☆タロット占いの回想1.恋になる前
コミックス一巻発売(2024.3.8)に伴い、番外編を投稿します☆
タロットカードを実際に見て、そして初めて占ってもらったその日――彼女が帰ってからおもむろにカムラに聞く。
「どう思う?」
「何がでしょうか」
「決まっている。ライラのことだよ」
「……やはり以前とは別人のように見えますね。同一人物ですが」
まぁ、そんな感想になるか。以前なら絶対に不機嫌になるようなことを言って、反応も確かめていた。切り返しが完全に別人なんだよな……。
夢――この世界の創世者である女神は、迷える人に夢を見せることもあると言われている。それは長い夢で、さまよえる魂が昔見た記憶だとも言われている。
取るに足らない迷信だと思っていたけど……。
「カムラ、メルル・カルナレアという平民の娘を探せ。僕たちと同学年だ。薄い桃色の髪に透き通るような紫の瞳だそうだ。特待生で王立学園に入るらしい。見つけたら調べて、子学校の教師にも話を聞いてきてくれ。当然、生徒全体への学びに対する実態調査など理由は適当に頼む。実際にいるなら利発な子だろうし目立っているはずだ。父には僕から話を通すよ。もちろん建前の方の理由でね。同じような年齢の子供全般に対してなら、僕が興味を持ってもおかしくはない。納得してくれるはずだ」
「……そのお方は……」
「僕が好きになる女性だってさ。その子に恋をして、婚約破棄をすることになるそうだよ」
彼女が言った未来の僕の台詞を思い出して、くくっと笑って肩をすくめた。
「……そんなに簡単に破棄などは……」
「破棄は結婚ができる年齢でと言っていたけど、あの言い方からして年数はかかるニュアンスだったな。ま、未来の僕が根回しするんじゃないか、それが許されるようにさ」
カムラがぴくりとも表情を動かさない。
分かっている。そんなことは認めないと言いたいんだろう? そうなったら連れて逃げると言っていたけど、実現したいとは絶対に思っていない。父上がカムラの能力を調べ尽くした結果は僕にも下りてきている。駆け落ちされたら追手を仕向けなければならないし、全て殺されるのは明らかだ。それだけの損失を覚悟しろって忠告だろう? さすがに僕もその未来は避けたい。
――こいつは化け物だ。僕に忠誠を誓う化け物。
その忠誠に、ライラを不幸にしないならという条件がついてしまったな……。
「僕はライラを手放すつもりはない。でも、彼女の言う通り婚約破棄をしたくなるような未来がくるのなら、風評被害にはあわないように手は打つ。僕よりも好条件の相手はいくらでもいるはずだ。王太子なんかよりまだ貴族の方が自由度が高いしね。同時に別の相手と婚約すれば問題はないだろう。穿った見方をされないようにどうにかする。相手の便宜もはかる。悪いようには絶対にしない」
「…………」
納得していないな。よっぽど気に入ってしまったようだ。僕の側にいないのなら、常に無事を確認できないからな。僕が手放してしまえば、その時の彼女の状況によって実際に国外へ連れて逃げる可能性もありそうだ。
まったくあの一瞬で――。
いや、僕の落ち度だ。僕を護ることそのものがカムラの拠り所になっている気でいたけど、まだ足りなかった。あの時の彼女には全てを受け入れるような包容力を感じた。あんな視線をずっと誰かに向けられたかったのかもしれない。
僕も……そうなのかな。両親も含めて誰の前でもずっと背伸びをし続けてきた気がするけど、変わってしまった彼女の前では等身大でいたくなる。甘えて……しまいたくなる。
はぁとため息をつく。
甘えていいはずがない。僕は彼女の婚約者だ。もっとしっかりして、リードしないと。そうだよ、僕がリードする側なんだ。振り回されてばかりではいられない。
「とにかく、彼女の話の信憑性を確かめるのが先だ。調べて細かく報告しろ。その子とライラが今まで接点がなかったかどうかも含めてね」
「……お会いにはなりますか」
