ロケットランチャー・マリッジ
永い、沈黙が続いた。
徹の掌が、汗で湿っていた。真里の父が、腕を組んで透を凝視していた。
徹のこめかみに汗が浮かび、頬を伝って、畳に落ちる。庭で、鹿威が鳴った。
真里さんと結婚させてください。
そう言わないと話が始まらない。そして、終わらない。頭では、わかっていた。しかし、口が動かない。
実家は花屋だと、真里が言っていた。花屋。心の中で反芻する。
目の前にいる男は、腕が丸太のように太かった。隆起した胸筋は、タンクトップを突き破らんばかりに主張している。おまけに、スキンヘッドだ。花屋というより、プロレスラーとか殺し屋とか説明された方が、よほど合点がいく。
顔面が、汗でずぶ濡れになっていた。もはや滝だ。時間が、徒に過ぎていく。徹は息を吸い込む。
「お父さん」
「僕は、君の父ではない」
全身の血が、凍った。
「やだもう、あなたったら、こんなときに冗談なんて」
真里の母は微笑んでいた。真里も、声を上げて笑っていた。徹の汗は、とめどなく噴き出ていた。いったい、今の何が冗談だったのだろうか。
Awazon超お急ぎ便。3箱出現した。徹、真里に、真里の父の傍らに、それぞれ置いてあった。
さっきから、心臓がうるさい。ざらざらした血が全身を駆け巡る。
「君から、開けたまえ」
「は、はいっ!」
真里の父が、手を前に出して促した。徹は慌てて箱に手をかける。手が汗にまみれて、なかなか開けなかった。
中には西洋式の甲冑が入ってた。いわゆる、フルプレートアーマーだ。急いで、身を包む。頭のてっぺんから、足の先まで、鋼鉄の板に覆われた。重い。あまりにも重たかった。腕を満足に動かすことさえ叶わなかった。だが、防御という観点だけなら、これほど頼りになるものもない。重量が、徹に力を与えた。今なら、言える。
「お父さん!」
徹は叫んだ。真里の父の眉が、ぴくりと動いた。
「真里さんと結婚させてください!」
真里が、口に手を当てた。真里の母が、動作だけの拍手をしていた。真里の父は、腕を組んだまま、まんじりともしなかった。
静寂。徹の荒い息だけが、聞こえていた。
「真里、箱を開けなさい」
真里の父は、短く言った。真里は、Awazon超お急ぎ便の箱を、丁寧に開けた。
伏目がちに、真里は笑った。箱の中には、乳児用の衣服が入っていた。
「えへへ……実は妊娠3ヶ月なんです」
「えええー!」
聞いていなかった。自分が父親になる。それ自体は喜ばしいことであるが——
「そうか」
真里の父は、ゆっくりと立ち上がった。徹は生唾を飲み込んだ。大きい。190cmはあるだろうか。顔から、感情が消えていた。
「それは、結婚を認めざるを得ないな」
真里の父は、Awazon超お急ぎ便の箱から、ボクシンググローブを取り出した。鮮血のような赤が、目に痛かった。
「婚前交渉とは、感心しないがな」
真里の父はグローブを装着し、ファイティングポーズをとった。動作に、淀みがない。徹の全身が強張る。甲冑の中は、滝のように汗が流れていた。真里の父は、口の端を歪めるように笑った。
「娘を、よろしく頼む」
「幸せにしまぁぁぁぁぁす!」
強烈な右ストレートが、徹の胸に激突した。
徹は、ガラスを突き破り、庭まで飛んでいった。




