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親友に生け贄にされかけた話

 女性にしては高い背丈に、眩く光る長い銀の髪。

 大きく意思の強い翡翠の瞳は、今は半睨みになっている。

 魔導院の学徒である証拠のローブ。


 それを自分好みに変えた鮮やかな朱にして纏っている。

 それは少女の怒りっぽい気性に、よく似合っていた。


 だが怒りっぽいと言っても、理由もなく機嫌が悪くなるような理不尽さはない。


 ――だから、銀髪の少女、カレン・ローデルの瞳がきつくなっていくのにはそれ相応の理由があったのだ。


 まず第一に、場所が悪い。

 どこかの地下なのか、光源もなく暗い上、湿気がひどい。

 埃臭い臭いが鼻につく。


 いつもなら寮にある温かい毛布で目が冷めているはずなのに。

 

 第二に、見覚えのない人間が横にいること。

 そんな最悪な目覚めの上に、見知らぬ男が隣りにいる。

 もちろん、見知らぬ男と一夜をともにするはずもない。

 

 ――幸い、男は口を猿ぐつわをかまされ、古そうなベッドに縛り付けられているので、カレンに乱暴された形跡はない。



 そして、これが一番の理由なのだが。


 ――ベッドに拘束された男の隣、ボロボロの椅子に座るカレンもまた、荒縄で縛り付けられていることだった。


「――ねえ。おーい。――返事をしなさい! セラ!」


 最初、相手を刺激しないために優しく、だが、反応がないとわかると、途端に強くなる。

「ぴぎゃ!」

 

 その声は、カレンの視線の先にいる三人目、そしてこの状況を作り上げた犯人のもの。

 カレンを拘束し、圧倒的に有利な立場だというのに、その犯人はやはりボロっちいテーブルの影から、そっとこちらの様子をうかがっていた。


「――その、もしかして、カレンちゃん、怒ってたり?」


「もう、馬鹿なこと。それより、早くこの縄を解いてちょうだい」


 カレンの口調は柔らかい。

 だが、質問には答えてはいなかった。


 それが納得いかないようで、テーブルの影に隠れた紫髪の少女はじっと様子を窺っている。

 紐で束ねた紫髪の少女、こちらは魔導院標準の黒いローブを身に纏っていた。

 だが、ゆったりめに作られているはずなのに、サイズが合っておらず、豊満な胸部が強調されている。

 セラと呼ばれた、どこか陰気な少女はもう一度確認のために言葉を重ねる。


「――本当に、怒っていない?」


「ごめんなさい、セラ。きつく縛られていて、手首が痛いの。早くしてくれる?」


 いつもとは違うお願い口調。

 きつく縛りすぎたかと思ったのか、とことこセラが歩いていくる。


 先ほどセラが隠れていたテーブルとカレンまでの中間点で止まった。


「――本当の、本当に、怒っていないよね?」


 ――怒っているに決まっているでしょ。


「大丈夫よ、安心しなさい。あなたのその可愛らしいお顔に、拳を叩きこんで、その後に、鼻血まみれのあなたをきれいにするため、街の下水道に流したり――しようと思うほどには怒っていないわ」



 カレンの微笑は、その眼の奥に氷のような冷たい炎が灯っている。


「って、それくらいで許してやるって言ってるのよ! 観念して私の縄を解き、ええい、逃げるな! こら!」


 それに気づいたセラは、また悲鳴を上げて踵を返す。

 その悲鳴が絶叫に変わった。


 ――カレンが椅子を体ごと倒し、芋虫のように這いまわって追いかけてきたからだ。


 それは、中々に速い。

 もしくは、逃げ回っているセラの脚が遅いのかもしれない。


 埃の積もった床を、カレンは這いまわり、運動神経の悪いセラは何度も転びそれでも必死に逃げる。

 椅子に拘束されたままのカレンがセラをどうにかできるはずもないのだが。


 先に息が上がったのはカレン。

 そんなカレンがまだ怖いのか、セラは一定の距離を保ったまま。



「――だいたい、何の真似よ。って、これは陣?」



 転げ回った床に、赤い紋様が刻まれていることに気づく。

 鉄臭い匂いのするそれは血で描かれたものである。

 

 呪文に応え、この世に姿を表した異形の者を閉じ込めておくための頑強な檻。

 

 ――カレンは事態の深刻さに、友人を睨みつけた。


「ちょっと、何をするつもり! 私たちはまだ、召喚の理も、契約の理も修めていないのに!」

 

 先程までとは違い、言葉には重みが増している。

 それも当然、今度は命がかかっているのだ。


 カレン達が学んでいる契約術は、己よりも強力な存在を呼び力を貸してもらうもの。

 一つでも間違えれば、容易く命を落としかねない。


 

