第四話「ないしょの手紙」4
ヒカリが市川に発つ前にあかりに会いにきた理由は、厚生労働省の麻薬取締部が摘発した覚醒剤配布の一件の残り火がまだ消えていないからだ。
「栞と七海にニセ伝言をした女性──」
「あたしも描きながら驚いたわよ。捜査一課の工藤さんじゃない。プレハブにも来て、すり替えた覚醒剤を署まで持っていった人。あれから動きはあるの?」
「ないけど、見えないところで何をしているかはわからないし、神田との接点がない以上、私のことに絡んで動いていることになるでしょう?」
工藤という女性巡査が主になっているわけはない。何者かの指示を受けているのだ。その指示者は警察と碧泉院流親占教会の両方に影響力をもつ人物。
構図が少し見えてきたのだ。
「ヒカリのご両親と圭吾さんの件に関係しているわね」
あかりも、おかめ顔の工藤巡査がもう五年も捜査一課にいると知り、人事的に配属されているのではなく、何者かによって置かれている存在だと想像できる。
「それに、この前の覚醒剤の事件、まだわからないことがひとつのこってるのよ。プレハブの壁を壊したのは誰なのか」
終わってみれば些細なことに見える謎も、ヒカリは見過ごさない。
「工藤さんの力では無理よ。勇気さんでもない。何者なのかしら」
ヒカリもあかりも、これは見当がつかない。
「私がプレハブを拠点にできないようにするための作業かと思ったけど、そんな単純な理由ではないかもね」
「ヒカリが死んじゃったことになった日、ヒカリの部屋に宅配を装って偵察にきたのは?」
「あれは神田の配下の中年の男よ。本人も認めてるから」
あちらもひとり何役も兼ねていたのだから、互いに化かし合いの体でもある。
「それともうひとつ。あたしのアパートに、協力者がいるという話は?」
あかりはこれが一番気にかかる。その人物とひとつ同じ建物に住んでいるのだから。
「私が生きていることを知らしめたのは勇気さんなのよ。住人は教えられただけ。問題は勇気さんがなぜ二度もそこにいたかよ」
「スタンガンでやられて素っ裸で寝かせられたときと、ヒカリの首をギュウギュウ絞めたときよね」
ほんとギュウギュウだったのよ、とヒカリは苦笑いだ。いくら、首に指をあてて絞殺に備えていたのを見破ったからといっても、そこまで迫真でなくても良かったのに、と文句をいう。
「勇気さんは言わなかったけど、多分、他の件で探っている人が、あんたのアパートにいるのよ。極秘裏に動いているんでしょうから、私も触れないようにするわ」
ヒカリはそこで、あかりの目の色を確かめるように、こう言うのだ。
「勇気さんは既婚者なんだから、あんた、手を出しちゃだめよ。奥さまを捨ててまであんたに添い替えるほどの縁じゃないんだから」
ヒカリは、夕方過ぎに市川に着くように出るという。東京のすぐ隣なのだから、まだここであかりと話す時間はある。
「塚原さんの話だと、お義母さんはおひとりで暮らしておられるそうよ。ということは、お勤めされていると思うの。昼間のお仕事とは限らないけど、夕方にお訪ねしてみるわ」
「もうすぐ旧盆だし、もし会社勤めだったらお休みで会いやすいでしょ。気が逸るのはわかるけど、そこにしたら?」
「盂蘭盆会の前に行きたいのよ」
あかりはヒカリの想いを察する。圭吾は初盆なのだ。墓前に良い報告をしたいに違いない。
「そうね、ヒカリ、いよいよじゃない。いい報告があるよう、祈っとくわよ」
あかりはそう言ってから、ヒカリの顔をのぞきこむ。
「やっぱ、心配?」
あかりから見ても、ヒカリは不安な目をしている。
「お義母さんがどんな人なのか、わからないから……」
「でもヒカリのお母さんと親友で、母親同士では前からヒカリと圭吾さんを結婚させるつもりでいたんでしょ。どこぞの馬の骨の女じゃないんだから、お嫁さんとして迎えてくれるんじゃないかしら」
それでも、ヒカリは懸念を拭えない。坪井春佳を責めなかった坪井美智子のようなわけにはいかないだろうと思うのだ。
「圭吾くんは、私のせいで死んだのよ。私は大事な一人息子を死なせた女なのよ。そんな女に会う気になれるものかしら」
会ってくれてないかも知れない。会ってくれても、どんな罵倒を受けるかもわからない。
塚原を連れていかない理由は、圭吾の母の、そんな姿を見せたくないからだ。
「お義母さんがどんなに私を拒絶しても、ひどいことを言われても、圭吾くんがお義母さんに伝えていたことは、きっとすべて教えてもらうわ」