「調査結果次第で考える」
なぜだろうな。ライラには会うつもりだと言ったけど、見つかったとしてもあまりそんな気にはなれない。
……少しだけ怖いのかな。タロットカードの占い結果が当たっていた気がしたから……。誰にでも当てはまる内容だと思いながらも、ズバリと言い当てられたような気分になった。
「そういえばあのカードさ、裏の絵柄が二通りだよね。同じ向きなのと反対向きなのがある」
「……おおよその予測はできましたが、申し上げてもよろしいですか」
やっぱり動体視力も記憶力も人間離れしているな。予測ができたということは単純な分け方だろうけど……どうしてそうしたんだろう。
「いいや、言わなくていい。これから何度も占ってもらって自分で考える。暇つぶしにね」
「そうですか」
カムラがやや苦笑した。
うーん……バレたかな。これから先、僕はきっと何度も占ってもらうだろう。その言い訳を用意したって思われたかな。
あーあ、子供っぽいな。子供だけどさ。そうでない振る舞いばかり求められるから、少し疲れてしまう。でも、ライラが持ってきたボードゲームで遊んでいる時間は、完全に童心に返っていた気がする。そんな場を求めていたことも見透かされていたのかな。
やっぱり、前の彼女とは――別人だ。
「もう少し、今の彼女のことが知りたいな。情報が少なすぎる」
「はい。シーナからも、もう少し話を聞きますよ」
あー……そっちに迷惑がかかりそうだな。でも……。
「結果はよこせよ」
「当然です」
ライラのメイドに心の中で謝りながら、カムラに言う。
「それじゃ、いつもの気分転換を頼むよ」
「仕方ないですね」
あの日、ライラに「やっちゃいけないことだってたまにはされませんと、息が詰まりますわ」と言われた言葉が耳に残って――、王宮に戻ってカムラにお願いしてみた。
『やっちゃいけないことで面白くて問題にならないようなこと、なんか考えてよ』
そうしてカムラが提案してくれたのが、これだ。窓を開いて僕を担ぎ、外へ飛び出す。とんでもない跳躍でわずかな足場を利用して、城のてっぺんへと向かう。頬を切る風が心地いい。
広がるのは絶景だ。眼下に僕のいずれ治めるべき街が広がる。遠くには山々が連なり、澄んだ空気がその輪郭をはっきりとさせている。
天を突き刺すような尖った屋根の下の張り出した場所に、カムラがそっと僕を降ろした。
「習慣になってしまわれましたね……」
「ありがとう、ここは最高だよ。やっちゃいけないことは、確かに気分がいいな」
「……困りましたね。普通は怖がるものかと思いますが」
「カムラがいるんだ。怖がる必要なんてないだろう」
少しくすぐったそうなカムラのこんな顔は結構好きだ。兄ができたような気になる。兄を演じてとお願いすれば完璧にやってくれるんだろうけど……。
「どうしました」
「別に。やっちゃいけないことにカムラを巻き込めて嬉しいなってさ」
「それは光栄なことです」
たまに向けられる悪戯っぽい目にも安心する。我儘を言いやすいのは、やっぱりカムラだ。クラレッドも頼りになるけどね。僕たちがここに来ることは黙認してくれている。
二人で、視界の端までどこまでも広がる街並みを見下ろす。
「僕は……王太子らしくできているかな」
「はい。十分に」
ライラの言う夢の影響。信憑性は低いはずなのに、女神の言い伝えを信じたくなる。夢のせいなんだろうと、ほぼ確信してしまっている。
だってさ。僕は王太子らしくしていたんだ。ライラだってそんな僕に憧れていたはずなんだ。それなのに、いきなり僕と婚約を解消したくなるなんてさ、おかしいよね。他人の影響ではないようだし、夢の影響じゃないと困るんだよ。確かに僕もライラの話を聞きながら、つまらなさそうにはしていたかもしれないけど、でも……でもさ……。
チクチクと胸が痛む。それがどんな理由からなのかは分からないけど――。
早く、ライラにまた会いたいなと思った。










