また職を探す話
商業自治都市モラン。
商人による街の運営が罷り通っているのは、各国間の物資の流通を担う強大さか。
物が集まるとそれを買う人が集まり、そして仕事が生まれ、また人が増える。
その活気に溢れた大通りで、少女が言った。
「服を買いましょう――だって、これなんか臭いし」
カレンは人買いの御者から奪った己の服を嗅いで顔を顰める。
「――いや買えばいいじゃろ?」
名をゴンズと言うドワーフが、呆れたように返す。
「あ、あの、僕も、そう思います」
助けたエルフ――フィリアも控えめに同意する。
二人の表情を覗い、カレンは真意が伝わっていないことを理解した。
「何言っているの? 当然、あなた達の分も買うのよ?」
あのまま街道に置き去りにした御者。
彼から奪った財布袋を懐から取り出し、カレンが笑う。
最初はどういったつもりなのかと警戒していた二人だったが、新しい服に袖を通した頃には幾分軟化する。
「ふむ、どうやら嬢ちゃんに、わしらの皮を剥いで、怪しげな儀式の捧げ物にするつもりはないようじゃな」
一安心だと胸をなでおろすドワーフ。
これは本当にそう思っているわけではなく、友好を示すただの冗談だろう。
「お、お姉さん、ありがとうございます! 僕とっても嬉しいです! それとお姉さんも似合ってます」
大陸標準の綿で編まれた旅装で、嬉しそうにくるくる回る。
カレンも赤いローブに金の刺繍を施したものに満足そう。
刺繍は古代語でイラを意味するもの。
「ああ、そうして衣装を整えると、契約士に見えなくもないな」
「ありがとう、フィリア。それにゴンズも、一応褒め言葉として受け取っておくわ」
続いてカレンは財布袋の金を三等分にしてそれぞれに分配する。
「おいおい、嬢ちゃん。さすがにこれは」
「何言ってるのよ。お金を持たずに放り出されて、それで死なれたら夢見が悪いじゃない。受け取っておきなさい」
カレンはそれを強引に押し付ける。
「――助かる」
ゴンズは目を閉じ頭を下げた。
それで別れはすんだと思っていた。
だが意外なことに、納得がいっていないのが一人。
フィリアは金の入った袋を突っ返し首を振る。
カレンは困ったように、優しくフィリアの頭をなでて諭す。
「あのね、元々悪いやつから奪ったお金だし、本当に気にしなくていいのよ? 帰るにも旅費は必要でしょ?」
「服だけじゃなくてこんなことまで、本当に良いんですか? でも僕、エルフなのに」
フィリアは亜人として不当に扱われてきたのだろう。
本来持たなくても良い引け目で、遠慮する。
「そんなこと気にしてられないわよ。――だってねえ、私なんて、人間の友人に生け贄にされそうになるし、下着は盗まれるわ。人買いに売られるわ。――本当に人間って糞――」
「お、お姉さん、ちょっと痛い!」
いつの間にか鷲掴みにしていたエルフの頭から手を離し謝罪する。
フィリアは納得したようで涙目になりながらもう一度頭を下げた。
「いつかまた再会した時には、この恩、絶対に返させてもらう。ではな!」
「お姉さん、僕も御恩は絶対忘れません。お元気で!」
ドワーフとエルフは連れ立って歩いて行く。
それを見送って善行が積めたと、カレンも満足そうだった。
良い気分のまま、影の中の相棒に問いかける。
「で、これからどうしょうか?」
『酒場、巡リ』
――前の街での苦い経験を思い出す。
「で、でも着いたばかりだし、先に宿を確保するほうが」
『大丈夫、今度ハ、売ラレナイ』
別にそこを心配しているわけではない。
どこかずれている相棒にため息を吐き、職を探すために覚悟を決める。
――でもまあ、徳を積んだ後だし、神さまもみてくれいるわよね。
新たな街で淡い期待を胸に、新米契約士は歩き出す。