精霊のくせに物理な話
「へえ、派手なローブだと思ってはいたが、やはりお前も魔法士なんだな」
対峙したサイアンはオーソドックスな黒のローブ。
これだと逆に特徴がなさすぎて、彼の魔法が判断しにくい。
「わしはベテランの召喚士だ。お前のようなヒョっ子に負ける筈がない。まあ五体満足とはいかんが、女として使いみちは残したまま生かしてやる。どうだ嬉しいか?」
下卑た嘲笑が、サイアンから、そして後ろの取り巻きから。
魔法士というのは総称であり、契約士はその中の一つ。
正式には召喚契約士。
被召喚者と特殊な契約を結び、己の力量と関係なくその力を行使する者。
これに対して召喚士。
これまた正式には召喚支配士。
被召喚者を己の魔力で使役し行使する者。
これは召喚者の才覚によって、扱える者が変わってくる。
単純に言ってしまえば『お願いして来てもらうのか』『命令して呼びつけるのか』
共にメリットデメリットがあり、一長一短である。
――召喚士か。
契約士との相性は可もなく不可もなし。
純粋に被召喚者の実力が勝敗を分ける。
「では、はじめようか。『巨兎』『鉄喰らい』来い!」
詠唱後、サイアンの足元が光りそこから、人間大の兎と鼠が飛び出した。
『いと昏き、影の主。陽光の下、あなたを晒すことを許せ』
意思の疎通は取れているので、文言はなくても呼べば来てくれるのだが、そこはそれ、格好良いから。
あたりにある人の影、木の影、建物の影。
ありとあらゆる光を遮りるものから液体が流れるように影が漏れて、それが一直線に、カレンの足元に注がれていく。
皆がその異様さに息を呑む。
「なるほどお前も召喚士、いや! 契約士か!」
『我が声、我が意に力を。破滅精霊、イラ!』
唄が完成する。
そしてサイアンが慄く。
「な、せ、精霊種だと! ま、まさか、お前のような小娘が精霊など、精霊?」
言葉尻が弱くなったのは、召喚されたものを見たから。
――やはりニョキッと頭だけが飛び出している。
「お、おい。あれってなんて魔物なんだ?」
「さ、さあ。生首だけの魔物なんて聞いたこともないぞ」
観客の困惑。
少女が自信満々で呼び出したのだ。
それなりに強い魔物に違いないなど憶測が飛ぶ。
普通なら胴体がないなど物笑いにしかならないが、その顔半分が骸骨など不気味過ぎる。
――この期に及んでなぜ頭だけなのか。
少女はイラを睨みつけ、檄を飛ばす。
「だ、か、ら、なんで頭だけなの! さっき頑張るって言ったわよね?」
『疲レル』
それが答えだと、窮屈そうに首を回す仕草。
「――えっ、もしかして、それって私のせいなの? って、危ない!」
少女の疑問を無視し、兎が振り上げた前足を生首に叩きつける。
だが、それより早く地面を滑るように、影ごと生首が走りだした。
観客席に飛び込んでいく生首。
――少女のように情けない野太い悲鳴。
逃げ惑う男共の間を経由、彼らを盾にする。
「っち、どけ! 巨兎、鉄喰い、術を使われる前に押し潰せ!」
跳び上がった兎が、観客ごと踏み潰そうとする。
圧殺と同時に、土煙が辺りに舞った。
けれど、そこにあるのは死屍累々の野次馬だけ。
濃厚で新鮮な血の匂いが充満する。
吐き気がするが、それを堪え、己の精霊を探した。
――最初にイラを見つけたのは、鼠で次に兎、少女はそのすぐ後に彼の姿を捉える。
だが、サイアンだけが捕捉できていない。
「何をした。奴の姿はどこだ! お前ら、奴を見つけ次第、ぎたぎたにしてやれ!」
――うわ、そんな命令をしたら。
召喚士に支配されている魔物に、そんな大雑把な指示をしたらどうなるのか。
