第5話
「はあぁ……!」
広大な屋敷を慣れないドレスとヒールで歩いて疲労はあるものの、それ以上に設定資料集には掲載されていなかったアースクライン家の全貌を知ることができた充足感が身体を満たしていた。記録はできないから、しっかりと脳裏に焼き付けた。元の世界に戻れるかは分からないけど。
「そろそろお昼にしようか」
「もう、そんな時間? 家の中歩いただけなのに……」
「……ここ広いから。リン、疲れたなら抱っこするけど」
「いやいや……疲れてないから大丈夫」
「……残念」
……何が残念なんですか。
推しのことは、オタクの中では私が一番知っていると自負していたはずなのに、彼らの言動が全く理解できない。いや、本当はなんとなくの方向性は理解できる。でも、それがどうして私に向いているのかは理解できなかった。
「お昼食べた後は、庭でも見て回ろうか。うちの庭師はいい仕事するから、綺麗だよ」
「いいですね、楽しみ」
これだけ立派なお屋敷なら庭もさぞかし豪勢なことだろう。そう期待感に胸を膨らましながら、頬が落ちるくらい美味しいお昼ご飯を堪能した。ここで出てくるものすべてが美味しい。食べている途中、二人からの視線が刺さっていたけど頑張って気にしないようにした。
二人に大きな庭まで案内される。庭の入り口にはアースクライン家専属だという庭師のおじいさんが待っていた。私たち三人と庭師さんとで広大な庭を見て回り、庭師さんに大まかに説明してもらった。薔薇がおすすめだというだけあって、庭の大部分は薔薇が植わっていた。
「わぁ……すごい……」
「リン、気に入った?」
「うん。こんなにたくさんの薔薇、初めて見たかも」
元の世界でも薔薇で有名な名所はいくらかあるけど、テレビで見る程度だったし明らかに規模が段違いだ。色とりどりの薔薇に目を奪われていたら、アルバートが視界の隅で動いていた。どうしたのか、とそちらを見遣ると、アルバートは綺麗に咲いているピンクの薔薇を一本折って私に差し出してきた。
「ちょ、アルバート!?」
「……リンに」
「いや、これ庭師さんが綺麗にここまで育てたんだよね? それ、折っていいの?」
せめてハサミか何かで切った方がいいんじゃ……と、庭師さんを窺うように見ると、「坊ちゃまたちがそうしたいなら構いませんよ。また、育ちますからね」と朗らかに笑いながら言った。園芸に詳しくないから分からないけど、庭師さんが言うならいいんだろうか。
「……リン、嬉しくない?」
「そんなことはないけど……」
花をもらったことなんて今までなかった。イベントで花を贈ったことはあるけど。
だから純粋に嬉しかった。庭師さんも困っている様子ではないから、有難くもらおうと思ったら、今度はエイデンも同じように薔薇を折って持ってきた。
「折るのやめない……? 棘もあるわけだし……」
「リンが心配してくれてる! 嬉しい!」
満面の笑みのエイデンの手には黒薔薇が握られていた。
「へー、黒い薔薇もあるんですね……鮮やかな色の中にあると、いいアクセントですね」
元の世界で黒い薔薇なんて見たことがなかったから、物珍しさにエイデンが持っている薔薇をまじまじと観察する。ほんのりと紫や深い青のグラデーションになっているのも綺麗だ。
二人にありがとうと告げて受け取ろうと顔を上げたら、二人の薔薇を持っていない方の手に私の両手が取られ、庭の一角にあったヨーロッパ調の東屋に連れて行かれた。
ベンチに座るように促されたから、言われた通りに腰かけると、エイデンとアルバートが私の足元に跪き持っていた薔薇を再び差し出した。
「僕たちをそれぞれひとりとして扱ってくれたのはリンが初めてだよ。両親でさえよく間違うのに」
「あー……」
ゲームでも両親によく間違えられると言っていたのを思い出した。しかも、そのシーンはエイデンのルートではアルバートに、アルバートのルートではエイデンに、二人のグラフィックが間違っていて両親って制作陣のことかな、とか思ったっけ。
「……だから、俺たちは諦めてた。間違われるのが当たり前だから、お互いのフリをしても誰も分からないと、周りを見下して、俺たちだけの世界で生きてきた」
「でも本当は、僕たちに気付いてほしかっただけだったんだと思う。いつかは誰かが分かってくれると信じて、幼稚な遊びを続けては、まただめだったと世界に失望して」
