破日炎様へ捧げる供物(後編)
篝火が、取り囲むように円状に置かれていた。
花枝と光臣は、その中心にいた。
炎は、荒々しく燃え盛っている。火の粉が舞う。風が強く吹いていた。朱色の炎は煌々と照りつける。光臣の額から汗が落ちる。
花枝は、まだ目を覚ましていなかった。苦しそうな顔でうなされていた。
光臣は花枝の体を揺する。
「花枝さん、起きてください」
「ん……ミッチー? ここどこ……?」
「それが……」
花枝は周囲に視線をやると、一気に目を覚ました。
動物の面をかぶった人間が、2人の周囲にいた。ざっと30人はいる。
「ひいっ!」
花枝の口から悲鳴が漏れる。無意識に、光臣の肩を掴んでいた。
花枝はまだ、事態が飲み込めていなかった。
大学の天文学サークル5人で、帯広まで旅行をしていた。
その道中で車にトラブルが発生して動かなくなり、止まった場所にたまたまいた村の住人に助けを求めた。
村人は快く協力を申し出てくれた。ロードサービスを手配してくれて、修理が終わるまでの間、村民会館の一室を貸してくれることになった。
花枝のこめかみがずきずきと痛む。村民会館で茶を振る舞われた。それを飲んでからの記憶が曖昧であった。
花枝は改めて周囲を注視する。取り囲んでいるものの面は様々であった。鼠や牛、虎や兎や龍などがいた。表情は見えないが、全員がこちらを強い眼差しで見ているのはわかった。押しつぶされそうになるほどの圧力を感じていた。
犬の面をかぶった、背の低い者が前に出てきた。
"犬"は、周囲に目配せをするような動きをすると、右手を高く掲げる。
「これより、祝祭を執り行う」
低い、男の声であった。
聞き覚えのある声であった。光臣は、花枝を遮るように前に出る。
「あなた、村長さんですよね? どうしてこんなことするんですか?」
「我々は破日炎様に生贄を捧げなければならない」
「イケニエって昭和かよ!」
花枝は立ち上がり声を上げる。
「そんなの従うわけないじゃん!」
"犬"の体がわずかに揺れる。
「それに他のみんなはどこやったんだよ! リリとナカジとコズさんはどうしたんだよ!」
「そいつらは……先に行ってもらった」
花枝と光臣は絶句する。花枝の目にじわりと涙が浮かぶ。
「お前ら……っ!」
花枝は歯噛みする。村人たちは少しずつ包囲の円を狭めるように近づいてくる。Awazon超お急ぎ便の箱が出現する。村人が四方から飛びかかってくる。
光臣は箱を蹴り開ける。
「ミッチー!」
風が疾った。
村人たちの動きが止まる。体が、ぐらりと揺れる。そのまま、四方に倒れた。
「え……?」
花枝は絶句した。何が起きたのか、まったく見えなかった。
「花枝さん、大丈夫ですか?」
「え、ウチは大丈夫だけど……」
光臣はその手には木刀を持っていた。それを使って村人たちを倒したらしい。花枝には、見えなかった。
"猪"と"鹿"が向かってくる。が、すぐに止まる。光臣が切っ先を向けていた。"猪"と"鹿"はそのまま動けなくなる。光臣は正眼に構えていた。寸分の隙も無い。
固着する。誰も、向かってこなかった。多勢ではあるが、誰一人として飛びかかってこなかった。
村人たちはざわめきだす。
「……ひょっとして、こいつ強くね?」
「ヒョロガリのオタクなのに……」
「話が違うよ」
「簡単な仕事って言われてたのに」
村人たちの戦意は完全に萎んでいた。
光臣は花枝の手を握る。とても柔らかく、きめ細やかな手だ。光臣は手のひらに熱を帯びるのを感じる。
「い、行きましょう」
「……うん」
光臣と花枝は篝火の囲いから出ていく。村人たちは2人を視線だけで追ったが、襲ってはこなかった。
2人は走り去っていく。誰も追いかけてこなかった。
「ミッチー強いね。剣道とかやってたんだ?」
「剣道じゃなくて古武術なんですが……まあいいか。始めたのは半年前くらいです」
「半年!? それなのにあんなに強いんだ」
「努力はしました」
「なんでコブジュツなんか始めたの?」
「大切なものを守れるようになりたくて」
「大切なもの?」
光臣は花枝の方を向いた。目線が、交わる。光臣の顔が紅潮していた。花枝は、自分の耳が赤くなる音を聞いた。
