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第四話「ないしょの手紙」28

 ヒカリは捜査一課で、課長のデスクの脇に椅子を持ってきて、工藤巡査がいれてくれたお茶を飲んでいる。

 課長に尋ねているのは、島田巡査長の異動の経緯だ。欠員があるわけでもない捜査一課になぜ加わったのだろうか。

「警視庁の本間刑事部長の直接の人事なのですよ」

 それ以上の事情はわからないらしい。課長も、打診なしでいきなりの異動受け入れとなり、戸惑っているのだ。

「刑事部長さんからですか」

 ヒカリはそれが形の上だとわかっている。刑事部長なら定員のことはもちろん理解しているはず。誰かに頼まれて島田巡査長を送りこんだのだろう。

 工藤巡査からなんらかの危惧を伝えられてのことだとしたら、依頼主は富樫総務部長ということになる。ヒカリが探りを入れたことで、警戒したのかもしれないし、工藤巡査に尾行をつけたことが感づかれた可能性もある。

 考えるべきは、島田巡査長が命を受けてきているのかだ。本人が強行犯の係を希望しての異動という表向きだが、そのとおりなのかは五分五分とみるヒカリだ。

 異動の目的は知らされず、そのときがきてはじめて命令を受けさせるやりかたもある。異動の希望を利用されているのかもしれないのだ。

 それを探れる流れに持っていきたい。



 およそ二十分ほどして、吉川巡査部長と、その指導で調書を作成した島田巡査長が、捜査一課の部屋に戻ってきた。

「大原のやつ、泣きながら供述しましたよ。罪を厳しく問い詰めておいて、親のありがたみと優しさや愛情を説くとは、相変わらずの策士ですね」

 吉川巡査部長はバックヤードでヒカリの落としぶりを聞いていたのだ。

「ご希望どおり、泣き落としでいきましたよ」

「やつは保身ばかり口にして、都合のわるいことは黙秘。まったく腹のたつ男でしたが、さすが落としのヒカリさんです」

「いやですねえ。落としのなんとかなんて人は、捜査一課の中から出してくださいな」

 ここはチクリと刺しておきたいヒカリだ。

「これは耳が痛い」

 聞いていた課長が耳をふさいでおどけると、みなが軽く笑い声をたてる。和やかな雰囲気だが、工藤巡査、おそらく島田巡査長も、ヒカリが両親と圭吾の殺害事件を追うには敵となる人物だ。

 これから吉川巡査部長に圭吾の公安時代の担当案件を探ってもらう依頼をする。ヒカリは吉川巡査部長を囮として動かすつもりなのである。

 近いうちに、公安の横溝捜査官からなんとしても圭吾の担当案件の情報を渡してもらい、押野勇気と塚原望、そして自分が動く。吉川巡査部長には、自分たちから目を逸らさせる役を果たしてもらうのだ。

 工藤巡査がここにいる今、主人の件で動いてもらうと聞こえるように言ったのも、そのための細工のひとつなのである。


 ヒカリは大原容疑者の件で不明な点を、ふたりに問いただしておく。疑問点をつぶして、今夜か明日にでも、父親の大原隆夫に報告しておきたいのだ。

「大原さんがもっていた画像の最後の子、彼女以外買春にあたるケースはないようですが、この子に事情聴取して、売春を認めたわけではないのでしょう?」

「本人が認める必要はないので、身元の特定もしていません。何かで本人が出てきたとしても、事実関係を確かめて、認めたら補導はしますが、罰則規定はありませんから、説教して、児童相談所に通報して、こちらからは放免です」

「おそらく、その子は体を対価に金品を受け取る常習でしょう。大原さんの話から、求め慣れしているように感じます」

「少年事件に関わっていたなら、浜田に聞くとなにかわかるかもしれません。で、それがなにか?」

 ヒカリは先ほどからの疑問をぶつける。

「大原さんが若い女の子の動画や画像を集めたり、性的関係をもっているという情報、どこから入ったのでしょうか」

「匿名の通報です」

「買春のことは大原さんは自供したわけでもなく、取り調べでも黙秘したのでしょう? 他に買春を示唆するようなものもありませんし、あの子との関係が買春という見込みは何が根拠だったのですか」

「やはりその通報ではないですか。一一〇番にだったので、私は聞いていませんが、担当の島田は録音を聞いたでしょう」

 吉川巡査部長は島田巡査長に返答を促す。

「通報は、若い女性の声で、知人が買春にあったようだ、という内容でした。買春した男は他にも十代の少女を狙って、動画や画像を集めているらしいと。その男のメッセージアプリでのアカウントを伝えてきました」