「大丈夫だよ。だって、院の禁書庫からこれを拝借してきたし、いざとなったら身代わりもいるしね」



 セラが取り出したのは人皮の装丁に、鎖が巻かれた本。



「って、あんた、そんなことをしたら、院を追い出される、ううん、それだけじゃすまない――って、身代わり?」



 聞き捨てならない言葉が出たので、カレンはついオウム返しになる。

 友人は暗い笑顔で、カレンのことを指差した。


「な、ん、で?」


 動揺して言葉が出ない。

 セラは思い込みが強いところもあるが、良いところも沢山ある。

 それを知っているからこそ信じられない。

 国を超えて院にきたカレンの唯一の、そして大切な友人。

 そのセラが自分を殺すというのか。

 まるで理解が追いつかないカレン。



「なんで、か。それは裏切り者のカレンちゃんを破滅させるためだよ」



 セラは瞳に怒りを見せる。



「あたし、知ってるんだよ。あたしが皆に影でなんて呼ばれているか。『根暗女』『生きてる怨霊』『胸以外価値無しエロ女』その中でも悲しかったのはね『銀髪オーガの引き立て役』『中身猛毒、顔だけ女の友人気取り』だよ――カレンちゃんにとって、あたしってなんなのかな? 大切な親友だって、対等だって思っていたのはあたしだけなのかなって不安になったり」



 ――そんなことはない、セラは親友だ。

 

 そう強く思ったが、それより先に尋ねておく。


「――誰がオーガで猛毒なのかしら? そのあだ名を広めた奴はどこのどなた?」


 カレンの声音が低くなる。


「あの、落ち着いて、ね、カレンちゃん。今、怒っているのは、あたしだから、いい?」


 その迫力に萎んだセラは己を鼓舞し、気を取り直し話を続けた。



「ええっと、あー、そう。だから! それでも、あたしはカレンちゃんが友達だと思っていてくれたなら、耐えられたんだ。――でも、カレンちゃんは、あたしを友達だなんて思ってなかったの。だって、そうじゃなきゃ、あたしの恋人を奪うだなんてひどいことするはずがないもの!」




 言葉を出しきり、どこか満足気にセラはこちらを見つめる。


 ――だが、その言葉はカレンの耳を通り抜けていった。

 

 聞いた言葉を思い出し、カレンは考えてみるのだが、疑問があった。


 ――そもそも。


「セラって、恋人いなかったわよね?」


 そうなのだ。

 彼女に恋人がいたなど、それ以前に想い人すら聞いたことがない。

 それを奪ったなど言われても困ってしまう。



「ええっ、本当に知らない? って、そんなとぼけても無駄だよ。だって、グリンと一緒にいるところを見たもの!」



 知っているんだからと、セラ。



「グリンって、べスポルト先生の教室のグリン? 噂でしか知らないけど、アイツ、ナターシャと付き合ってなかったけ?」



 ――廊下ですれ違ったくらいあったもしれないが、顔すら覚えていない。



「ええっと、顔なら、ほら」


 セラが指す方向を見れば、先程からベッドに拘束されている少年が。

 どうやら目を覚ましたようで、自分の状態に気づき、目を白黒させている。


 よく見直してみれば、何処か覚えがある。

 だが、思い出せない。


 そんなカレンに気づいたのか、事情を確かめるためセラは、グリンの猿轡を外した。




「グリン、なんで浮気をしたの? それも、あたしの友達のカレンちゃんと」



 恋人に縋るように、セラは問う。

 だが、当のグリンは首を傾げて。



「そもそもセラと僕って恋人じゃないよね?」



 重い空気を爆破する。

 その発言に、セラも首を傾げ、そしてカレンも頭をひねった。



「ねえ、セラ。またあんたの思い込みで、私は埃だらけの部屋を這いまわることになったのかしら?」


「え、え、え? だって、二度もデートをしたし、今度の休みに三回目のデートの予定も――」



 呆れたようにカレン。

 セラは取り乱す。


 ――たとえ恋人だとしても、数回しかデートしことのない相手のために、ここまでの大事にするな。


 そう視線に込めると、セラは不満そうに口をぎゅっと結ぶ。



「ほら、拗ねてないで、グリンに謝りなさい。あんたの勘違いで殺しかけたのよ。許してもらえず、教師に告げ口されたらあんたも困るでしょう?」


「――だって、デートしたもん!」



 意味合い的には友達と遊びに出かけたくらいのものなだろう。

 それをセラが勘違いして、恋人気取りになったのだ。

 グリンは整った顔立ちだ。

 舞い上がってしまうのも仕方ない。



「そもそも、グリンにはナターシャっていう立派な恋人がいるのよ。だからあんたと浮気なんて。――それにグリンも、グリンよ。恋人がいるくせに――」


「ごめん、カレン。僕の恋人はナターシャじゃないよ?」



 そこだけは譲れないと、グリンの発言。

 そこはカレンにとってどうでもいいのだが、わかったと頷いておく。



「でも、勘違いさせたのなら悪かったね。ただ、セラの話を聞くのが楽しくて」


 ベッドに縛り付けられたままでの謝罪。

 殺されかけたほうがする必要はないのに、グリンは頭を下げようとする。


――中々実直な少年ではないか。

 その態度を見て、憑き物が落ちたように、セラはしゅんと項垂れる。


 自分がしでかしたことを理解したのだろう。


 