「……だけど、リンは違った。リンだけは、俺たちを分かってくれた」
「さっきだって、昼食中に入れ替わってたの、他の誰も気付いていなかったのにリンだけがまた気付いてくれた」
エイデンの言う通り、彼らはお昼ご飯を食べに向かう道中は二人のままだったのに、部屋に入って席につくタイミングでなぜか入れ替わっていた。朝食とは反対の席に座ったのが気になったけど気分で変えてるだけかと思っていたら、言動が真反対だった。執事さんも席で判断していたようで、設定にあった好物が逆に置かれていたから、つい変わっていることを言ったら、慌ててお皿を入れ替えていた。その時のエイデンとアルバートは私の言葉に驚いていたのと同時に、嬉しそうにふんわりと笑った。
「あれは、分かりやすかったけど……」
「リンの中ではそうかもしれないね」
エイデンはくすくすと笑いながら言う。
二人の過激派オタクなことが透けて見えているように思えて、少し恥ずかしくなる。オタクなんて言葉知らないだろうけど。
「だから、僕たちは話し合ったんだ。リンも言ってたよね、双子は好みが似るって」
「え、ああ、そうですね……」
エイデンとアルバートはお互いを見合って、覚悟を決めたようにこちらに向き直る。
続く言葉が容易に予想できてしまったけど、できれば違ってほしい。
その願いは当たり前に叶わなかった。
「……俺もエイデンも、リンが好きだ。話し合って、どちらかが独り占めするんじゃなくて、俺たちだけだった世界を、俺たちとリンだけの世界にしようってことになった」
――ああ、やっぱりそういう言葉になりますよね……。
おおよその方向性が的中してしまい、思わず二人から目を逸らす。
私の推し方のポリシーは隠れて見守っていたい。つまり、推しには恋愛感情はない。
でも、それはあくまで私がプレイしたゲーム内のアースクライン兄弟に対して、だ。今ここにいる二人は推しの姿形をしているけれど、中身は推しとはまた違っていて。推しであって推しでない、私が知らない推しが、私に愛を伝えている。
ゲーム内の彼らのことはよく知っている。誰よりも知っているとすら自負できる。だけど、私に好きだ、と薔薇を差し出している目の前の彼らのことは、よく分からない。
だから、まずは――。
「二人のこと、もっと教えてもらえると、嬉しい、です」
エイデンとアルバートの手から二本の薔薇を受け取った。
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二人に告白された日は、毎年、色は違えど同じように薔薇をもらった。
6回目の薔薇をもらった日に、二人からプロポーズされた。でも三人で結婚はできないから、元の世界での事実婚のような関係になった。
ゲームでは言及されていなかったから設定としてあったかどうかも分からないけど、彼らにはお兄さんがいるらしくて、家のことはお兄さんがやるから名家でもきちんとした結婚をしなくてもいいそうだ。彼らのご両親も二つ返事で快諾してくれた。
いくらお兄さんがいてアースクライン家の未来が安泰だとしても、貴族としては非常識な関係を許してくれるのが不思議だったが、エイデン曰く、「父上も母上も僕たちに無関心だからね」だそうだ。子どもの頃から会話もほとんどしていないと言っていた。あまりにもな過ちをしてしまった時に、少し話した程度で怒られもしなかったという。それを聞いて彼らを無性に抱き締めたくなった。
今日まで、彼らからたくさんの愛情を受け取った分、私も彼らに愛情を渡していこう。もらった薔薇が数え切れないくらいになるまで、エイデンとアルバートと共に過ごしたい。
そう、思った。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
5話のちょっとした捕捉ですが……
ピンクの薔薇は「かわいい人」「愛の誓い」、黒の薔薇は「貴方はあくまで私のもの」「永遠の愛」という花言葉があるそうです。
また、二人から6年、つまり12本の薔薇には「私と付き合ってください」「私の妻になってください」という意味があるということで、プロポーズは中途半端な6年後になりました。
改めて、ここまでお付き合いくださりありがとうございました!
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