「み、みんな無事かな」
「……無事ですよ、きっと。部長がそう簡単にやられるわけないじゃないですか」
「だ、だよね! そうだよね! ウチもそう思う!」
2人は手を繋いだまま走った。とうきび畑を横切ると両脇が森になっている道路に出た。ちょうど村の地図が掲示されていた。もう少し行けば、車を停めてある村民会館に出るはずだ。
不意に、2つの影が前に立ち塞がった。狐の面をかぶった背の低い人間と、馬の面をかぶった背の高い人間だ。2人ともゆったりとした袈裟のような服を着ており、体格から性別や年齢は判断出来ない。
光臣は花枝の前に立つ。
「……そこを退け!」
腹の底に響くような声だ。"狐"と"馬"はたじろぐ。しかし、道を開けることはしなかった。
2人の足下にAwazon超お急ぎ便の箱が出現する。同時に箱を蹴り上げる。
"狐"は鎖鎌を、"馬"は斧槍を取り出す。
2人は光臣の両斜に位置どる。
分銅が、飛んできた。光臣は木刀で軌道を逸らす。斧槍。頭上にあった。"馬"が、飛び込んでいた。突風が吹く。鈍い音がする。斧槍の穂先が地面に落ちていた。
光臣が木刀で薙いでいた。"馬"は怯む。折れたのは金属製の柄である。
光臣は踏み込む。拳を"馬"のみぞおちに当てる。くぐもった声がした。"馬"は膝から崩れる。うずくまり、動かなくなる。
宙空を鈍い光が走った。分銅。花枝に向かっていた。
「……えっ」
”狐”は声が出ていた。高くて細い声だ。光臣が、素手で分銅を掴んでいた。直撃したら、岩ですら簡単に粉砕する分銅である。”狐”の体が前に引っ張られる。光臣が強引に手繰っていた。
”狐”は、引っ張られながら鎌を上段に構える。勢いを利用して斬りつける。木刀。交差していた。狐は鎌を落とす。右手が、強かに打たれていた。
「花枝さんに手を出すな」
冷たい声が、狐を貫いた。狐はその場にへたり込む。
「花枝さん、行こう」
「……うん」
光臣は花枝の手を引いて走り出す。
"狐"と"馬"は、追いかけてこなかった。
しばらく走ると村民会館が見えてきた。車が遮るように出てきた。道中乗ってきた車だ。
「花枝、ミッチー、乗って!」
「コズさん!」
梢が、運転席から顔を出していた。
光臣と花枝はすぐに乗り込む。
「リリ! ナカジも! 無事だったんだね!」
花枝の顔に笑顔が咲く。理々と中島も乗っていた。
「花枝さんが無事で本当に良かったです」
理々は抑揚の無い声で言った。光臣の耳がぴくりと動く。Awazon超お急ぎ便の箱が出現する。
「あの、理々さん――」
「あー! リリ、手が赤くなってるじゃん! どうしたのこれ!」
「あ、いや……その……」
「こ、転んだんすよ! 村の連中に追っかけられたときに! なあ理々!」
理々は黙って頷いた。中島の声がいつもより大きいと光臣は思ったが、気にしないことにした。
「とりあえず応急処置しないと」
花枝はAwazon超お急ぎ便の箱を開けると、氷嚢と塗り薬が入っていた。花枝は、手際よく理々の右手の甲に薬を塗布すると、氷嚢を当てる。
「しばらく当ててなよ。たぶん折れてないとは思うけど、痛みが酷くなるようだったらすぐに言いなよ」
理々の手に水滴が落ちる。花枝は顔を上げる。理々の目から、涙がこぼれていた。
「ちょ、リリ!? 大丈夫!? 痛かった!?」
「違うんです花枝さん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「え、え? ちょっとどしたの? ウチが何かした?」
「違うんです……違うんです……」
理々の涙は止まらなかった。花枝はずっと戸惑ったままだ。
「飛ばすよ! シートベルトちゃんとしろよ!」
梢は、アクセルを思い切り踏み込んだ。
車は東に向かって唸りを上げて加速する。
"犬"――村長は、面を外して車が地平に消え去るのを見ていた。
その後ろに村人たちも並んでいた。
「村長、今年は良い供物を捧げられましたね」
「うむ。破日炎様も喜んでおることだろう」
村長は目を細めて頷いた。口元に、うっすらと笑みが浮かんでいた。
年に一度、破日炎様に恋愛の成就する場面を捧げる。
それがこの村の「祝祭」であった。




