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♣アンソニーの恋愛6. 選択

「もう、もう無理です……これで全部です……」

「ふふ、お疲れ様」


 かなり口ごもりながら、たどたどしく話した気がする……。たまに頭を抱えながら。こんなザマを見せた女は、レイシア様が初めてかもしれない。


「それでは、終わりましたとジェラルドに報告しなければなりませんね」

「はい、もう行ってくださいよ。もう疲れました……」


 このまま床に寝っ転がりたい……。


「では、ジェラルドだけ呼んできて?」

「――え」

「二人で完成間近のこの絵を見たいのよ。あなたはエルミアとお話でもしてあげて?」

「アトリエの主を、堂々と追い出しますね……」

「躊躇するふりでもした方がいいかしら」


 ここは自分の実家の敷地内だとは言わない。そういうところだけは好ましく思っているけれど……。

 

「はぁ……いりません。行きますよ……」

「そういえば――」


 じっと彼女がこちらを見る。

 もう離れさせて……。


「なんでしょう」

「答えは決めたのかしら?」

「――――う」


 以前、学園の図書館でジェラルド様に聞かれた。


『家を捨てて野良の芸術家として生きる? 宮廷画家として安定して僕の国で生きる? それとも画家はあくまで趣味にとどめ、領地の管理と兼業する?』


 今、四つ目の選択肢を提示されている。エルミアの婚約者となり、こちらの公爵家を継ぐことだ。

 

 この国の学園に彼女が入れば俺は先生ではなくなり……とっくに絵も描き終わっている頃だろうし、この国から離れることになる。少なくともエルミアの十六の誕生日までには決めなくてはならない。


「俺、こんなんですよ? 年齢も彼女とは離れているし、本当に親戚になっちゃっていいんですか?」

「不要な質問ね。駄目だったらお父様に提案をさせないように動いているはずでしょう? あなたって実は……勇気も意気地もないわよね」

「――うが!」

「かわいらしいけど。では、ジェラルドを呼んできてくださる?」

「分かりましたよ……」


 やだなぁ……レイシア様と親戚になるの。


 * * *


 幾何学模様に整えられた庭園の片隅で、メイドに紅茶を給仕してもらいながら語らっている二人の元へ近づく。自然が織りなす芸術の中、眩いばかりの彼らがこちらを向いた。

 

 エルミアも見た目はレイシア様に近い。さらさらと流れる水色の髪に神秘的な紫の瞳。自然に溶け込むような優美さと、若くて未完成の輝きを合わせ持っている。


「終わりましたよ。酷い目に合わせてくれましたね、ジェラルド様。俺にレイシア様との会話は荷が重すぎます……」

「あれ、アンソニーの度胸のよさは買ってたんだけどなー」

「心労がひどいです」

「やっぱりお姉様のお相手は、お義兄様しか無理ですわね!」

「そういうことだね」


 ふふんと自慢そうにジェラルド様が言う。

 いやー、ジェラルド様の趣味が悪いんじゃ……。いや、それだとライラ様まで含まれてしまうか。


「レイシア様がジェラルド様をお呼びです。俺は……追い出されました」

「そう、アンソニーと話しながら戻るから、少しだけ待てる? エルミア」

「はい、お待ちしています」


 ジェラルド様の前だと、ほんっとお利口さんになるよなー、エルミア。結構我儘なのに。


 ジェラルド様とまた歩き出す。


「どこが好きなんですか、レイシア様の。俺、ジェラルド様と女性の趣味が合うのかと思っていましたけど、全然合わないことが改めてよく分かりましたよ」

「ははっ、レイシアも猫をかぶるからなー」

「全然かぶってなかったですよ。普段はお淑やかで清楚な感じに見せているのに、とんだアレですよアレ」


 はっきりとは言いにくいので、ぼやかして言う。


「そっちも猫をかぶっているんだよ。ま、知らないままでいいよ。ただ……悪くは思わないでくれ。あれでも強い罪悪感を持ちながら聞いている」

「……嘘でしょう……」

「全くそんな素振りを見せないところが可愛いだろう?」

「いや……無理ですよ、無理……俺には無理……」

「疲れているね」

「ジェラルド様のせいですよ」


 失礼だと思いながら、長いため息をついてしまう。


「エルミアのことは聞かれた?」

「ええ……答えは出たのかと」

「どうするの?」

「……可愛いとは思ってしまっているんですよ」

「しまって、ね」

「純粋に……やっぱり絵について深いところまで話せるのは嬉しいですし。ああやって、好意を持たれながら口にされないのも可愛いなと」


 分かりやすく、すり寄っては来ない。好きだともハッキリは言われない。

 

 婚約しないかと彼女の父親に提案された時も、彼女の意思が大事ですからと断ったら、君のことが好きなようだと聞かされて驚いたくらいだ。


「ふむ……でも、旅はできなくなっちゃうね。彼女が学園にいる間が、若いうちでは最後になるだろう」

「若い……うちでは……?」


 人生での最後になるのかと思っていたけど。


「ああ。子供ができて家督も譲って元気な老後に突入できれば、二人で世界中の絵を描く旅をしてもいい」

「……その発想はなかったですね」

「だろうね、僕もだよ。ライラちゃんの受け売りだ」

「ライラ様の……」

「老後に国境近くに別邸を建てて、また皆で集まるんだって。全員夫婦でね」

「さすが……ライラ様ですね」


 俺が描いた絵は――、もう戻れない過去の輝きにはならないのか。もう一度、再現される輝きになるのか。


 どうしようかな……柄にもなく泣きそうだ。


「ジェラルド様の中では……もうただの思い出なんですか。ライラ様への想いは消えたのですか。レイシア様だけを――」

「大事な本は二冊でもいい。そうレイシアは言っていた」

「大事な……本……」

「一冊は眺めて、その物語を思い出して楽しむために飾っておく本。もう一冊は毎日続きが気になって読んでしまう本。二冊あってもいいんじゃないかってね。大事な本を捨てる人にはならないでと言っていた」

「そうですか……少しだけレイシア様を好きになりましたね」

「いいんじゃないか、君の姉になるかもしれない女性だ。アンソニー、彼女の言う大事な本を君も何冊だって持ったらいい。毎日読む本は一冊にすべきだけどね。じゃ、終わったら声をかける。それまでエルミアと話でもしなよ」


 そう言って、ジェラルド様がアトリエの中に入っていく。


 レイシア様は強い罪悪感を持ちながら聞いていると言っていた。もしかしたら、ジェラルド様にはごめんなさいと可愛く泣きながら謝ったりするのかな。

 

 ……想像もできないけど。 


 まぁ、どうでもいっか。俺にとってはただの怖い女性だ。……嫌いではないけどな。


 というか俺、何回往復するんだよ、ここ。もう疲れたよー……。


 

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