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二宮金次郎の背中

<金次郎>

正直、本は読めなかった。

だけど、いろいろな写真が載っていて、何か手がかりがあるんじゃないかと思って何冊も目を通した。

石像の立っているあの位置から見てきたこの街の姿は、すごく小さな世界の出来事だった。現実は、金次郎の石像が持っている本じゃ知らない世界ばかりだ。

ボクが思っていた以上に、人間の時間はたくさん過ぎていた。七十年って、こんなにも長くて、世の中が変わって行くには充分な時間だったんだ。

あの子に会いたいなんて、思いつきのように願ったけど、何一つ探す手段がない。

情報がありすぎて、簡単に諦めることもできない。

どうすればいいのか全く分からない。

ボクは、ものすごく大変なことに佳夏を付き合わせてしまっていることに、やっと気づいた。申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。

ボクはガラス窓に映った自分の姿を見た。

ニューヨークにいる少年の顔と体。

ボクは、普段佳夏と話している時、この顔、この体だということを忘れる時がある。自分で自分の顔は見えないから、どんな表情を佳夏に向けているのか分からない。

佳夏が見ているのは、少年なのに。

あの子を探さなくていいと言ったら、ボクがこうして人間になって佳夏と会う必要がなくなってしまうんだろうか。管理人が提案してきた、石像を守るためにどうすればいいか相談したほうが現実的だろうか。

ガラス窓に佳夏の姿も映った。佳夏が食事を済ませて帰ってきた。

「二宮、おまたせ。なんか面白いものあった?」

「見てるだけなら面白いけど、よく分からなくて」

「そっか」

 ボクはさっきまで考えていたことを言おうか、迷った。

「あのさ、佳夏」

「何?」

「あの子探しは、やめよう」

「え? なんで? どうかしたの?」

 ボクはなんて言えばいいか戸惑った。さっきまで見ていた戦後の写真が載っている本の表紙を意味もなくじっと見つめた。

「ああ、今日は、やめようってこと。ただ楽しんだりするだけの日があってもいいかなって。佳夏の夏休み、今日が最後だって言ってたし」

 佳夏は、きょとんとした顔をしている。

 そうだよな。

 あの子探しのためにわざわざ来てもらってるのに、ただ楽しむなんて言われても困るか。

 今日はこれで、終わりにしよう。ボクが人間でいられる時間いっぱいに佳夏を付き合わせる必要もないし。

「いいよ。じゃ、じゃあさ、プラ、ぷらぷらしよう、その辺。雨上がったみたいだし」

遠くに広がる窓ごしの空は、いつの間にかまた真っ青になっていた。

「ありがとう」






<佳夏>

 とりあえず、再び、外に出た。

 雨上がりは涼しくなると思ったが、冷房が効いてた所にいたから、やはり暑い。

 すごいチャンスだったのに。

 言えなかった。

 プラネタリウム行こうなんて。

 あの流れで言っちゃったら、一緒に行きたくて用意してたのバレバレじゃん。

 いや、でも、あれ以上自然な流れは、なかったよな。失敗した。

 何がぷらぷらだよ。

 時間的にもそろそろ言わないと。

 どうしよう。

 でも、なんで急にそんなこと言い出したんだろう。

 なんか気になる本でもあったのかな。

 戦後の写真とか見てたっぽいな。

 戦争って言葉が二宮の口から出たから、参考になるものあるかなとか思ったけど、嫌な思いさせちゃったのかな。

 日本とアメリカのハーフとして、難しいこと考えちゃったりしたのかな。

 そんなことないよね。見かけと違って超日本人だし。

もしかして、あの子を見つけたとか。

もしかして、あの本の中に、空襲の慰霊碑みたいな写真があって名前見つけたとか。

死んでたり。

ありえる。

いきなり、さらにテンション下がってたし。

名前、覚えてたんだっけ。

いや、だから、そもそも二宮がもう一度会いたい人が、戦争中わたしと同じくらいってありえないし。いつ、会ってる設定になってるんだよ。

え。やっぱり、前世の記憶とかそういうやつ?