二匹の獣は猛り狂い、突っ込んでいく。
――指示通り、サイアンの元へ。
兎の前足蹴り、鼠の体当たり。
それらで、驚くほどきれいにサイアンは空を舞う。
そして汚い音を立てて、地面に潰れた。
「ま、待て。精霊は、いいから。あの女を――」
ようやく、サイアンのローブその腰辺りからに真横に精霊の頭が生えていることに気づいたのか、指示を変更しようとする。
「イ、イラ! 何とかして、そいつの意識を飛ばして! そうすれば――」
影溜まりが、腰から首元に移動する。
契約士の言葉を聞き終わる前に、イラは首を後ろに振って勢いをつけた。
契約士と召喚士の違い。
契約士の呼んだ者は自由意志が強く、ある程度こちらの意図を汲みとってくれる。
召喚士の支配力は強めれば強めるほど、指示待ちになりがちだ。
――それが勝敗を分けた。
鼻面に、イラの頭突きがかまされる。
サイアンは次の指示が出せず、二匹の召喚獣は動かない。
こうなったら一方的なもので、サイアンの意識がなくなるまで、四度。
額に鼻血を付けたイラが、心なしかやってやったぜと、満足そうに戻ってきた。
――できれば、もっと精霊らしい決着の付け方が良かった。
そう思ったが、頑張ってくれた相棒にそこまでの贅沢は言えない。
「やったわね。私達の初勝利よ!」
少女は姿勢を低くし、地面の影から生える生首に、手を差し出した。
そこまでして、首しかない相棒にこれじゃあ握手もできないと苦笑する。
イラの首は影に沈んでいく。
カレンが笑ったから拗ねたのだろうか。
そうではなく、首が引っ込んで今度は代わりに白骨の手が飛び出してきた。
白磁のように美しい骨は、相手を探し空を動く。
やはり苦笑して、カレンはそれを迎えに行く。
骨の手におっかなびっくりであったが、握り返す力は強くなく、優しかった。
――カレンはその手を素早くローブの内側に引っ張りこんだ。
「ここで、魔法士同士の私闘が行われていると通報があった! 混乱を引き起こす街中での力の行使は認められていない。関係者は全員、牢屋にぶち込んでやるから、覚悟しろ!」
現れたのは、鉄の鎧に身を包んだ兵士たち。
観客は皆、蜘蛛の子を散らすように、走りだした。
カレンも逃げ出そうとしたのだが、年若い少女は目立ち、早々に確保されてしまう。
残ったのは兵士と失神したままのサイアン。そしてその取り巻き。
「で、決闘を行った魔法士はサイアンと誰なんだ?」
拘束された取り巻きに、年配の兵士が問いかける。
捕まった取り巻きは渋々とカレンのことを指差した。
――そして兵士が取り巻きを殴る。
「お前らはこの期に及んで、馬鹿にしているのか!」
「いってぇ! う、嘘はついてねえ。そのガキは魔法士なんだ!」
兵士は確認のためにこちらに目を向けた。
嘘はついていないので、カレンは頷く。
兵士はサイアンとカレンを見比べると、もう一度取り巻きを殴った。
「チッ、このクズどもが。いくら魔法士とはいえ、こんなか弱い少女に。おい、私闘じゃなかった。この件は私刑で処理するぞ、いいな!」
彼の号令に、皆が応と声を上げる。
そして皆がサイアン達を簀巻にした。
その際に、幾度か拳や蹴りが当たっていたようにも見えた。
「あんたも一応、事情を聞いておかなきゃならないんだ。悪いが隊舎の方までついてきてもらえるか? なにすぐすむ」
あくまで優しく少女に願い出る。
少女のために怒ってくれている優しい人たちなのだろうが、サイアンたちへの容赦の無さが少し怖い。
彼らに連れられて、カレンは隊舎に向かった。