封する。中には虫かごが入っていた。LEDで光る仕組が搭載されているものだ。
「虫取りか。なかなか良いサンプルが取れそうだ」
「その見た目で昆虫好きなんだ……」
トウの頭上で、水色のツノがせわしなく動いていた。
宇宙人って案外子供っぽいなとカナタは思った。