なんで? え、別にわたしの夏休み最後だしって、わたしの言い方がそんな嫌な感じに聞こえてたのかな。だったら、花火。

「佳夏、そこ気をつけて」

「え。何? きゃあああ」

「だから、気をつけてって」

 わたしは、大きな水たまりに足をつっこんだ。

こんなところに、こんな池みたいなのなかった。

雨上がりの荒れ果てた道を全然見ないで歩いたので、クツとくつしたがびちょびちょになった。

「最悪」


 日向のベンチに座って裸足になった。

 再びセミがうるさく鳴き、ぬれた地面が一気に乾いていくような強い日差しが照りつける。涼しくなってもいい時間なのに暑さは代わらず、遅れた時計に合わせてくれてるようだ。

「ボクのクツ貸そうか。ボク裸足の方が歩きやすい」

「この暑さ、裸足で歩いたらやけどするよ」

「そっか」

「クツにもだいぶ慣れたんでしょ」

「うん。動く階段は苦手だけど」

「エスカレーターね。わたしも小さい頃、怖かった。いつもお母さんの手握って乗ってた。でも、一度一人で乗れてから大丈夫になったんだ。身体記憶みたいなのあるのかな」

「身体記憶?」

「テレビでやってたよ。一度泳げた人は絶対泳げる。一度自転車乗れた人は絶対乗れるんだって。体が覚えてるから記憶がなくなっても忘れないんだって」

「そうか。少年は7歳から眠ってるから、もしかしたらエスカレーターに一人で乗ったことがないのかも知れない」

「え、でもニューヨークにいて乗ったことないわけないでしょ。七歳なら一人で乗れる」

 信じてないけど、話を合わせた。

「ニューヨークは病院があるだけだから、そこに来る前は、大きな建物がないもっと田舎に住んでて裸足で走り回ってたのかもしれない。想像だけど」

「ふーん」

「石像だからとか関係ないかもしれない。初めて佳夏に会った時も、別に、自分の意思で抱きついた気がしないし」

「そう、なの・・・・・・」

 なんか複雑。あいさつだったとしても自分の意思じゃなかったってこと? 

もうよく分からないよ。その設定。

 ああ、どうしようかな。

 このまま外にいればクツはすぐに乾きそうだけど、暑すぎる。

「どうしようか」

「クツ脱いで上がる所があればいいね」

「そんな都合のいい場所、あ」

確か、そこのプラネタリウムは土足禁止だ。前に行った時、足が解放された感覚を思い出した。スリッパに履き替えるから、その間、ぬれたクツをひなたの窓辺に置いて乾かせばいい。

 わたしはこっそりケータイの時計を見た。4時20分すぎ。

時間的に最高のスケジュールだ。

 神様が味方してくれてるような気がしてきた。

「ある。プラネタリウム」

「プラネタリウム?」

「この街の空に見える星を、人工的に見せてくれるところ。ここを抜けてあっちの棟にあるの。そこ、中に入ったらクツ脱いでスリッパに履き替えるんだ」

「へえ」

「夏休み中は小学生無料だし。さっき談話室でポスター見たの。えっと、確か3時45分の回があって上演時間は四十分ぐらいだって。大丈夫でしょ」

 うわあ。この上ない、いい言い訳。ウソの時間を言う時ドキドキしたけど。

「佳夏が行きたいなら、どこでもいいよ」

 嬉しいような、何も考えてくれてない人がいいそうな答え。

「そう。二宮は、星に興味はないの?」

「うん。あんまりよく分からない」

「だよね。東京じゃあんまり見えないし」

「昔は東京でもよく見えたなよ」

「そうなんだ」

 昔っていつだよ。

「今ほど、空が明るくなかったからね」

「そっか、わたしも見てみたいな。二宮が知ってる東京の星空」

「ほんと、じゃ、行こう。そのプラネタリウム」

「うん。って、そこまでこれ履くしかないか」

 わたしはぬれたクツを見た。

二宮は、何かを思いついたように笑って、わたしの前にしゃがんだ。

「どうぞ」

「え? まさか、おんぶ? やだ、ちょっとまって恥ずかしい」

「プラネタリウムまでだから」

「大丈夫?」

「いつも背負ってるから」

「え?」

「片手に本持ちたい気分だ」

「二宮金次郎か!」

「そうだよ」

こんなドキドキのシチュエーションも、二宮金次郎みたいだとしか思わないんだよね。

あたしは薪か。平べったい胸も、ゴツゴツした手足も棒きれみたいだもんな。

「よし、ならば背負ってもらおう」

「どうぞ」

 わたしは、二宮におんぶされた。

 薪、薪。

 こんなに密着しても棒きれです。

でも、それでも、いいや。

 これは二宮の意思でやってるんだよね。

ずっと、この時間が続けばいいのに。

探している子なんか見つからなければ、いいのに。

 いつの間にか、そんなふうに思うようになっていた。

 心臓の音が二宮にまで聞こえるんじゃないかと思うほど、ドキドキしてる。

恥ずかしくて顔を伏せたらわたしの頬が二宮の肩に触れた。

 余計、密着してしまった。

 でも、ちょっとだけ、こうしていたい。


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