「反省したのなら、さっさとこの縄を解きなさい。今回はあんたの失恋ってことで大目に見てあげる」


「カレンちゃん。――うん、わかった。その、ありがとう!」



 カレンの優しい言葉に、現金なものでセラは表情を明るくし抱きついてくる。

 彼女が拘束を取るために、カレンの後ろに回った。

 その時、一つ疑問が思い浮かび、尋ねてみる。


「ところでなんで、私が浮気相手だって思ったの? いや、実際浮気でも何でもないあんたの一人芝居だったわけだけど」


 ――友人は元気良く答えてくれる。



「だって、三日前のお昼に、カレンちゃんの部屋からグリンが出てくるのを見たんだもん」



 ――それならしかたがない。


 三日前の昼といえば、図書室で読者に勤しんでいて部屋にはいなかったのだがとか。

 そういえば、一昨日から洗濯したはずの肌着の数が合わないだとか。

 そういった奇妙な出来事を無視できればの話。



「――ねえ、私の下着って」


「ああ、着心地はいいよ。これって結構、上等な生地を使っているでしょ?」



 ――それに付け加え、趣味もいいと褒めてくれた。


 拘束が解けたのち、カレンは椅子を両腕で振りかぶり、目の前の変態の顔に叩きつけた。


 勢い良くグリンの鼻血が吹き上がる。



 ●


 そして、その数滴がセラの持つ本にかかった時、鎖が破け、本が宙に浮かびあがった。



「うそ――発動しちゃった? だって、さっきカレンちゃんが起きる前に呼び掛けた時はうんともすんとも言わなかったのに?」



 信じられないと、セラは口を手で覆う。

 

 ――そこにはいつの間にか鉄製の門があらわれていた。


 室内の熱を奪うように、門の周りには霜がついている。

 三人の吐息が白く濁っていた。


「ねえ、セラ。あんた一体何を召喚しようとしたの?」


 それ次第で対処の方法が変わってくる。


「――ごめん、わかんない。本当はただの脅しのつもりで。適当に開いたページの文言を使ったんだけど」


 絶望的な説明。


「ふむ、少しちびってしまった。すまない、カレン、君の下着を汚してしまった」


 門から溢れ出てくる迫力に、それは恥ずかしいことではない。

 だが、目の前の変態に殺意が湧いてきた。



「――いざとなったら、こいつを囮にして逃げるわよ」



 冷たい瞳で見下されているのになぜか嬉しそうに頬を染める気持ち悪い男。

 その姿に恋も冷めたのか、セラが首を縦に振る。


 そして門が軋んだ音を立てて開いていく。

現れたのは、人型で人ではない何か。

 闇が集まったように黒い髪、蝋のように生気のない肌。

 濃紺の衣を纏った、背の高い男がいた。

 顔の右半分は衣の帯で隠れている。


 

「ひっ! か、顔が、髑髏で」



 怯えるセラの言葉通り、位置をずらし覗こんでみれば、右側は人の物で、その半分は骸骨がくっついているのだ。

 何もない眼底を見ると、吸い込まれそうで不安になる。



『契約は繋がれた』



 人の声ではない何かが、言葉を紡ぐ。



「今の声は?」


 

 眼前の化物のものかと思ったが、それは扉から聞こえたように思う。

 


「カ、カレンちゃん、声って何?」


 尋ねてくる親友に答える余裕すらなくなってきた。

 手元にも、まわりにも抵抗するための武器は見当たらない。

 もっともこの場合、抵抗の意思を見せること自体、致命的になりかねない。

 逃げることも同様。

 呼び出しておいて逃亡など、激怒される可能性があるので選べない。


 となれば残るのは言葉による戦いのみ。

 なんとか穏便にお帰り願うしかない。

 

 心細いのか、カレンの手を握るセラ――いつの間にベッドから抜け出し、その逆の手を握るグリン。

 心細いのはカレンも同じだ。

 セラの手を強く握り返し、ついでグリンの手を振り払い、顎に一撃を入れる。


 そして覚悟を決めた。


 ――今まで閉じられていた化物の瞳がゆっくりと開いていった。


 それはまず、カレンを映し、次にセラ、グリン。

 

 そして、最後に消えていく扉を。


 扉がなくなった場所をじっと見つめ、それは厳かに口を開いた。


 

『――帰リタイ』


 無表情だったが、とても悲壮にあふれた声だった。






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