お酒を飲むと王さまになれる話
『歳が若い』『腕が信用できない』『もう間に合っている』『一晩幾らで尻を振ってくれる?』『俺は男にしか興味がないんだ悪いな』
それらが今日一日、酒場を回った成果だった。
少女の淡い期待など現実の前には脆いもの。
「だいたい、雇ってもらわなきゃ、その腕前だって判断できないでしょ! なのに、見た目でお断りって」
街の酒場は縄張りがあり、寄せられる依頼も取り合いになる。
そこに実力の分からない新顔を入れて、わざわざ元からの冒険者に不評を買うようなことはしない。
そこそこ名の通っている傭兵などならともかく、全くの新人であるカレンには閉鎖的すぎて、どうしようもなかった。
「もういっそ、街が魔物の群れにでも襲われてくれないかしら。そうすれば、私の実力を見せつけることができるのに」
『――物騒』
最後に立ち寄った酒場。カウンターに腰掛けて、果実酒を口に含む。
話し相手は影の中の精霊のみ。
――そんな少女の願いが叶ったのかは知らないが、酒場の扉が乱暴に開く。
下品な笑い声で、男たちがズカズカと歩いてきた。
「おい、オヤジ! 酒を用意しろ。この店で一番高いやつな。ああ、こんな汚い酒場じゃあ、高いつっても、たかが知れているか――」
その皮肉の何処が面白いのか男たちは大爆笑。
カレンとしては並んでいる男達の醜悪な面構えの方がよっぽど笑える。
「お、姉ちゃん。ちょっとこっちに来て酌してくれよ。知っているだろう。この街で指折りの魔法士、鳴動のサイアンさんだ」
もっとも笑っていられるのは遠目で愚鈍さを宣伝している時のみ。
ここまで近くに来られると不快でしかない。
気安く肩に手を回されて、イラっときてしまった。
まあ、ここ数日のストレスが一気に弾けたのかもしれない。
――カウンターに置いてあった酒瓶で、男の頭を殴りつけたのだ。
男が白目を剥いて後ろに倒れるのを確認した後、またちびちびと果実酒を楽しみ始めた。
「――え?」
それは誰の言葉だったか。
酒場にいた店員、男の連れ、他の客、全員が呆気にとられて言葉もない。
それでも仲間を殴り倒されたことにしばらく経って気が付いた連れの男が憤る。
「て、てめえ! な、なにしてくれやがるんだ! って、あぶねえ!」
男は、カレンがもう一度振り上げ直した酒瓶を腕ごと押さえつける。
勝ち誇った顔もやっぱり醜い。
――でもまあ、腕は二本あるわけで。そして幸運な事にカウンターには酒瓶がまだたくさん残っているわけで。
カレンが逆の手に持った酒瓶で下から男の顎をかち上げた。
鈍い音が店内に響く。
連れの男は泡を吹いて、先ほど倒れた男に重なって倒れる。
再び、空気が固まった。
それを動かしたのは、最後に残った中年のやせ細った男。
彼が席を立つと、酒場にいた者が道をあけた。
「ほう、勇敢なお嬢ちゃんだ。これは、わしをサイアンだと知っての振る舞いなのかな? もっとも今更許しを請うても遅いんだがね。なに幸運なことに君は美しい。私の情婦になるなら、命だけは助けてあげなくもないが、どうだい?」
気取ったポーズで、もちろん一欠片の格好良さもないポーズなのだがそれが精一杯なのだろう。
「あのね、あんた達が酒場に入ってからずっと思っていたんだけど――」
「うん、なんだ?」
「不細工な三人の中で、あんたの造形が一番、醜いわね」
自分で言った言葉のなにが面白いのか、カレンは大笑い。
口元に手をやり隠そうとしているのだが、隠せる声量ではない。
サイアンは額に青筋を浮かべて顔が引きつっている。
それを見てまたも笑いが止まらないカレンの悪循環。
『酔ッパライ』
薄っすらと顔が赤くなっている契約士に影の中の精霊が呟く。
酒場は一触即発だった。