 そう聞いて、ヒカリはすぐに、ひとつの推測をたてる。

「私の想像ですが、買春のリークは本人からだったのではないでしょうか。おそらく知人がそうだと偽ったのは、自分が売春したとバレるからだと思います。複数の女の子との関係や動画や画像の情報は、大原さんの端末を見たか、あるいは撮影を躊躇したときに、他の子も撮らせてくれている、とハードルを下げさせるために、大原さんのほうから見せたのかもしれません」

「いずれにしろ、ヒカリさんが関わった女の子、瑠璃さんでしたか、その子の線からもアカウントは出てきたはずですから、リークがなくても大原の逮捕は時間の問題だったでしょう」

 大原容疑者は、少女たちへの性的欲望が大きすぎて、罪の意識が薄かったのだろう。脇が甘すぎる。

 起訴されたあとは、もっとも重い求刑がなされるだろう。情状を加える余地がないことを、大原隆夫に正直に伝えなければならない。


 島田巡査長が調書のコピーを自分のファイルにとめて、ヒカリさん、教えてください、とファイルを開いてくる。

「瑠璃という子が画像を送ったとき、大原が買春をしていたと断定していましたが」

「画像のプロパティをみてです。買春の子の画像の撮影日時が、瑠璃さんがメッセージアプリで画像を送った時間とかぶっています。瑠璃さんの画像をみて、こっちのほうがいい子とみて、わがままな買春の子にはぞんざいになったのでしょう。それに腹を立てて、本人がリークした可能性もあると思います」

 それもあり得ますね、と吉川巡査部長はうなずいている。

「買春した子の画像撮影が、自撮りでなくホテルで撮られたものだと見抜いたのは?」

 ヒカリは吉川巡査部長と顔を見合わせる。島田巡査長は取り調べにあたるための準備を理解していないらしい。

「島田さん、画像のプロパティを見ましたか? 撮影機器の情報がありますよ。カメラはフルサイズのミラーレス一眼、それも高級機です。レンズも解像力の高い高性能です。手持ちで自撮りできるような大きさ重さではありません。撮影は本人以外となれば、大原さんしかいないでしょう。はじめて会ったふたりですから、撮影場所はホテルでしょう。ラブホテル独特の設備は写っていませんが、容易に推測できます」

「自分はカメラに興味がないので、手持ちで自分に向けるのが難しいとは知りませんでした」

「あら。私も興味ありませんよ」

 ヒカリは、フフ、とひとつ微笑むと、知識というものは、興味の有る無しで得るものではないと諭しておく。

「島田。ヒカリさんは車にまったく興味がないのに、車全般に詳しい。知識というのはそういうものだと言っているのだよ」

 そう聞かされた島田巡査長は、はあ、と精悍な体を小さくさせる。

「そのカメラが、容疑者の持ち物とは?」

「プロパティから機種名がわかりましたので、すぐ価格をスマホで調べました。ボディのみで六十万円、レンズは三十万円ほどです。そんな高額なカメラ、画像の子の持ち物とは思えません。家宅捜索のときにカメラは押収しなかったのですか?」

「カメラはなかったです。あれば押収しています」

「捨てるにはあまりに高額ですから、どこかに隠しているのだと思います。中の画像は一応確認の必要がありますよ。没収されるわけではないと話して、聞き出しましょう」

 吉川巡査部長は、少しかわいそうに思ったのか、島田は刑事犯罪に関わるのははじめてなんですよ、と庇いだてする。

 この流れを待っていたヒカリは、これまではどこの部署におられたのですか、と問うと、

「今までは所轄の総務課勤務でした」

 と島田巡査長自らが答える。

 あっさりと警視庁の総務部と関わりがある部署にいたことを口にするところをみると、命を受けての異動ではなく、これから指示をされるのだ。

 工藤巡査とは異なり、おそらく、秘密の命を漏らさずあたれる器とはみられていない──つまりは、使い捨ての駒にされる成り行きだろう。



 吉川巡査部長に、圭吾が表向きに勤めていた複数の会社の、政治献金や資金関連の情報収集を依頼して、捜査一課に来た目的はすべて果たせた。

 これから瑠璃のために、アダルトサイトの画像を非表示にしてあげなければならない。

 まず警視庁のサイバー犯罪対策課に電話をし、以前に削除依頼をし、公安の捜査官の協力でサイト運営者に非表示を命じた経緯を話し、今回もまず非表示を命じて欲しい、と五つのサイトの当該ページのURLを伝える。

 すると、少しお待ちください、と保留にされたのである。

 しばらくして、電話口から聞こえたのは、横溝捜査官の声である。

 可能ならばもう一度横溝捜査官の指示の元でと考えていたヒカリだが、まさか頼みたい本人が出てくるとは思わず驚いていると、

「八矢さん。まずいことになりました。警視庁まできていただけませんか」

 切羽詰まった声に変わり、すぐにでも、とすがるように頼んでくるのである。

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